坂野法律事務所 最高裁判例分析     説明義務

  判決日等 発生時期等 事    例 争   点 内      容 ポイント等

1























 

H7.5.30
判時1553
P78~

破棄差戻



















 

S48.10
新生児 女性






















 

医師が未熟児である新生児を黄だんの認められる状態で退院させ新生児が退院後核黄だんに罹患して脳性麻痺の後遺症が生じた場合につき医師の退院時における説明及び指導に過失がないとした原審の判断に違法があるとされた事例。

 S48.9.21 出生(未熟児)
S48.9.25 血液型検査
 O型と判定 (実際はA型)
 黄だんあり
S48.9.30 退院
  何か変わったことがあれば小児科医の診察を受けるようにとの注意を与えたのみ
黄だんには特に言及せず
S48.10.3 黄だん増強
     哺乳力減退
S48.10.8 診察
  核黄だんの疑いで交換輸血したが,脳性麻痺の後遺症が残った

退院時に医師は患者に今後の療養方法についてどのような指導説明をすべきか。





















 

医師は,退院させることによって自らはAの黄だんを観察することができなくなるのであるから,退院させるにあたって,これを看護する者に対し,黄だんが増強することがあり得ること,及び黄だんが増強して哺乳力の減退などの症状が現れた時は重篤な疾患に至る危険があることを説明し,黄だん症状を含む全身状態の観察に注意を払い,黄だんの増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるよう指導すべき注意義務を負っていた。
医師は,Aの黄だんについて特段の言及もしないまま,何か変わったことがあれば医師の診察を受けるようにとの一般的な注意を与えたのみで退院させているのであって,かかる医師の措置は,不適切なものであったというほかない。









 

ときに医師には,患者の健康の回復・病状の悪化防止等のため,適切な説明・指導をすべきことが必要になる場合があることを判示したもの。


















 

2



























 

H13.11.27
判時1769
P56~

























 

H3.2
41歳女性


























 

乳がんの手術に当たり,当時医療水準として未確立であった乳房温存療法について医師の知る範囲で説明すべき診療契約上の義務があるとされた事例。

 Aは乳房を残すことを希望
(説明内容)
胸筋温存乳房切除術適応である。乳房を残す方法も行われているが,この方法については,現在まで正確には分かっておらず,放射線で黒くなったり,再手術を行わなければならなくなることがある。
Aに対し,胸筋温存乳房切除手術を施行。












 

実施予定の医療行為は医療水準として確立しているが,代替的医療行為は未確立である場合,代替的医療行為について医師は説明義務を負うか,負うとしてどの程度にまで説明すべきか。

(当時としては未確立な療法(術式)とされていた乳房温存療法に付いてまで選択可能な他の療法(術式)として説明義務があったか否か,あるとしてどの程度にまで説明することが要求されるのか。)











 

医師は,患者の疾患の治療のために手術を実施するに当たっては,診療契約に基づき,特別の事情のない限り,患者に対し,当該疾患の診断(病名と病状),実施予定の手術の内容,手術に付随する危険性,他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などについて説明すべき義務がある。
乳がんの手術についてみれば,疾患が乳がんであること,その進行程度,乳がんの性質,実施予定の手術内容の他,もし他に選択可能な治療方法があれば,その内容と利害得失,予後などが説明義務の対象となる。
未確立な療法について,当該療法が少なからぬ医療機関において実施されており,相当数の実施例があり,これを実施した医師の間で積極的な評価もされているものについては,患者が当該療法の適応である可能性があり,かつ,患者が当該療法の自己への適応の有無,実施可能性について強い関心を有していることを医師が知った場合などにおいては,たとえ医師自身が当該療法について消極的な評価をしており,自らはそれを実施する意思を有していないときであっても,なお,患者に対して,医師の知っている範囲で,当該療法の内容,適応可能性やそれを受けた場合の利害得失,当該療法を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務がある。
Aに対し,乳房温存療法の適応可能性のあること及び乳房温存療法を実施している医療機関の名称や所在を説明しなかった点で,診療契約上の説明を尽くしたものとは言い難い。

患者の自己決定権を重視し,未確立の療法についても医師の知見を有する範囲に限定しながらも,説明義務があることを示した重要新判例。






















 

3
























 

H17.9.8
判時1912
P16~






















 

H6.5
31歳女性
(出産時)






















 

帝王切開術による分娩を強く希望していた夫婦に経膣分娩を勧めた医師の説明が同夫婦に対して経膣分娩の場合の危険性を理解した上で経膣分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義務を尽くしたものとはいえないとされた事例。

