川上家旧米倉、文庫蔵修復工事

両建物共、明治3年に建てられ、130年以上経過している。

区画整理に伴う屋敷全体の嵩上げがあり、専門業者による曳き家工事から始まった。
一旦屋敷の外に建物を移動、土盛りを行い、転圧をして、少し時間をおき土の落ち着いた所で
基礎工事が行われレールの上を移動した建物は新しい基礎の上に据えられた。

文庫蔵土台、米倉下屋部分に見られた漏水による腐食部分の部材交換等を行ったが、他の構造には腐食等
の個所はなく建物平面の大きさにしては太い部材が組まれ、柱を貫通している差貫は柱面からタル栓が打ち込まれ構造への配慮があり、
さすがに関東大震災をクリアしただけあって丈夫さには感心させられた。

旧米倉は木造2階建て真壁構造、
屋根は土葺き瓦屋根で全体に瓦のズレがあり、棟、熨斗等の土も落ちていて瓦の直し、屋根漆喰に時間がかかった。

旧米倉の内外壁、文庫蔵内部の古い上塗りを剥がし、稀釈エマルジョンを飽和状態になるまで浸透させるように噴霧して
富調合の砂漆喰を擦り塗り、補強ファイバーネットを貼り込み、差貫部分は亀裂に備え二重貼りにして乾燥まで放置した。

仕上げは内壁は白漆喰、米倉の外壁は黒墨を入れた鼠漆喰で仕上げ、両建物とも、開口部には土戸があり、塗り替えを行った。

文庫蔵は高床式2階建て、平面で4,100四方、高床部分まで地覆石、腰壁は人造洗い出し仕上げ、屋根ケラバは瓦端に小穴をあけ
銅線で力骨ラス下地を締め、軽量モルタルで形成を行い油と珪砂入り白漆喰で仕上げを行った。
観音開き扉は鳥居型共痛みがあり、ビスを打ち細縄を巻き砂漆喰で形成した。

「何処かへ出かけて家に戻ったとき子供時代から見慣れている古い土蔵を見るとホッとする」と言っていた施主様の言葉が印象的だった。
 壁修復作業は約一ヶ月半で終了することが出来た。

(有)稲垣左官工業所
     高橋孝喜