旧中村家土蔵復元工事 報文
    


 
広い屋敷の奥に、朽ちかけて築後百二十年以上経過した大きな土蔵を最初に見た時は、
修復するより新しく建て替えたほうが早いとさえ感じた。

 工事は九月から始まり、段取り、2000本あまりの竹釘作成、土、糊煮本漆喰作り、と一ヶ月位費やした。

平面で4.750×7.350、高床式2階建て、屋根最上部までの高さ8.400の土蔵は10月に入り足場が組まれ、素屋根が掛り、囲いに覆われ外からは見えなくなった。

それまで建物の下部しか解らなかった損傷状態は壁上部と屋根上を見て改めて傷みの大きさに驚いた。

7寸急勾配の土葺き本燻し瓦を突き破って木が生えていた。
瓦と瓦飼い土を撤去し、縄巻きされ表面が漆喰で仕上がった厚さ10cmあまりの屋根叩き土、厚さ5,5cmのヒノキ野地板を剥がし、20cm近い厚さの土壁の一部も落とされて、内部構造小屋組、下地が剥き出しにされ殆ど骨状態の土蔵を見て修復の多難を予感した。

通常の左官工事と内容が違うため、土蔵工事を頻繁に行っている長野県伊那市、且O心さんに数回にわたって伺い、工程、工法、材料について研修を受け確認を行った。企業秘密とも思えるような事柄を研修課題にしてくれる現会長は、「みんなで勉強して行けば、それが業界発展につながる」との強い想いを持ち、その見識の高さに深く感銘を受けた。

1月中旬までにタル巻き、大直しを終え、12月後半は各部の中塗りを行い暮れに中塗り作業は完了した。

タル巻き作業の頃から場内には温度調整のための暖房が入り、昼夜を問わず温度管理、低温に備えた。3月年度内の納期がある為、自然乾燥によって発揮される土壁本来の強度を、工期短縮の為、早期乾燥を促す方法として暖房による強制乾燥を余儀なくされ、今後への影響が心配された。

工程に無理があり、クラック、浮き、剥離等の障害が心配された為、タル巻きの他に塗り面全面にグラスメッシュ(三軸組布)を塗工程ごとに貼り込み、特にクラックの予想される部分には3〜4重貼りとし、乾燥下地への塗り重ねは、その都度、酢ビ系エマルジョン10倍液を浸透噴霧した。

年を越し、正月明けからは中塗りの乾燥期間の事もあり屋根瓦漆喰に移り、3,4人の職人は細かい仕事に手間どり、仕上げまで一ヶ月を費やした。

 2月に入り暖冬予報とは程遠く、関東地方でもこんなに寒くなるのかと思えるような低温が続く中、
温度計を気にしながら建物上部より本漆喰の上塗りに入った。
本来なら、春になってから行いたい上塗り作業を最も低温の続く最中に行う事になった。
 日を追って壁面は白く変わり、2月下旬には素屋根、足場は解体され、建物は温室状態から一転して寒風にさらされ、温度変化による弊害が心配された。

 3月に入り少しずつ春めいてくる中、東面木造下屋復元、外構工事と移り3月末に最終検査を終える事が出来た。
ご協力いただいた方々に心から感謝申し上げると共に、元請工務店の作業に対する理解が大きかった事を改めて感謝申し上げます。

(有)稲垣左官工業所 高橋孝喜