坂野法律事務所 最高裁判例分析    因果関係

  判決日等 発生時期等 事    例 争   点 内      容 ポイント等

1



































 

H11.2.25
判時1668
P60~

破棄差戻































 

S61
53歳 男性


































 

一 医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断と患者が適切な診療行為を受けていたとした場合の生存可能期間の認定。
二 医師が肝硬変の患者につき肝細胞癌を早期に発見するための検査を実施しなかった注意義務違反と患者のがんによる死亡との間の因果関係を否定した原審の判断に違法があるとされた事例。

 S58.10 肝硬変に罹患との診断
 S58.11~61.7.19
   771回医師の診療受ける
  医師はS61.7.5まで肝細胞癌の早期発見に有効な定期兆候検査を実施せず
 S61.7.17 急性腹症発症
 以降他の病院を受診の結果,
進行肝細胞癌が発見
既に処置の施しようのない状況
 S61.7.27 死亡












 

医師の肝細胞癌を早期に発見すべき注意義務違反と患者の死亡との間の因果関係の有無。
































 

医師には,少なくとも年2回は腹部超音波検査等を実施し,その結果肝細胞癌が発生したとの疑いが生じた場合には,さらにCT検査等を行って,早期のその確定診断を行うようにすべき注意義務を負っていた。にもかかわらず,医師は,肝細胞眼の発生を想定した検査を一度も実施していないから,注意義務違反がある。
 訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし,かつ,それで足りるものである。
これは,医師が注意義務に従って行うべき診療行為を行わなかった不作為と患者の死亡との間の因果関係の存否の判断においても異なるところはなく,経験則に照らして統計資料その他の医学的知見に関する物を含む全証拠を総合的に検討し,医師の右不作為が患者の当該時点における死亡を招来したこと,換言すると,医師が注意義務を尽くして診療行為を行っていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していたであろうことを是認しうる高度の蓋然性が証明されれば,医師の不作為と患者の死亡との間の因果関係は肯定されるものと解すべきである。患者が右時点の後いかほどの期間生存し得たかは,主に得べかりし利益その他の損害の額の算定に当たって考慮されるべき事由であり,因果関係の存否に関する判断を直ちに左右するものではない。
 半年前の時点で外科的切除術の実施も可能な程度の肝細胞癌を発見し得た。手術が実施されていれば,長期にわたる延命につながる可能性も高く,患者が死亡した時点でなお生存していたであろう事を是認しうる高度の蓋然性が認められる。
医師の注意義務違反と死亡との間に因果関係が認められる。
 

不作為の不法行為の成否が問題とされた限界的な事案において,いわゆる事実的因果関係の存否に関する判断のあり方につき論じたもの。

注意義務が尽くされていればある程度の期間生存していたとしても死亡が避けられない事案では,それまで延命の利益侵害として慰謝料程度の賠償しか認められてこなかった。
本判決は,延命の可能性,程度はその後の逸失利益の額等において考慮されるべき事情であるとした。


















 

2






















 

H11.3.23
判時1677
P54~

破棄差戻


















 

H11.7
30歳女性





















 

顔面痙攣の根治術である脳神経減圧手術を受けた後,間もなく患者が脳内血腫を生じ,その結果死亡した場合につき,脳内血腫の原因が右手術にあることを否定した原審の認定判断に違法があるとされた事例。

 S52 右側顔面痙攣罹患
 S57.5.17 神経減圧術施行
  am9:50 手術開始
  pm3:50 手術終了
 S57.5.18 血腫による閉鎖性水頭症となり危篤状態
 S57.7.20 意識回復せず死亡








 

脳内血腫を生じた原因は何か。医師の手術手技の誤りか,高血圧性脳内出血か。




















 

顔面痙攣の根治手術は,小脳橋角部で顔面神経と脳動脈の接触部分を剥離するもので,生命にかかわる小脳内血腫,後頭部硬膜外血腫等を引き起こす可能性がある。
Aは術後間もなく,小脳上槽,小脳虫部の上部周辺及び第四脳室に血腫が生じ,小脳内血腫を起こしたことが認められる。遺体の病理解剖からもAの脳の病変が手術操作を行った側である小脳右半球に強く現れている。
Aの健康状態,本件手術の内容と操作部位,本件手術とAの病変との時間的近接性,神経減圧術から起こり得る術後合併症の内容とAの症状,血腫等の病変部位等の諸事実は,通常人をして,本件手術後間もなく発生したAの小脳内出血等は,本件手術中の何らかの操作上の誤りに起因するのではないかとの疑いを強く抱かされものというべきである。
原審は,本件手術操作の誤り以外の原因による脳内出血の可能性が否定できないことをもってAの脳内血腫が本件手術中の操作上の誤りや手術器具による血管の損傷の事実の具体的な立証までをも必要であるかのように判示しているのであって,Aの血腫の原因の認定にあたり前記の諸事実の評価を誤ったというべきである。
 

手術操作の誤りの有無が争点となる医療過誤訴訟において,一定の要件の下に過失を事実上推定し,立証責任を事実上転換して患者側の立証責任の軽減を図ったものと評価できる。

鑑定結果の体裁,形式等から問題点を指摘し,カルテや手術記録等の記載等を子細に検討した上,鑑定結果に直ちに依拠することはできず,疑問が残るとした点も評価できる。








 

3























 

H16.1.15
判時1853
P85~





















 

H11.7
30歳女性






















 

スキルス胃がんにより死亡した患者について胃の内視鏡検査を実施した医師が適切な再検査を行っていれば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったとして医師に診療契約上の債務不履行責任があるとされた事例。

H11.7 胃内視鏡検査
 大量の食物残渣あり,十分観察できず。 慢性胃炎と診断。
H11.10 他院でスキルス胃がんと診断。骨への転移等あり。
H12.2 死亡









 

医師の過失(発見の遅れ)がなければAがその時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったか否か。



















 

胃内視鏡検査時,胃の内部に大量の食物残渣が存在すること自体が異常をうかがわせる所見であり,当時の医療水準によれば,この場合,再度胃内視鏡検査を実施すべきであったにもかかわらず,医師には必要な再検査を実施しなかった過失がある。
医師に医療水準にかなった医療を行わなかった過失がある場合において,その過失と患者の死亡との間の因果関係の存在は証明されないが,上記医療行為が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性の存在が証明されるときには,医師は,患者が上記可能性を侵害されたことによって被った損害を賠償すべき不法行為責任を負う。このことは,診療契約上の債務不履行責任についても同様に解される。
再検査を行わなかったため,当時のAの病状は不明であるが,病状が進行した後に治療を開始するよりも,疾病に対する治療の開始が早期であればあるほど良好な治療効果を得ることができるのが通常である。化学療法等が奏功する可能性がなかったというのであればともかく,そのような事情の存在がうかがわれない本件では,Aのスキルス胃がんが発見され,適時に適切な治療が開始されていれば,Aが死亡の時点においてなお生存していた相当程度の可能性があったというべきである。
 

事例判断ではあるが,「相当程度の可能性」とは,どの程度の可能性をいうものであるかについて,一定の判断をしたもの。



















 
 
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