訴    状
 
平成26年10月1日
仙台地方裁判所 民事部 御中
 
原告ら訴訟代理人弁護士  坂 野 智 憲
 
同            小野寺信一
 
同            十 河   弘
 
同            横 田 由 樹
 
同            井 口 直 子
 
同            渡 部 容 子
 
同            渡 部 雄 介
 
同            甫 守 一 樹
 
同            石 上 雄 介
 
同            宮 腰 英 洋
 
同            都 築 直 哉
当事者の表示
 
 
原      告 別紙原告目録記載のとおり
原告ら訴訟代理人 別紙原告代理人目録記載のとおり
 
〒103−8210 東京都中央区日本橋茅場町一丁目14番10号
被      告 株式会社カネボウ化粧品
代表者代表取締役 夏  坂  真  澄
 
損害賠償請求事件
 訴訟物の価額     1100万円
 貼用印紙額        5万3000円
 
請求の趣旨
 
 1 被告は,別紙原告目録記載の各原告に対し,50万円及びこれに対する平成25年7月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を求める。
 
請求の原因
 
第1 当事者
 1 原告ら
   原告らは,被告が製造した,医薬部外品有効成分「ロドデノール」を含有した化粧品(以下,「ロドデノール含有化粧品」とする。)の使用により白斑等の皮膚障害(以下,「本件白斑等被害」とする。)を被った一般市民である。
 2 被告
   被告は,平成16年5月7日に設立された,化粧品全般の開発,製造,販売等の事業を行う株式会社である。
   下記に詳述する通り,その製造にかかるロドデノール含有化粧品により,1万9264名(平成26年8月31日現在)もの多数の人々に本件白斑等被害を生じさせたものである。
 
第2 本件白斑等被害発生の経緯の概要(別紙「時系列表」も参照)
 1 被告によるロドデノール含有化粧品の製造承認申請とその承認
   被告は,平成18年7月14日,薬事法等関係法令に基づき,厚生労働大臣に対し,「カネボウ ホワイトニングエッセンスS」医薬部外品区分1(既承認医薬部外品とその有効成分又は適用方法等が明らかに異なる医薬部外品(新医薬部外品))として,ロドデノール含有化粧品の製造承認申請を行った。
   平成10年に国立大学法人山口大学医学部医学科教授の福田吉治教授の論文(以下,「福田論文」とする。)にて,ロドデノールの原料物質である「ラズベリーケトン」の製造作業をしていた男性従業員3人に白斑症状が生じ,うち2人については2年が経過しても完全にはその症状が改善されなかった旨の症例が存在することが報告されていたところ,前記製造承認申請にかかる厚生労働省の審議会でもこのことは議題に挙がっていたものではあるが,平成20年1月25日,前記製造承認申請に対する厚生労働大臣による承認が行われた。
 2 ロドデノール含有化粧品の販売開始
   被告は,前記承認に基づき,同年9月,ロドデノール含有化粧品である「アクアリーフ ホワイトニングエッセンス」の販売を開始した。なお,被告は,その後も,平成25年3月まで,ロドデノール含有化粧品の新製品を販売していたものである。
 3 被告による本件白斑等被害の認識
   平成23年10月3日ころ,被告の「エコーシステム」に初めて白斑等被害に関する情報が登録された。
   もっとも,同情報が,被告が認識し得た最初の白斑等被害というわけではない。
   被告においては,平成21年1月から,製品に関して顧客から寄せられた指摘や問い合わせなどの声を集約し,社内で共有化して活用するためのシステムである「エコーシステム」が導入されていたところ,本来であれば,白斑等の症状に関する問い合わせがあれば,同システムにその旨が入力され,被告社内で情報が共有されるべきものであった。
   しかしながら,被告においては,同システムへの全件入力が徹底されておらず,前記白斑等被害に関する情報が登録されるころまでは,被告製造にかかるロドデノール含有化粧品等の使用者から白斑等の症状の問い合わせがあっても,同症状が被告製造にかかるロドデノール含有化粧品に由来するものではなく,使用者個人の病気に由来するものであるといった誤った考えから,各従業員が同システムへの入力を怠っていたケースが存在したのである。
 4 被告の対応の遅れ
   平成23年10月以降も被告製造にかかるロドデノール含有化粧品の使用者からの白斑等の症状に関する問い合わせは相次いだ。
   平成24年2月には,被告関西支社の教育担当者が,「美容部員3名に白斑症状が出ている」旨を被告本社のマーケティング部門と「価値創成研究所」(被告内の研究機関である。以下,「研究所」とする。)に問い合わせている。
   そして,使用者からの問い合わせのみならず,平成24年9月4日には大阪府内の大学病院の医師からロドデノール含有化粧品と尋常性白斑に関連性が存する旨を示唆する連絡が,同年10月には山口県内の皮膚科医がパッチテストでロドデノールが反応した旨の連絡が,それぞれ被告に入るなど,専門家からの問い合わせも存した。
   しかし,被告は,調査・回収等の適切な対応を行わなかった。
 5 被告によるロドデノール含有化粧品の自主回収
   平成25年5月13日,岡山県内の大学病院の医師から,研究所所属の研究員に対し,ロドデノール含有化粧品を使用したことにより白斑等の症状が生じたと思われるという内容の電子メールが届いた。
   被告は,同メールをきっかけに,ようやく本件白斑等被害に対する対応を開始し,同年6月28日の経営会議においてロドデノール含有化粧品の自主回収を行うことを決定し,その後,同年7月4日に自主回収を発表した。
   以上が本件白斑等被害発生の経緯の概要である。
 
