定例学習会

危険なソマリア沖海賊対策と
海賊対処法を考える

多摩市民館 4月18日(土)

 生田9条の会の定例学習会が、4月18日(土)多摩市民館で17名の参加で持たれました。学習係外の方も含め4名の運営委員がレポートをし、内容の濃い学習会になりました。   
 まず、Iさん(学習係・司会)が、多面的な資料から、この問題の概略をコンパクトに説明しました。


海賊問題の本質は陸上にあり
 『ソマリア沖海賊問題の背景と解決の道』によると、「1960年、英領から独立したソマリアでは、各部族を基礎にした政治が行われていたが、69年にバレ将軍がクーデターで実権を握り強権的な政治を行う。経済発展もしたが、隣国エチオピアとの紛争で同政権は弱体化し、91年に崩壊した。以後部族紛争などで内戦状態となり混乱が続き」、「沿岸住民・元兵士・機器に詳しい人間の三種で構成された海賊の実働部隊は数千人で、関係者は数万人にのぼり、身代金を目的にした海賊行為は一大ビジネスになっている」とのことである。ソマリア国民の窮状の実態は、谷本美加『母と子でみる ソマリアの心と傷跡』草の根出版会にくわしい。それゆえ、「海賊問題の本質は海上でなく陸上にある。国際外交の力でソマリア問題が解決しなければ、海賊の脅威もなくならない。」(毎日新聞 金子編集委員) 
 一方、当面の海賊対策においても、ニューズウイーク2月11日号、カリル氏の「世界を救うのは内向き日本」によれば、すでに日本は国際的に積極的貢献をしていた。ソマリア沖と同様に海賊の被害の多かったマラッカ海峡の海賊対策で、「日本政府は、周辺のASEAN(東南アジア諸国連合)諸国と合同訓練を行い、海賊の情報共有センターをシンガポールに設立。海上保安庁の巡視船を現地に派遣した。そのおかげもあって、03年に150件あった海賊事件は3年間に3分の1に減った。」 海賊という私的な犯罪にたいして、日本の海の警察力=海上保安庁が大きな力を発揮したのである。
 しかし、「麻生首相は『海にはお巡りさんはいないんだから』とウソをつき、…日本の領海内を想定している自衛隊法の“海上警備行動”を拡大解釈して、海上自衛隊の“護衛艦”(駆逐艦)2隻をアデン湾に派遣した。」(『市民の意見』No.113・井上澄夫論考)そして、海賊対処新法を制定することで「武器使用基準を根本から変え、諸国艦隊と協働することで集団的自衛権行使の事実上の先例を作ろうとしている。…しかも、この法は時限立法の特別措置法でなく、恒久法であり、これから随時艦隊派遣できる」。そして、「国会の承認も必要ない」というきわめて危険な法案である。(同論考)


9条を生かした海賊対策を
 続いて、Aさん(学習係)が、マスメディアの中で、『ソマリア沖 派兵を問う』という特集で、この問題の全体像をいち早く2月15日~20日に特集した新聞記事をもとに、池谷さんのレポと同論旨のレポートをしました。資料中、特に19日付けの⑤『9条を生かし海賊対策』では、東南アジアでの海上保安庁による海賊対策をモデルにした、ジプチ会議によるソマリア沖周辺国の地域協力や海賊対策を詳報している。


