偉大なる異国の父・とおちゃん

              高野山時報 平成9年2月11日号掲載         

 平成九年一月十二日、昨年遷化されたハワイ弘法寺先住職、沖村栄昇先生の一周忌法要が執り行われた。かねてより、現住職の全栄師から依頼を受けていたし、先生への想いは特別のものがありお参りさせていただいた。この度は、先の「阪神淡路大震災」犠牲者の三回忌にあたり、法事の合間をぬっての行動で、一泊三日の超ハードスケジュールとなった。
 先生は、ハワイ・オアフ島弘法寺第二世住職として永きにわたりお大師さまの教えを開教された。キリスト教がベースの異国ハワイの地での開教は、私達の想像を絶するご苦労があったことであろう。私達日本の教師は、お大師さまのお膝元で脈々と続く真言の教えを布教することができる。しかし、ハワイでは真言宗とはいえ、一新興宗教にすぎない。お大師さまの存在すら知らない異国の人ばかりを相手にしての布教がスタートであった。
 ハワイでは先生のことを「とおちゃん」と呼び、宮子夫人のことを「かあちゃん」と呼ぶ。家族だけではなく檀信徒すべての人がそう呼ぶ。自分の両親というよりもむしろ、心の支えとしての「父」「母」という感覚であろうか。弘法寺を訪ねるすべての人に笑顔とアメリカ独特の挨拶、抱きしめそしてキスの嵐。何か心にホッとする安らぎを与えてくれる。「とおちゃん」「かあちゃん」と呼ばれる由縁か・・・。
 一月十二日午後七時五十分、関西新空港より兄弟子、西蔵全祐師と共にハワイに飛ぶ。日付変更線を越えるため、十九時間の時差があり少しでも眠らないと大変なことになる。ハワイ到着時刻は午前七時三十分。しかし日本時間は午前二時三十分。約七時間の空の旅の中、極力眠る努力をする。
 定刻、ホノルル空港に到着した。弘法寺信者の高江洲さん夫妻が迎えてくれる。車に乗り込み約三十分で弘法寺に到着した。とおちゃんの位牌をまつる祭壇は、たくさんの南国の花で埋め尽くされ、位牌の後ろにあげられた遺影に懐かしく再会した。午前十時より、先に現地入りされていた高野山三宝院・飛鷹全隆上綱さんを導師に、岡山持明院・小笹雄全師、神戸理性院・西蔵全祐師、沖村全栄師、全昇師、私の六名で一周忌の御法楽を捧げた。昨年の葬儀では二千人を越す信者が弔問され、その数に驚かされたが、この度も、ごく親しい人だけへの案内にもかかわらず、オアフ島以外の他島からも多くの信者が駆けつけて、実に三百人を越す人で弘法寺本堂は埋め尽くされた。御法楽の後、参拝者全員で般若心経・ご詠歌・いろは歌を唱和し、とおちゃんの菩提を弔った。十分な日本語を話せないハワイの人が、アルファベットで印刷された般若心経などを一心に読誦される姿から、とおちゃんに対する本物の愛を感じた。
 葬儀でも三百人という人数は多いほうではないだろうか。しかし、親しい人だけへの案内にもかかわらず、人から人へと法事の日時が伝えられ、ごく自然な形で集まって参香される。それも形式張った服装ではなく、普段着の人が多かった。かえってそれが自然に見えた。到底、現在の日本では考えられない光景であった。とおちゃん・かあちゃんはまず信者を愛して次に家族を愛した。しかし、二番目に愛した家族への愛も半端なものではなかったという。弘法寺を中心とする信者・家族、すべてが弘法寺ファミリーであり、全員がそういうふうに認識している。
 昨年も感じたことだが、数十年前に日本よりハワイに仏教が渡った。その教えはキリスト教徒であったハワイの人々の心に感動を与え、徐々に浸透し始めた。「日本の心」がハワイの人々をとらえた。一方、仏教を輸出した日本は、技術の進歩に伴って、人々の心の中から徐々にゆとりがなくなり、「日本の心」が失われていった。日本人は、現在の日本の地位を確立するために、本来日本人が持っていた大切なものを一つ一つ捨てていき、心まで捨てようとしている。日本製の単車をアメリカに輸出して、それをアメリカで改造して再び日本に逆輸入する。これと同じように、仏教によって洗礼されたハワイの人々の「日本の心」を逆輸入しなければならないのではと考えさせられた。とおちゃんの位牌に向かい参香するハワイの人々の姿を見て、昔の日本人の姿を思い浮かべて懐かしい想いにふけっていた。
 帰りの飛行機はアメリカの会社のものであった。日本が近づいた時点で、入国する外国人のためにか、日本の紹介の映像が映し出された。地下鉄にギュウギュウ詰めに押し込まれて通勤する人々。立ち並ぶビルの谷間を早足で歩く人々。新幹線などなど・・・ アメリカ人の持つ日本人の印象とは所詮こんなものなのかと静かに眼を閉じた。
 心から先生のご冥福をお祈り申し上げます。                                            合 掌 

追伸  三宝院上綱さんより先生に、檜皮色の法衣一式がお供えされました。

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