我々にできる事から始めよう
六大新報 平成七年一月一日新春特集号掲載

昨年九月開港なった真新しい関西新空港より中国上海を目指し旅立った。友人に、中国の寺院参拝に行くから行かないかと誘われた。私にとって初めての中国であり、不安と期待に胸が高鳴った。三泊四日の旅であったが、寺院参拝も無事に終え、感動も覚めやまぬまま中国最終の夜を迎えた。
上海の五つ星のホテルに宿泊する旨を添乗員から説明を受けた。ロビーに入ると大勢の宿泊客がいて、そこで一番目立っていたのが日本人であった。
 待ち合わせをしているのか、二人の男性が大きな声を出して喋っていた。一人はタバコを吸いながら喋り、やがてその吸殻を地面に投げつけ靴でもみ消し、おまけにその吸殻を蹴ったのだ。その男性の三b前方には灰皿があったのにもかかわらず…私たち一行はその光景を見て大きなショックを受けたのはいうまでもない。私は日本語しか話せないが、まわりの人たちに日本人であることがバレないように、せめて英語でも真面目に勉強しておけばよかったと真剣に思った。このような嫌な思いをしながら三階に案内された。そこで説明を聞き部屋の鍵をもらった。
「日本のお客様は十二階がお部屋になっております。どうぞ十二階にお上がりください」
と言われた。エレベーターに乗り十二階のボタンを押した。よく見るとボタンの上に何か書いてある。日本語で「十二階日本人専用フロアー」と書かれていた。十二階に着くと「いらっしゃいませ。ごゆっくりおくつろぎください」と平かなで書かれた看板が目に飛び込んできた。案内板、標示等すべてが日本語であった。部屋に入りまたまたびっくり。浴衣が用意されていた。中国のホテルは日本人を特別待遇してくれるのだなあと感激したのは束の間、ロビーでの出来事を思い出した。「十二階日本人専用フロアー」とは「隔離フロアー」ではないのであろうか。日本のお客様は十二階をご自由にお使いください。大声でお話ください。老化も浴衣のままお歩きになっても結構です。他の国のお客様にもご迷惑になりませんので宴会もご自由にしてください。しかし、他の階には来るなよ。「十二階日本人専用フロアー」の意味するところがそうであると感じたのは私一人だけではなかった。
 一昨年は全国的な米不足となった。そこで日本はタイ国よりタイ米を輸入した。タイ国は外貨獲得のためがたくさんの米を送ってきた。しかし、一部の日本人は、日本米に比べてまずいとか臭いとか言い、ひどい人は米を捨てたと聞く。雑誌のグラビアで、満足な食料もなく痩せ細り腹だけが出て、眼のまわりにハエが群がり、そのハエを追い払う体力さえも無くなり、ただ死ぬときを待っている子供の写真を見たことがあるが、タイ国にもそういった子供がいると聞いた。一部の人が捨てた米で何人の子供の尊い生命が救えるのだろうか。日本人にとっては臭くてまずい米であっても、タイ国の子供たちにとっては生命をつなぐ貴重なエネルギー源なのである。世界中がこのような内容を理由に感情的になり輸入をストップすればどうなるのか。たちまちに日本は孤立してしまい大パニックになるであろう。
 現在、日本が大きな顔をして世界中の国々を相手に活動できるのは、先祖が日本の国を大切に思い、一人一人が頑張ってきたその結果、世界中に対しての「貯金」ができてきたのだと思う。しかし、現代人はその「貯金」の上に乗っかり、使うばかりで貯えようとしない。「貯金」は使うばかりではやがては無くなってしまう。先祖が残してくれた「信用という貯金」「心の貯金」が無くなりかけている。その結果が「十二階日本人専用フロアー」ではないのではなかろうか。
 このように現在、世の中が多様化・細分化され人と人とのつながりが薄れてゆき、自分さえ良ければいいという人が増え、我々僧侶もその流れに甘んじているのが現状であるような気がする。過去の「寺子屋」のように寺は地元の人々の心のよりどころにならなければならないと思う。我々青年教師も現状をしっかりと見つめ、今現在、我々は何をしなければならないのかを真剣に考えなければならない。まず我々にできる事から始めなければならない。
 そこで高野山真言宗兵庫青年教師会では、昨年「青少年の非行防止における青年教師の役割」と題して研修会を開催した。特に若い会員からの強い要望で子供の非行防止に地道に活動されている保護監察官、保護司の先生方を講師にお招きしての研修会であった。我々僧侶は、一般にはない特権を持っている。それは先祖供養のため、檀信徒の家の中まで上げてもらえるということだ。時間が経つと檀信徒と僧侶の間に信頼が生まれる。仮にその家庭に対象となる子供がいた場合、檀信徒から相談を受ける事が多い。その時に勉強不足で話にならないということで今回の研修会が実現した。青年教師の中で、特に若い会員が率先してこのようなテーマで研修会を開催したいと希望したことは意義深いことだと感激した。
 子供に限らず「心の病」を胸に秘めた人が増加している昨今、「心」を取り扱うものとして我々青年教師もお大師さまの末徒としてやらなければならないことを益々研鑚し、実行していかなければならない。「十二階日本人専用フロアー」は日本人に対しての警告であると思う。先祖が残してくれた「貯金」を使うばかりでなく、子孫のために貯えてやるのが我々の大きな勤めではないだろうか。自分の家を守るのは自分であり家族であるように、日本の国を守るのは我々日本人である。外国人が守ってくれる筈がない。

 

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