海運業界の自衛隊派遣要請は?
 今回のレポ中、出色であったのは、自身が船員であったFさん(運営委員)のものです。Bさんは、海運世界の注目すべき事実や実態を、日本海事新聞を中心としたA4版135頁という膨大な資料を使って報告しました。そのいくつかを簡単に記します。
 我が国の外国航路商船隊は、日本国籍のものは91隻、外国籍(日本企業の雇船)2214隻(07年)であわせて日本関係船といい、船員は、日本人2600人(半数が就航)外国人1963人(05年、フィリピン等ほとんど東南アジア系)である。日本関係船で08年に海賊等の被害をうけたものは12件、日本人が乗船していた船では1隻、アデン湾での被害は3件(回避操船で振り切った)である。アデン湾の通航は、米軍指揮下の25隻(09年3月初旬現在)の軍艦の護送船団(コンボイ)方式で行っている。
 アジア太平洋戦争で壊滅的打撃を受けた日本海運業界では、産別単一労組の海員組合もイラン・イラク戦争では、「軍艦による護衛は攻撃の的にされる」として断り、船主の元日本郵船社長(元日経連会長)もマラッカ海峡での自衛艦護衛には反対していた。最近まで、労使双方とも派兵に反対していた。それが、09年1月9日には,全日本海員組合と日本船主協会が共同して、現行法の枠組みによる“海上自衛艦の派遣”実施を求めた。なぜか?
 そもそも、“海上自衛艦の派遣”は、08年10月17日のイラク支援特別委員会で、民主党長島昭久議員がソマリア海賊対策に海上自衛艦艇をエスコートにあたらせる事を提案し、麻生総理が『検討する』と答弁したことからにわかに艦艇派遣が現実味をもった。
 自衛艦護衛についての船会社が態度変化した背景は、船会社に借りがあったからではないかと考えられる。2年前に『トン数標準税制』=船会社の外形標準課税で国交省試算では27分の1ともいわれる法人税の減税法が成立し、09年4月から実施される事になった。このトン数標準税制は、民主党長島議員も参加している超党派議員で構成する『海事振興議員連盟』の力が大きかったといわれている。
 盗賊対処に警察権を持たない軍隊が対応する事は問題である。百歩ゆずって、現行法による海上保安官を乗せた海上自衛艦の派遣ができるとしても、外国船の保護は法の拡大解釈(集団的自衛権行使に踏み込む危険あり)である。だからこそ、Bさんは「海賊という泥棒については、警察権力である海上保安庁のアジア海賊対策地域協力協定などの有効なノウハウをいかす、アジアモデルのソマリア海賊対策が最善の方法です」と結ばれました。海上保安庁警備救難官石橋幹夫氏も「あれだけ広い公海で各国それぞれが自国船護衛をやるとすれば大変なこと。海上治安の維持はやはり沿岸国の警察力に負うところが大きい。…我々の知見が活用できればと思う。」と主張している。
◇  ◇  ◇
 現在、政府は武装基準と船舶保護対象の範囲を拡大する『海賊対処法案』を国会に提出しています。同法案は、衆院では与党の賛成で採決され、参院にまわっています。その海賊対処法案(全13条)の重要な問題点のいくつかを、Oさん(運営委員)がレポートしました。


