■ 登檣礼の起源
登檣礼(とうしょうれい)のはっきりとした起源は明らかではありませんが、16世紀イギリス海軍の記録に見られると言うことなのでかなり古い歴史があるということになります。皇族らの送迎、司令官や艦長の交代の際や、出征、遠洋航海など壮途に就く船に敬意を表する礼式だったそうです。現代の登舷礼は登檣礼の名残です。
日本人がはじめて見た登檣礼は、 1860年(万延元年)遣米使節として、正使 新見豊前守正興、副使 村垣淡路守範正、
目付 小栗豊後守忠順らが米国軍艦ポウハタン号でアメリカに渡る途中、ハワイに寄港
した時のようです。
王様が来訪した際の様子を、村垣淡路守範正の「遣米使日記」では、 「船中奇麗にして胡楽を奏し、水夫は帆桁毎に数百人立ち並て
祝砲二十一発二度打たり−−国君を祝すは此数成よし、水夫帆桁に登るも重き禮なるよし−−」
と記録しています。
日本で最初に登檣礼が採用されたのは昭和28年日本丸が帆装復帰し、はじめての遠洋航海が企画されたとき日本丸船内で規律のあり方が問題となりました。
何せ戦後はじめての遠洋航海だったからです。
結局、各国の海軍礼式令や国際的慣習を調べ、これに準拠して再編成され、このときはじめて登檣礼も採用されそのまま日本丸、海王丸での慣例となったということです。
しかし、安全を考えて、やり方を少し変え、ヤード上に立つ方式からフートロープに立つ方式に変えたそうです。
登檣礼の様子
登檣礼(とうしょうれい)の解説と動画のリンク先は、上記web上から引用。
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