東光寺と西廣寺(とうこうじ と さいこうじ)

東光寺(門戸厄神)から東の方角に段上町という町があります。そこに水天宮(すいてんぐう)としても有名な西廣寺(さいこうじ)があります。西廣寺も古いお寺ですが、ひとつ不思議なことがあります。
東光寺(とうこうじ)が神呪寺(かんのうじ)にたいして東に光る寺ならば、それよりも東に位置する西廣寺がなぜ西に廣(広い)い寺なのか?
恐らく、東光寺・神呪寺・鷲林寺のグループと西廣寺のグループが違うものではなかったのかということが推察できます。西廣寺、すなわち" 西に広い寺" となれば西廣寺よりも東に対象物があるはずです。
武庫川という川をはさんで数キロの位置に行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が開創されたといわれる昆陽寺(こやでら)があります。この寺もたいへん大きな寺で現在でも塔頭(たっちゅう)寺院が4ケ寺あります。盛時は" ぎょうきさん" としたわれ、たくさんのお参りがあった寺なのです。当時はかなりの勢力をもった寺であったということです。西廣寺はこの昆陽寺から見て西に広い寺として命名されたのではないかという説があります。

現在は寺同士のグループ(結衆寺院けっしゅうじいん といいます)も西宮・伊丹・尼崎・宝塚・・・とそれぞれに分かれていますが、その昔は大結衆(おおげつしゅう)といってすべてのお寺につながりがあって、大きな法会が勤められたということです。
西廣寺の名前の由来は、昔の寺同士の関係をひもとく大きなカギを握っているような気がします。


東光寺と西廣寺・・・不思議な歴史のロマンを感じさせるお寺の名前だと思いませんか?

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