戦争をする国へ数歩前進か?!
 まず、1条の目的で、「海上における公共の安全と秩序の維持を図ることを目的とする」としているが、これは、戦後はじめて海外の日本の権益の保護をも公然とかかげたもので、戦前には戦争の口実にされてきた言葉であることに注意すべきである。また、現行法では保護対象が日本関係船なのに対して、この目的の文言では、すべての船舶が保護対象になり、戦争に巻き込まれる危険性が大きい。
 第5条で「当該船舶の進行を停止させるために他に手段がないと信ずるに足りる相当な理由があるときには、その事態に応じ合理的に必要とされる限度において、武器を使用することができる。」と“自由”な武器使用を認めている。前段の“いいわけ”は誰が認定するのだろうか、現場の判断だけではなかろうか。テロ特措法、イラク特措法の2条2項、3項で、「武力による威嚇または行使に当たるものであってはならない。」「(対応措置は)戦闘行為が行われることがないと認められる…地域において実施する」と憲法9条の制約を意識したものであったのが、それもなくなり、海賊対策に名をかりて戦争へ進む新段階ともいえる内容となっている。また、両特措法では自衛隊の活動は「後方支援」だったのに、今度は正面から「敵」にあたらせるもので、自衛隊が『殺し、殺される』危険がせまっている。
 12条で「我が国が締結した条約その他国際約束の誠実な履行」を定め、日米安保や国連安保理事会の武力解決決議など、日本国憲法で禁止している集団的自衛権の行使に道をひらこうとしている。(なお、国連は各国憲法と国内法の範囲内での協力を求めている)
 7条では、「防衛大臣は…内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において海賊行為に対処するために必要な行動をとることを命ずることができる」とし、総理大臣は「遅滞なく国会に報告」すればよく、現行特措法などが要件としている国会の承認はいらなくなる。急なときには防衛大臣は総理に通知すればよいとし、防衛庁(軍)の暴走の歯止めはとりはずされている。その他10条での行政機関や民間に協力義務をさだめ、国民総動員の戦時体制への傾斜する内容を含んだり、8条で自衛隊に警察権を与え、戦前、無法をくりかえした憲兵を復活しようとしている。13条で「必要な事項は政令で定める」と、内閣に白紙委任をし、国民の参政権を遠ざけている。そして、この法律は恒久法で、Oさんは『海賊対策に名を借りた憲法9条を壊す「壊憲」であるという危険と同時に、9条そのものを改訂する地ならしの危険という二面がある。』と指摘しました。
 その後、「国民の多くが持っている『日本の財産を守るのに日本の自衛隊が出ていってなぜ悪い』という意見に対する議論を深める必要がある」を巡り、活発に議論がなされましたが、時間切れの感がありました。今後さらに勉強していきましょう。なお、この学習に使われた資料をご入用の方は、事務局・学習係にお問い合わせください。
 

 
9月定例学習会
画期的な自衛隊イラク派遣違憲判決を広め 9条をいっそう輝かせるのは私たち!

 講演 内田 和利弁護士(川崎北合同法律事務所)

 9月6日、多摩市民館で生田9条の会の定例学習会がもたれ、28名が参加して熱心な討論が行なわれました。講師は川崎北合同法律事務所の内田和利弁護士、司会は学習係のOさんで行なわれました。内田さんは、名古屋高裁判決全文(全26頁、入用の方は事務局へ)・要旨・レジュメを用意されて、わかりやすくお話していただきました。
 現在、各地の市民が国を相手取って自衛隊のイラク派遣差し止めを求める裁判をしています。今回の判決は、名古屋周辺の市民約3000人が名古屋地裁に訴え敗訴し、高等裁判所に控訴したものの判決で、2008年4月17日にだされ、5月2日に確定したものです。 名古屋地裁判決は、市民の主張する平和的生存権は具体的権利でなく、市民たちは不満でも多数決原理の政治のもとでは我慢すべきことだから訴えはとりあげない、差し止めなどは認めないという、権利の侵害を救済すべき裁判所の役割を放棄したものでした。
 これに対して、名古屋高裁の民事3部(青山邦夫裁判長)の判決は、形の上では訴えをしりぞけた国側勝訴で、地裁と違いがないようにみえます。しかし、結論をみちびく理由の部分で、訴えた人々の主張を認めた、実質的な全面“原告勝訴”の判決でした。
 少しくわしく見てみましょう。政府の憲法9条解釈では、「国際紛争を解決する手段」ではなくて、「他国の武力行使と一体とならない」ような武力行使は許されるなどと言うものです。また、イラク特別措置法では、自衛隊が行なう「人道復興支援活動または安全確保支援活動(1条)」は、「武力による威嚇または武力の行使にあたるものであってはならない(2条2項)」し、「戦闘行為が行なわれることがないと認められる一定の地域(非戦闘地域)において実施すること。(2条3項)」となっています。