第3 被告の製造物責任
 1 被告が製造物責任を負うべきこと
   「製造物」の「製造業者等」は,「引き渡した」当該製造物の「欠陥」により他人の生命,身体又は財産を侵害したときは,これによって生じた損害を賠償する責任を負う(製造物責任法3条本文)。
   この点,被告は,動産たるロドデノール含有化粧品という「製造物」を製造した「製造業者」であり,当該ロドデノール含有化粧品を流通に置くことにより原告らに「引き渡した」ものである。
   そして,@被告の調査によれば,被告製造にかかるロドデノール含有化粧品の使用者のうち,1万9264名(平成26年8月31日現在)もの多数の者に白斑等の症状が確認されていること,Aロドデノール含有化粧品の使用を中止することで白斑発症部位の回復傾向が見られること,Bロドデノール含有化粧品を1種類使用していた場合に比して,2種類,3種類と重ねて使用していた場合に白斑等症状の発症率が高まっていること,Cロドデノールは,チロシナーゼ(メラニン色素を作り出す酸化酵素である。)の拮抗作用によりメラニンの合成を抑制することが証明されていること等の事実に照らせば,ロドデノール含有化粧品は,本件白斑等被害を生じさせるものであって,引渡し時に化粧品として通常有すべき安全性を欠く「欠陥」を有していたことは明らかであり,また,同「欠陥」と原告らが被った本件白斑等被害という損害との間に因果関係があることも明らかである。
   以上より,被告には,原告らに対し,製造物責任法に基づき賠償を行う責任がある。
 2 被告の責任が重大であること
   以上のとおり,被告は,原告らに対し,製造物責任法に基づく無過失責任を負うものであるが,その責任が極めて重大であることにつき下記に付言する。
 (1)被告が誤った承認申請書を提出したこと
    被告は,ロドデノール含有化粧品の承認申請書に,前記福田論文が「ラズベリーケトンの製造従事者の前胸部に白斑様の症例を検出し,その症例は経時的に治癒したことを報告している論文である」という旨の記載を行っている。
    しかし,福田論文の実際の記載は,56歳の者については「緩和しているが完全には消失していない」,35歳の者については「腕に生じた白斑様スポットは僅かに回復したにとどまる」,36歳の者については「白斑スポットは改善している」というものにとどまる。
    承認申請書を作成したのは,その内容の専門性からして,専門知識を有する被告所属の研究員のはずであり,医学用語として「改善」と「治癒」の概念の違いを知らないはずがない。
    前記福田論文の実際の記載に照らせば,どう読んでも「経時的に治癒」などと読めるものではないから,被告が行った承認申請書への記載は,単なる不正確な引用ではなく,承認の妨げにならないように故意に論文の内容を偽った疑いが濃厚である。現に,被告は,審査に当たった独立行政法人医薬品医療機器総合機構にも食品衛生審議会の部会にもこの論文を提出していない。
    以上のとおり,被告は,白斑被害が生じる危険性を認識しながら敢えて医薬部外品の承認申請をしたものと強く疑われるものであるから,その責任は極めて重大なものというべきである。
 (2)調査回収が遅れたこと
    先にも述べたとおりであるが,平成23年10月3日ころ最初の白斑症例が報告され,その後も被告製造にかかるロドデノール含有化粧品の使用者からの白斑等の症状に関する問い合わせが相次いだ上,平成24年2月には被告関西支社の教育担当者から,同年9月,10月には医師から,それぞれ白斑症例が報告されていたものである。
    このように,被告は,自主回収が始まった平成25年7月の遥か前から本件白斑等被害とロドデノール含有化粧品の関連性を示唆する情報を認識しながら,両者の関連性について調査も行わず,その結果として自主回収の時期を著しく遅滞したものであって,これにより,本来被害に遭わなくてよかった者にまでその被害を拡大したものであるから,その責任は重大なものというべきである。
 (3)被害者が膨大で被害内容も深刻であること
    被告の調査によれば,平成26年8月31日時点の被害者は1万9264人であり,既に症状が消失されたとされる8137人を除いても,自主回収から1年以上が経過した今なお1万人以上の人が白斑等被害に苦しんでいるものである。これは,化粧品による健康被害としては未曾有の規模に上り,大きな社会問題となっている。
    そして,被害者の中には,白斑等の症状により外出できずに日常生活にも支障を来している者,職を失った者,うつ症状を呈している者もおり,その被害は深刻である
    このような深刻な被害を広範囲に及ぼした被告の責任は極めて重大なものと言わなければならない。
 
