無 常
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり」
よく耳にする言葉である。
無常とは、相対的に生命のはかなさやもろさを表現するときに使われるようである。イメージ的には、「死」そのものを意味する用例もある。
無常のサンスクリット原語は、アニティアである。アニティアはニティアに否定の意味をもつアが加えられた言葉である。ニティアは「永久の」「常の」「永遠の」という意味をもつ言葉であり、これに否定の意味をもつアを加えて「永久ではない」「常ではない」「永遠ではない」などの意味を持つ。
「諸行無常」は「われわれが経験するものすべてのものは永遠的ではなく変化する」という意味であり、「死」と結びつく意味はもっていないのである。
人間を例にとってみると、いつまでも若い人はいない。だれしもが平等に年をとっていく。仏教の「諸行無常」は、万物が変化するという事実を、ありのまま述べているだけである。決して難しいことを述べているのではない。また、人生のはかなさを悲観的にながめろというものではない。生じたものは必ず滅する。すべては変わっていくという事実を把握して、限りある生命に無限の価値を見出していこうということが「諸行無常」の意味である。
もしも、人間に永遠の生命が与えられたらどうなるであろうか。人間は働くこともしないし、学習することもしなくなるであろう。限りあるからこそ生命は大切にしなくてはならないし、短いからこそ貴重なのである。


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