空自の活動は、戦闘地域で武力行使したと同じもの

 判決は、26頁の半分をさいて、くわしくイラクで何がおこなわれているか、事実認定をしています。(原告・弁護団・証人の努力の結果でもある)例をあげると、具体的に諸事実をのべたあと「イラク国内は、イラク攻撃後に生じた宗派対立に根ざす武力勢力間の抗争がある上に、各武装勢力と多国籍軍との抗争がありこれらが複雑に絡み合って泥沼化した戦争状態」だと結論し、憲法9条1項で政府解釈でさえ参加してはならないとしている「戦争」であり「国際的な紛争」であると認定しています。また、航空自衛隊が活動しているバグダッドは、「アメリカ軍を中心とする多国籍軍は、…掃討作戦を行い、特に平成19年にはいってから…激しい空爆を行ない、同年中にイラクで実施した空爆は1447回にのぼり」など、まさにイラク特措法で活動してはいけないとされる『戦闘地域』であるとしています。そして、そのバグダッドへ航空自衛隊のC-130輸送機が「週4回から5回定期的に…輸送をおこなっている。…(輸送の)大多数は、武装した多国籍軍(主にアメリカ軍)の兵員である」と認定しています。これは「他国による武力行使と一体化した行動であって、自らも武力の行使を行なったと評価せざるをえない行動である」と、憲法9条1項、イラク特別措置法に違反した『武力行使』であると認定しました。こうして、空自のイラク派遣は、政府のこれまでの憲法解釈さえも踏み外した明らかな憲法違反であるとの判断をしたのでした。


平和的生存権は具体的な権利

 この判決は、違憲判決だけでなく、平和的生存権が訴えをおこすことができる具体的権利であると認めた点で極めて画期的で勇気ある判決でした。今回訴えた人々にはそれが認められませんでしたが、ア、「憲法9条に違反する国の行為によって、個人の生命、自由が侵害され又は侵害の危機にさらされ、あるいは、現実的な戦争などによる被害や恐怖にさらされるような場合 イ、憲法9条に違反する戦争の遂行などへの加担・協力を強制されるような場合」裁判所に救済を求めることができると認めました。今後の基地被害地域や有事立法の国民へ適用などに際して、極めて有力な武器と大きな勇気を国民に与えてくれたと言えましょう。これらは、まさに憲法9条が輝いた瞬間でもありました。
 最後に、内田さんは、この判決を多くの人に知らせるとともに、「不断の努力」で憲法9条を護り活かす運動を強め、9条を世界に向けてさらに光輝かせることが大切だと、熱く訴え、報告を締めくくりました。


質疑応答では

 多くの質疑がなされましたが、その中心は「この判決を現実に政府に実行させるにはどうしたらよいか?」と言うものであったかと思います。内田さんは、「“この裁判官の“プレゼント”を国民がどう受けとめ高めていくかが大切。“問題ない”“関係ねえ”とうそぶく政府を変えさせる力はつまるところ、選挙権を行使する国民にある。裁判官がことさら勇気をださなくもこうした判決がだせ、実行せざるを得ない世論をつくることにある」と強調されました。関連して、次のような意見・感想が出されました。「違憲判決を拡げていく確信が持てた。」「国民の意識が低いなどというが、国民は変わってきている。ビラの受け取りよくなってきている。自分の地区にもはやく生田のような9条の会をつくりたい」「主婦らで地道に活動している。10月18日pm6時麻生市民館で名古屋から北村弁護士をお呼びして学習会を持つ予定。ぜひどうぞ」「私も東京地区の差し止め請求裁判の原告のひとりだが、とにかく、運動は長くなければだめだ。諦めてはならない。ねばり強くねばり強くだ。」「護憲勢力の一致団結が今こそ必要だ」等々でした。【注 学習会の後、9月11日、政府はイラク派遣の航空自衛隊の年内撤収を発表しました。東京新聞は名古屋高裁判決も影響あったとのべています。この決定は違憲なので当然のこととはいえ、違憲訴訟や9条の会等々の運動や世論におされた結果であるともいえましょう。】