第4 責任の内容
   責任の内容については,次のような基準によるのが相当である。
 1 傷害慰謝料について
   症状固定前(若しくは治癒前)慰謝料(傷害慰謝料)については,一般的には入・通院期間を基準に算定するが,本件白斑等被害は有効性の確認された治療法が存在しないので,治療法が確立されている傷害に比して通院頻度が低い。したがって,入・通院期間を基準に算定したのでは被害者の精神的苦痛を正当に評価することはできない。
   そこで「発症時」から症状固定時(若しくは治癒時)までの期間を「症状持続期間」として,公益財団法人日弁連交通事故相談センター刊交通事故損害額算定基準(24訂版)(以下「青本」という。)の通院基準を基礎として算出するのが相当である。具体的には被告の症状分類を参考に下記のように区分し算出する。
   @ 被告のいう「最重症」(「顔や手など広範囲にわたり明らかな白斑」)及び,「重症」のうち,「顔に明らかな白斑」に該当するような場合
     青本通院慰謝料の上限
   A 「顔に明らかな白斑」以外の「重症」(「3箇所以上の白斑」「5cm以上の白斑」)の場合
     青本通院慰謝料の下限
   B 「その他」の場合(上記症状以外の軽度な症状)
     同下限の半額
 
    症状に変遷があり,前記3区分による算定が相当でない場合には,適宜増減額を行う。
    なお,「通院期間」が青本の表を超える場合,1か月を超えるごとに「最重症」及び「顔に明らかな白斑」に該当する場合(@)には3万円,「重症」に該当する場合(A)は2万円,「その他」(B)に該当する場合には1万円をそれぞれ加算していく。
 2 後遺症慰謝料について
 (1)症状固定時期について
    「軽快傾向がない」と判断される場合,あるいは使用を中止して1年以上を経過したにもかかわらず症状が残存している場合には症状固定と判断すべきである。
    本件原告らは,いずれも,使用中止から1年2か月以上が経過した現在においても症状が残存しているものであるから,遅くとも,平成26年8月31日には症状固定の状態に至ったものである。
 (2)後遺障害等級認定
    「外貌(上肢及び下肢の醜状を含む。)の醜状障害に関する障害等級認定基準」(基発0201第2号別紙)に従い等級を認定する。
    具体的には,下記の基準を参考に判断する(同通達参照)。
    なお,等級判断においては,複数の白斑等が相隣接し,又は相まって1個の白斑等を同程度の醜状を呈する場合には,それらの面積,長さ等を合算して行うとともに,前記通達に従い,併合,加重等を行うものである。
   また
   (第7級に該当する場合)
    「外貌に著しい醜状」を残す場合に該当する。具体的には,
    ・頭部にあっては,てのひら大(指の部分は含まない。以下同じ。)以上の瘢痕が残存する場合
    ・顔面部にあっては,鶏卵大面以上の瘢痕が残存する場合
    ・頸部にあっては,てのひら大以上の瘢痕が残存する場合
    等である。
   (第9級に該当する場合)
    「外貌に相当程度の醜状」を残す場合に該当する。具体的には,
    ・顔面部に長さ5センチメートル以上の線状痕(人目につく程度以上のもの)が残存する場合
    である。
   (第12級に該当する場合)
    「外貌に醜状」を残す場合に該当する。具体的には,
    ・頭部にあっては,鶏卵大面以上の瘢痕が残存する場合
    ・顔面部にあっては,10円銅貨大以上の瘢痕又は長さ3センチメートル以上の線状痕が残存する場合
    ・頸部にあっては,鶏卵大面以上の瘢痕が残存する場合
    である。また,
    ・露出面については,両上肢又は両下肢にあっては露出面の2分の1程度以上に醜状を残す場合
    ・露出面以外については,両上腕又は両代替にあってはほとんど全域,胸部又は腹部にあっては各々の全域,背部及び臀部にあってはその全面積の2分の1程度の範囲にそれぞれ醜状を残す場合
    にも第12級が準用されることになる。
   (第14級に該当する場合)
    ・露出面以外につき,上肢又は大腿にあってはほとんど全域,胸部又は腹部にあってはそれぞれ各部の2分の1程度の範囲,背部及び臀部にあってはその全面積の4分の1程度の範囲にそれぞれ醜状を残す場合
    には第14級が準用される。
 
