百ケ日から五十回忌まで

四十九日(満中陰)をむかえて一人前の仏さまとして歩みだされた人は、都卒天(とそつてん)という弥勒菩薩(みろくぼさつ)の浄土をめざして修行がはじまります。だいたい50年かかってその最終的な場所、都卒天に到着するといわれております。

百ケ日(ひゃっかにち)
薬師如来に、長い道中をしっかり歩めよと後押しされて、最初に出会う仏さまが観音菩薩(かんのんぼさつ)であります。地方では、" 百ケ日はごくごく身内で拝めばよい" とされるところも多いようです。また、百ケ日の意味は、昔は土葬で、お棺(ひつぎ)のままお墓に埋めました。その上に石をおいて供養したのです。日が経って、だんだんとお棺が腐ってきます。そしてその中に土が入って沈むために上にのせた石がゆがんでくるのです。その土が落ち着くのがだいたい百日といわれたということです。百日目にお墓に行って供養をして、お墓の石を据えなおすという風習が百ケ日の供養であるともいわれています。

一周忌 三回忌(いっしゅうき さんかいき)
仏教では、数を数えるのに数え年をつかいます。よって亡くなられて1年目を一周忌といい、亡くなられて2年目を三回忌というのです。亡くなられた年を一年と数えるので2年目を三回忌といいます。よって、1年目はニ回忌ですがあえて一周忌という呼び方をします。一周忌の仏さまは勢至菩薩(せいしぼさつ)で、三回忌が阿弥陀如来(あみだにょらい)が担当していただきます。
百ケ日の観音菩薩と一周忌の勢至菩薩と三回忌の阿弥陀如来の三人の仏さまをあわせて阿弥陀三尊(あみださんぞん)といいます。それは西方浄土(さいほうじょうど)に導いてくれる仏さま方なのです。三回忌で阿弥陀如来が現れるという意味は、この三回忌をもって、死後の霊は極楽(ごくらく)といわれる西方浄土に達するという考え方からきているのです。

七回忌 十三回忌 三十三回忌 (ななかいき じゅうさんかいき さんじゅうさんかいき)
三回忌で西方浄土にたどりついたのち、次の世界へふたたび出発する、もっと素晴らしい存在としてふたたびこの世の中に生まれでてほしいという考えのもと、七回忌にはアシュク如来、十三回忌には大日如来、三十三回忌には虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)が担当します。この三人の仏さまは密教(みっきょう)の仏さまの中では特に重要視される方です。壮大な宇宙の中にあり、万物を生み出し、神秘な生命の世界をつかさどる仏様たちなのです。この三人の仏さまが登場することは、阿弥陀如来の極楽浄土に到達したあとの世界をいろいろと考えさせてくれる神秘さを感じます。

五十回忌
古来は三十三回忌で都卒浄土に到達できるといわれていました。しかし昨今では、五十回忌にて到達するといわれるようになってきました。これにはいろいろな説がありますが、昔に比べて社会情勢や人間関係が複雑になったということが大きな原因であるといわれています。昔に比べて現在は、人々に影響を与えるもろもろの悪が多くなってきたということで三十三年で成仏できたものが五十年かかるようになったといわれております。

ちなみに十七回忌の仏さまは大日如来、二十三回忌の仏さまは般若菩薩(はんにゃぼさつ)、二十五回忌の仏さまは愛染明王(あいせんみょうおう)、二十七回忌の仏さまは大日如来、五十回忌の仏さまは愛染明王です。いずれも密教の仏さまたちです。

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