7月の定例学習会
「立川テント村事件最高裁判決」から
「表現の自由」の重大な危機について

内田 和利弁護士(川崎北合同法律事務所)
 最初に内田氏より丁寧な説明と判決の解説を受け、活発な質疑、意見交換ができ有意義な時間となりました。
 「立川テント村事件」とは、2004年2月27日に市民団体「立川自衛隊監視テント村」のメンバー3人が、立川市内の防衛庁宿舎の郵便受けに「イラク派兵反対!いっしょに考え、反対の声をあげよう」「ブッシュも小泉も戦場には行かない」という内容のビラを投函し、「住居侵入罪」の容疑で逮捕、起訴された事件です。
 1審は、無罪。「商業ビラの投函に比して、優位的地位が認められたビラであり、商業ビラの投函については刑事責任を問わず放置されていた経緯がありながら、今回は、市民団体に正式な抗議や警告と言った事前連絡なしに、いきなり検挙して刑事責任を問うことは、憲法21条1項(表現の自由)に趣旨に照らして疑問の余地なしとしない。諸般の事情に照らせば、宿舎に立ち入った行為は、法秩序全体の見地からして、刑事罰を処するに値する程度の違法性があると認められない。」など詳細に事実を追い緻密に評価したうえでの判決でした。
 最高裁判決では、「たとえ思想を外部に発表するための手段であっても、その手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されない」と述べるのみで有罪判決が確定しました。
 次に、この判決によって、私たちの生活にどう影響するのかという点で話し合いました。
 今後、9条の会の活動も以前より神経を使い、ビラ配布禁止など書かれていないか、苦情など出ていないかなど確認しながら行っていくことになるだろうということでした。
 ひとつの事件が最高裁まで上がり、その判決が判例となっていくということから、この事件が最高裁で扱われたということが、すでに「表現の自由」に対する圧力がかかっている感じるのは私だけだろうか。日常生活が、自分自身の行為から離れた出来事で規制されていくことについて、考えさせられた学習会でした。
生田9条の会 定例学習会
「非暴力主義の系譜とその現代的意義」
リポーター 池谷 彰

 6月28日(土)多摩市民館において、学習会がもたれました。池谷彰氏(生田教会)が標題のレポートをし、活発な討論がおこなわれました。
 氏は「良心的兵役拒否が非暴力主義に基づく市民的不服従運動である」と位置づけ、歴史的に、また、地域別に跡づけるとともに、H・ディヴィドソローらの非暴力主義の概要と意義を報告されました。その上で、氏自身が長年実践してこられた軍事費不払い運動と小田実氏が提唱された「良心的軍事拒否国家」の意義を強調され、現在の課題としてイラク戦争反対の米兵を匿えるか、有事立法下での海運・医療・防衛産業従事者への戦争協力に対してどう対処すべきかと問題提起されました。

 討論は、まず「生命・財産・民主主義への侵略に対して最低限の防衛のための武力は必要ではないか?」の意見をめぐり、「カントがいうように専守防衛力は常に増殖していく」「想定されている北朝鮮が、岩手県の予算程度の国力で攻められるか、また攻めてどう処理できるか現実的に考えると空虚」「軍隊が国民を守った歴史はない。」「日本が従属国家になっている原因であり、北が脅威を感じている日米安保を10条で破棄し中立化することが肝要。良心的不服従もさることながら、9条をどう徹底させるか、徴兵制をさせない等どう政治を変えるかが大切」「秋葉原事件を例にされたが、武器を持っていれば安全だったか?事件の根、侵略の根を考えるべき。良い社会や国際関係づくりが大切。目には目をでなく、外交努力で信頼を築くことが大事」などの意見が出ました。

