日本画家
入山 白翁の芸術
HAKUO IRIYAMA
入山 白翁作
25号 漆画
渦潮
乾漆ヘラ芸・指頭画
白翁は「静」と「動」の世界を他の制作の合間でも漆画で挑んでおりました。

「静」は各容姿の富士・静物・風景と傑作を残す中、「動」は轟音響き水しぶきが
跳ね踊り弧を描き起伏する波浪の山々…渦潮、波涛へと大作を発表続けておりました。1 975年通産省・運輸省・文化庁で主催された「海を描く現代絵画コンクール展」で
漆画100号「渦潮」が入選 その漆という難しい資材を自由に駆使した作品が審査委員
の度肝を抜いたのでした。
乾漆ヘラ芸・指頭画
日本画の範疇にあって工芸的分野を取り入れ、漆画・漆版画という全く新しい 世界を築き上げてきた。
その名声は国内・外を問わず、高松宮家、石橋、池田首相以下、広く政財界の 著名人がその作品を愛蔵、アイゼンハワー、ジョン・ケネディ元米国大統領、
インド、イラン、サウジアラビアなどの首相、国王と枚挙にいとまがない。
未完の作を完成せんと、奇跡的な病床からの復帰が数度、
その精神力、芸術家魂は正に耐久力数千年と言われる漆芸術の如くである。
15号 漆画 入山 白翁作
すすき富士
乾漆ヘラ芸・指頭画
わがふるさとは日本 富士は日本人の心のふるさと

富士山麓に通うこと30有余年 自然風物 巨木礼讃

それを求めて東奔西走 漆画に表現して久し

漆芸術3000年 不変の誇りあり

芸術に国境なし
1904年、新潟県白根市に生まれる
  28年、上野美術学校漆工科入学
  31年、美術工芸展入選
  32年、美術協会展入選
  34年、朝鮮楽浪文化研究のため渡鮮
  35年、美術協会展入選 棗を大宮御所貞明皇后に納入
  36年、第三回文展入選
  40年、日本貿易会会員
  45年、日展第一回展入選となり諸外国に作品納入、及び
       第2回展、第4回展共に入選、47年の第6回展入を         最後に一切の美術団体を去り、以後無所属
  52年、ソビエト美術館に乾漆象嵌蒔絵花瓶を納入
  75年、沖縄国際海洋博覧会「海を描く現代絵画
       コンクール展」入選
  77年、東京セントラル美術館にて回顧展
  82年、アメリカパサデナ美術館にて長期漆画展開催
  84年、東京富士美術館にて「富士を描く画家達の500年展」
       米、 英、 仏、 独等各国に作品納入 三越本店
       近鉄、伊勢丹、小田急、東急、資生堂ギャラリー
       他各地で個展30数回に及ぶ
入山 白翁



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