 (3)慰謝料の算定について
    基本金額を基準として,障害の部位,程度,性別,年齢,婚姻の有無その他諸般の事情を考慮して適宜増額する。
    基本金額を統一するため,基本金額は,公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部刊損害賠償額算定基準(以下「赤本」という。)を用いる。
 3 逸失利益について
   外貌醜状については,現実の減収の証明の困難性から労働能力喪失期間を減縮して認定される傾向にある。そこで,労働能力喪失率については自賠責基準をそのまま用いるが,労働能力喪失期間については,第12級以下の等級に該当する場合には,下記の通り減縮することとする。
   (12級に該当する場合)
     労働能力喪失期間は,原則として10年間とする。
     但し,症状固定時の年齢が満66歳以上の場合には,就労可能年数に従う。
   (14級に該当する場合)
     労働能力喪失期間は、原則として5年間とする。
     但し,症状固定時年齢が満81歳以上の場合には,就労可能年数に従う。
 4 その他損害項目
   下記項目のほか,本件ロドデノール含有化粧品の欠陥と因果関係を有する損害について請求する。ただし,被告が訴訟外での支払いに応ずる見込みのある治療費,交通費,商品代金等については,一部除外している。
    ・治療費,交通費(未払いの場合),診断書作成料
    ・商品代金(全購入代金)(別紙「化粧品一覧表」参照)
      化粧品にあっては,レシート等その購入の事実を示す客観的証拠の長期保存は期待できないのが通常であるから,原告らの記憶に基づき算出する。
    ・休業損害
      有職者につき,1日あたり6500円以上の収入を得ている者については実額により,同額を下回る者については,被告が相当と認める額である1日6500円をそれぞれ1日あたりの基礎収入とした。
      また,有職者でない家事従事者については,その1日あたりの基礎収入を,被告が相当と認める額である5700円とした。
    ・マスキングのための化粧品代,スキンケア商品代
    ・白斑を隠すために使用した装具等があれば,その購入代
    ・弁護士費用
      弁護士費用を除いた損害の1割相当額が本件ロドデノール含有化粧品の欠陥と因果関係を有する損害と認められる。
 5 基準日について
   本件提訴に際しては,「平成26年8月31日」を基準日として各原告らの個別損害額を算定している。新たな損害が発生・発覚次第,主張を追加する予定である。
 
第5 原告らの個別損害額
   別紙「被害に至った経緯及び損害内容」記載の通りである。
 
第6 結語
   よって,原告らは,被告に対し,製造物責任法3条に基づき,別紙「被害に至った経緯及び損害内容」記載の金員のうち,内金として,それぞれ50万円及びこれに対する被告がロドデノール含有化粧品の自主回収を発表した日である平成25年7月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
 
第7 本件訴訟に至る経緯等
 1 原告らは,平成25年7月4日の被告によるロドデノール含有化粧品の自主回収の発表を受け,本件白斑等被害の原因が被告製造にかかるロドデノール含有化粧品にあることを知った。
 2 原告らとしては,被告が,早期に,適切な被害回復措置を講じてくれるものと期待していたものであるが,被告は,商品代金の返還,治療費及び通院交通費の賠償については比較的早期に応じる構えを見せたものの,休業損害や慰謝料の賠償についてはなかなか明確な方針を打ち出さなかった。
 3 その後,全国各地で白斑等被害に対する弁護団が立ち上がり(現在,全国に15の弁護団が結成されている),同弁護団等を通じた交渉が行われたこともあり,被告は,平成26年6月26日,休業損害や慰謝料の賠償にも応じる方針を打ち出したが,その慰謝料についての具体的提案は,0円から最大62万円(平均35万円程度)という極めて低額なものにとどまった。
 4 以上のような状況に加え,被告が,ロドデノール含有化粧品の自主回収から1年2か月以上が経過した現在においても,白斑等が将来にわたって残存するとみられる被害者に対する賠償の具体的な方策を未だ示さないことにも照らし,本件被害の完全回復を図るため,原告らは,本件訴訟の提起に至ったものである。
以上