 そして、「軍事費不払い運動に感動した。」「どのようにして行なうのか?」「80代の女性がこれは私もできると言っていた。」などの意見が出され氏の解説がありました。次に小田氏の非軍事国家論について話し合われました。「非暴力主義と言うが、個人はすべて国内法的に暴力行為を否定されている。暴力を行使できる唯一のものが国家ということだ。その国家の暴力さえも否定したのが国連憲章だ。しかし、憲章は、自衛権の行使としての戦争を認めている弱点がある。それを穴埋めするのが日本国憲法9条である。偉大な個人に頼る時代でなく、9条の運動を世界に拡げ、憲章を変えることによって、非暴力主義は実現する。」また、「先の名古屋高裁判決での、9条から導いた平和的生存権の積極的認定は、海運・医療従事者の大きな武器となる」などの意見が出ました。

次回の学習会は、

●9月6日(土)午後6時から
 多摩市民館 第1、第2学習室
 内田和利弁護士(川崎北合同法律事務所)


 自衛隊イラク派兵違憲判決の解説と今日的意義について。
 無料です。お誘い合わせてご参加ください。

 

5月の定例学習会
  「軍事費削って福祉にまわせ!」

5/24(土) 多摩市民館第5会議室にて午後6:00~9:00

 リポーターは池谷彰氏。平和問題を憲法九条だけで訴えるのでは足りないのではないか。格差社会の是正・福祉増進といった生存権(25条)からも考えて、語り口を増やそうという試みです。
 中曽根政権で始まった民営化・労組つぶしは、様々な労働者保護法の改悪、規制緩和を経て小泉政権で弱肉強食の世界(新自由主義)を完成させました。世界中で儲けたいアメリカの注文どおりです。非正規雇用が増え(今や全労働者の3分の1)、働いても食べていけない時代。雇用・社会保険・公的扶助のセーフティネットが効かなくなっているのに、政府は『自己責任』を繰り返すばかり。
 他方で、アメリカはイラク戦争開戦以来5年で44兆円以上を使い果たし(単純計算で1日約240億円)、サブプライムローン問題でさらに悲惨な経済状態に陥りながらも軍事的世界戦略は忘れていません。ここでも、日本はアメリカの言いなり。同盟国として防衛費(軍事費の域ですね)に年約5兆円、他に米軍の在日駐留費(思いやり予算)として約2千億円も計上している。
 では、どうすればよいか?『軍事費削って福祉へまわせ!』です。戦争はもちろん、経済的加担も予算が奪われて生存権は脅かされます。医療費において後期高齢者などと差別せずとも財源はあるのです。9条・25条に沿った政治をするよう、国政調査権の活用、メディアの自由報道により監視することも重要だとして発表は締めくくられました。
 意見交換では、若者が労働条件の改善を求め、貧困から抜け出そうと労組を利用して戦い始めていること。蟹工船が流行っていること。低賃金の外国人労働者が穴を埋めていることなど時に体験談も交えつつ様々な意見が出て、興味深かったです。

4月定例学習会
月刊誌「世界」連載
『伊藤真の中高生のための憲法講座』を学ぶ(1)

連載第3・22・48を資料に

 去る4月26日(土)午後6時半から多摩市民館第4会議室にて定例学習会が行われました。15名ほどの参加者が、「世界」連載の憲法講座第3・22・48をテキストにしてチューターを囲んで読み合わせをしてきちんと理解することからはじめ、それぞれの意見を出し合うことで議論を深めました。
 まず、憲法に則った政治が常に行われるよう求める立憲主義の観点から多数派の判断の誤りにあらかじめ歯止めをかけるものが憲法の役割であることをおさえました。多数派には国家権力だけではなく、社会的強者も入り、それらから弱い立場の者を守る道具としてもあるということです。
 このような性格をもつ憲法を変えるときに、本当に「改正」になっているかどうか注意しなければならない3つの側面があります。それは、
①改正が権力への歯止めになるのかどうか 
②ほんとうに必要な改正なのかどうか 
③改正によって誰が具体的に幸せになるのか(利益を得るのか)
をイマジネーションを働かせて考えてみることが大切です、と指摘します。
 たとえば自民党の新憲法草案では、
●自衛軍を創設し戦争へのハードルを低くし、軍が国民に対して銃口を向けることもでき、権力による儀礼的靖国参拝をも可能にする 
●国と地方自治体との役割分担を国側に強化し、自治体への住民の役務の提供を義務づけていますが、この2点だけでも、現憲法の根本原理を否定し、新たな憲法秩序を構築するものであり、まさに新憲法を制定しようとするものです。これは国会議員の憲法擁護義務を侵す一種の政治的クーデターとも言えます。では、なぜそこまでして新憲法を制定する必要があるのでしょうか。

