ひきこもり

高野山真言宗ひきこもり委員会ポスター

最近、長期間自宅に閉じこもって、学校や仕事に行かないといった「ひきこもり」が大きな社会問題となっています。
この「ひきこもり」は、ご本人やご家族にとって非常に重要な問題であり、高野山真言宗でも、宗教の立場から他宗教に先駆け、この「ひきこもり問題」に対処していくことを決意し、取り組み始めました。私も「ひきこもり委員」の一人として末席を汚させていただいております。
二十世紀の日本を顧みますと、物質面では豊かになったと思われますが、環境汚染、高齢化や少子化といった問題に加え、毎日のように痛ましい犯罪が発生し、この「ひきこもり」のような精神面に関する問題が深刻かつ重大な社会問題となっています。
「ひきこもり」の状態にある人の数は、一説には百万人ともいわれ、その要因や状態は千差万別であり、その対処も複雑多岐にわたります。ですから、この問題を解決するには非常に労力と時間を必要とされ、これが難しい問題とされる由縁なのです。

ここに「ひきこもり」になったお子さんが、ご家族の協力と愛によって見事に社会復帰したというお話があります。とても良いお話だと思いましたのでご紹介します。

Aさんのお宅には長女と次女の二人の子供がありました。お姉ちゃんは幼少の頃より体が弱く病気がちでした。お母さんはお姉ちゃんにばかりに手がかかり、妹のB子ちゃんを構う余裕がありませんでした。B子ちゃんは小さなときから聞き分けのいい子でしたから、お母さんはお姉ちゃんに手がかかり、B子ちゃんのことを構ってあげられないことを理解してくれているものとばかり思っていました。しかし、実際はB子ちゃんもお母さんに甘えたかったのです。お姉ちゃんばかりを構っているお母さんの姿を見て、寂しくなることがしばしばありした。
そんなある日のことです。あんなに聞き分けのいい、可愛いB子ちゃんがお母さんに対して乱暴な口を聞きだしたのです。今まで“お母さん”と呼んでいたのが急に“おかん”に変わったのです。また、学校も休みがちとなり、ついに自分の部屋に閉じこもってしまい、登校しなくなってしまいました。今まで我慢してきたものが積もり積もって、ついに爆発してしまったのです。
そして、家族の中で唯一口をきいてくれるのは母親だけになってしまい、自分の部屋から出ようとしなくなってしまったのです。
お母さんは、長女にばかり気をとられ、B子ちゃんに構わなかったことが原因であることをすぐに察知しました。そして反省しました。長女の世話をしながら、部屋にひきこもるB子ちゃんにできるだけ声をかけました。しかしB子ちゃんは心を開いてくれません。そんな日々が数ヶ月も続きました。ご主人に相談しても、ご主人は仕事があるし、どうしていいのかわからない。お母さんまで気がおかしくなってしまいそうでした。
そんなある日の夜中の3時、寝室のドアが開きました。何だろうと思い開いたドアのむこうを見るとB子チャンが立っていました。
「おかん、腹減った。カレーをつくれ!」
こぶしを振り上げながら今にもB子ちゃんに飛び掛りそうになっているご主人をなだめ、お母さんはやさしく
「はいはい、お腹がすいたの?」
と言いながら台所に立ってカレーを作りました。それもインスタントではなく一からです。食べ終わったB子ちゃんは、おいしかったともありがとうとも言わずに部屋に帰っていきます。
そして次の日の夜中の2時。再び寝室のドアが開きました。見るとB子ちゃんが立っています。
「おかん、腹減った。ハンバーグをつくれ!」
フラフラになりながら、ハンバーグをつくります。B子ちゃんがこのようになったのは自分のせいである。この子が喜ぶならば・・・そう自分に言い聞かせながら、溢れ出す涙を拭いながらハンバーグをつくったそうです。
B子ちゃんの夜中の注文は毎日毎日繰り返されました。その無理な注文をお母さんはひと言の文句も言わずに愛情をこめて答えつづけたのです。
そして数ヶ月後、お母さんのつくったラーメンを食べているB子さんの手が止まりました。そしてお母さんをじっと見つめました。B子さんの目から一筋の涙が流れたのです。
「お母さん、ごめんね」
そう言ってお母さんの胸に飛び込んできたB子さん。お母さんも大声を出して泣いたそうです。それは喜びの涙でした。

このお話を聞いて、人間は“自分”を認めてくれる人間がなくなれば不安定な状態になる。それが家族になければ友達でもいい。だれでもいいから“自分”という存在を認めてくれる人間があれば救われるということを教えてくれました。
B子チャンの場合はおとなしい性格で、お母さんが病弱な長女にばかり気をとられ、そのためにお母さんが自分に構ってくれない。それは小さなときから充分に理解しているつもりでも、そのストレスが日に日に積もり重なり一気に爆発したのです。そして、お母さんが自分のために夜中に起きてカレーをつくってくれる。ハンバーグをつくってくれる。ひとりじゃない。お母さんは私のことも可愛いんだ。そのことを確認できたB子ちゃんは心を開くことができたのです。


今の日本の家庭は核家族化が進み、家族がそろって食事をすることも、家族が話し合う団欒の場が少なくなり、家庭でのしつけや教育に関しても問題を抱えているのが現状です。そのような噛み合わない家族の歯車の潤滑油として、宗教ができることを考えていかなければならないのではないでしょうか。
高野山真言宗では、宗教心という拠り所に向かって、家族が一体となり、そこから「ひきこもり」を含む心の問題を解決していこうと、全力を尽くして取り組んでいきます。皆さまのあたたかいご理解と、ご協力をお願いいたします。

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