我が家の雛人形


3月3日は桃の節句です。女の子がある家庭では雛人形を飾って子供の無事を祈ります。
ここに紹介するお話は、数年前にある講演会で拝聴したものです。あるご婦人が、自分が子供のころの桃の節句の思い出を、某新聞社に投稿なさった記事からの抜粋です。女の子ならば必ずあこがれる雛人形。この雛人形を通して、母親の愛情を見事に表現した心あたたまるお話です。


わたしは4人姉妹の長女として生まれ育ちました。不幸せではなかったけれど、けっして裕福な家庭ではありませんでした。
小学校5年生のときのお話です。ひな祭りが近づき、クラスでは女の子たちが集まって話をしています。
「わたしのお家の雛人形は五段飾りよ」
「わたしのお雛さまは綺麗な顔をしているのよ」
「・・・・・」
わたしの家には雛人形がなかったのです。黙って下をむいていると、友達のひとりがわたしに話しかけました。
「ねえねえ、あなたのお家のお雛さまはどんなの?」
顔から火が出そうになりました。雛人形がないということを言うことができずに黙っていました。
悲しくて、悔しくて、つらくて・・・あふれそうになる涙をこらえながら家に走って帰りました。家に帰るなりお母さんに向かって言いました。
「なぜわたしの家には雛人形がないの!?」
泣きながら学校での出来事を話しました。
「・・・・」
お母さんは黙って私を抱きしめていました。私の家には雛人形を買うお金がないことはわかっていました。でも悔しくて悔しくて、お母さんの胸に抱かれて泣きじゃくりました。

夕方になってお風呂の準備ができました。泣きはらした目をこすりながら、妹たちに泣いたことがばれないように、いつもと変わりなく4人でお風呂に入りました。妹たちをお風呂に入れるのはわたしの日課でした。
お風呂からあがってくるとお母さんが、わたしたちの濡れた髪をとかしながら、ひとりひとりを床の間に座らせるのです。そして4人の娘を優しい目でみつめ
「どのお雛さまが一番かわいいかな?」
と言ったのです。
わたしたちは、その言葉を聞いて、一番かわいいお雛さまになりたくて、精一杯の笑顔をつくりました。
「う〜ん。どのお雛さまもいちばんかわいい。うちはお金がなくて雛人形は買えないけれど、こんなにかわいいお雛さまが4人もいるから、お母さんはとっても幸せよ」
その言葉だけで十分でした。満足でした。感激しました。

そのあとみんなで色紙で思い思いの雛人形をつくりました。色紙で作った雛人形。それが我が家の大切な雛人形として毎年飾られました。

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