夫婦:骨盤位のため帝王切開希望
医師:経膣分娩で可能,問題が生じれば帝王切開に以降するとして,経膣分娩すすめる。
 破水後,臍帯の膣内脱出が起こり,胎児の心拍数急激に低下。
重度の仮死状態で長男出生,死亡。









 

患者の有効な同意を得るための説明義務の内容等。























 

帝王切開術を希望するというAらの申出には医学的知見に照らし相応の理由があったということができるから,医師は,これに配慮し,Aらに対し,分娩誘発を開始するまでの間に,胎児のできるだけ新しい推定体重,胎位その他の骨盤位の場合における分娩方法の選択に当たっての重要な判断要素となる事項をあげて,経膣分娩によるとの方針が相当であるとする理由について具体的に説明するとともに,帝王切開術は移行までに一定の時間を要するから,移行することが相当でないと判断される緊急の事態も生じうることなどを告げ,その後,陣痛促進剤の点滴投与を始めるまでには,胎児が複殿位であることも告げて,Aらが胎児の最新の状態を認識し,経膣分娩の場合の危険性を具体的に理解した上で,経膣分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義務があった。
医師は,Aらに対し,一般的な経膣分娩の危険性について一応の説明はしたものの,胎児の最新の状態とこれらに基づく経膣分娩の選択理由を十分に説明しなかった上,もし分娩中に何か起こったらすぐにでも帝王切開術に移れるのだから心配はないなどと異常事態が生じた場合の経膣分娩から帝王切開術への移行について誤解を与えるような説明をしたというのであるから,医師には説明義務を尽くしたものと言うことはできない。
 

夫婦に対する自己決定権の侵害を認めたものであり,夫も,親として,子が安全に生まれることに関し一定の利益を有するものと解し,夫についても,分娩方法の選択について妻と共に協議し,判断する機会が与えられるべき場合があることを示したものと考えられる。














 

4





























 

H18.10.27
判時1951
P59~



























 

H8.1
男性




























 

未破裂脳動脈瘤の存在が確認された患者がコイル塞栓術を受けたところ術中にコイルが瘤外に逸脱するなどして脳梗塞が生じ死亡した場合において担当医師に説明義務違反がないとした原審の判断に違法があるとされた事例。

動脈瘤最大径約7.9o
(説明内容)
動脈瘤が開頭手術をするのが困難な場所に位置しており,開頭手術は危険なので,コイル塞栓術を試してみてはどうか。
コイル塞栓術を十数例実施しているが全て成功している。
うまくいかないときは無理をせず,直ちにコイルを回収してまた新たに方法を考える。
コイル塞栓術には術中を含め脳梗塞等の合併症の危険があり,合併症により死に至る頻度が2〜3%とされている。

術中,コイルが瘤内から逸脱。
開頭手術を行うも,コイル完全には除去できず。
逸脱したコイルによって生じた左中大脳動脈の血流障害に起因する脳梗塞により死亡。

コイル塞栓術の実施に当たっての説明義務違反の有無。



























 

医師が患者に予防的な療法(術式)を実施するに当たって,医療水準として確立した療法(術式)が複数存在する場合には,その中のある療法(術式)を受けるという選択肢と共に,いずれの療法(術式)も受けずに保存的に経過を見るという選択肢も存在し,そのいずれを選択するかは,患者自身の生き方や生活の質にも関わるものでもあるし,また,上記選択をするための時間的な余裕もあることから,患者がいずれの選択肢を選択するかにつき熟慮の上判断することができるように,医師は各療法(術式)の違いや経過観察も含めた各選択肢の利害得失について解りやすく説明することが求められる。
担当医師らは,開頭手術では,治療中に神経等を損傷する可能性があるが,治療中に動脈瘤が破裂した場合にはコイル塞栓術の場合よりも対処がしやすいのに対して,コイル塞栓術では,身体に加わる侵襲が少なく,開頭手術のように治療中に神経等を損傷する可能性も少ないが,動脈の塞栓が生じて脳梗塞を発生させる場合があるほか,動脈瘤が破裂した場合には救命が困難であるという問題もあり,このような場合にはいずれにせよ開頭手術が必要になるという知見を有していたことがうかがわれ,また,そのような知見は,担当医師らが当然に有すべき知見であったから,Aに対して解りやすく説明する義務があった。
また,開頭手術の危険性とコイル塞栓術の危険性を比較検討できるように,Aに対して具体的に説明する義務があった。
したがって,担当医師の説明では説明義務を尽くしたということはできない。
 

予防的な療法を実施する場合の医師の説明義務について,相当に高い水準を求める姿勢を示すもの。
但し,原審で審理が尽くされた結果やはり説明義務違反はなかったという結論に至ると言うこともあり得る中間的な判断にすぎない。





















 
 
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