 ここまできて、1つの疑問が出されました。「テロから国民を守ることや、不正の侵入から国や国民を守ることは独立国としては当然の責務で、これら国際情勢や時代の変化に合わせて憲法を変えることは、より時代にあうものにするということで本来の意味の改正なのではないか。そのために、選挙によって国民の多数の指示を得ている自民党が、憲法原理を守りながら一部の改正の提案を行うことは、なんら憲法擁護義務に違反するものではなく、むしろ国民の意思を代表して憲法改正の発議権を正しく行使していると言えるのではないか」というものです。
 ここで、この考えを支持する立場と反論する立場からの議論の応酬となり、日本国憲法は本来これに変わる新憲法の制定を容認していないし、さらに根本原理を否定するような改正も容認していないのではないか、という意見が多数を占めました。
 さて、みなさんは、この議論に参加するなら どのように考えますか。

生田9条の会定例学習会
学習講演会「戦力不保持の主張」

        講師 大河原 礼三さん  《08.5.20更新》

 去る3月22日(土)、多摩市民館会議室にて「戦力不保持の主張」という大河原礼三さんによる講演学習会がおこなわれました。9条の会の運動を1つ前にすすめるための非武装の実現という9条2項(戦力不保持)に踏み込んだ内容ということで関心が持たれました。前半は大河原礼三氏の講演、後半は参加者が4つに分かれてテーマ別討論会となり問題を掘り下げました。

生い立ちと憲法の成立
 昭和6年生まれという大河原さんは、ご自身の戦争体験から話しはじめ、民衆に大きな犠牲を強いた戦争の不条理さと終戦から新憲法公布までの苦労と期待感を語りながら、新憲法の平和主義の特徴を
①平和的生存権の確立(前文)
②戦力不保持(9条2項)

の2点をあげました。①は、21世紀的な新人権宣言であり、②は自衛のための戦争さえ放棄するというもので、戦争の放棄という9条第1項を実質的で内容あるものにしています。
 この憲法の平和主義を成立させたものは、戦争によって犬死にさせられた民衆の訴えと原爆体験、そして米国のニューデール政策と米国先住民族の平和思想が源流にあり、戦争が終わり社会の民主的改革を求める国民の運動が盛り上がったことによるものであり、「マッカーサーに押しつけられたから」という改憲派の言い分に釘をさしました。

世界の平和への動き
 世界の非武装・非核への動きは確実に大きくなっていて、軍隊の無い国は世界に28カ国(コスタリカ・パナマなど)あり、非核地帯も中南米('67年)から南太平洋('85)、東南アジア('95)、アフリカ('96)へとほぼ南半球全体に拡がった。「軍隊の無いスイス」の運動は'89年に国民投票で36%の支持を得、それが30カ国の運動へと広がったし、日本でも住民が自治体に戦争への非協力を求める「無防備地域宣言運動」や「9条の会」の運動へと広まりつつあると指摘します。

戦力不保持とは
 大河原さんは、自衛隊は明確に違憲であると主張し、戦力不保持の大切さを
①非武装平和を実現し平和的生存権を確立する
②安全保障は話し合いで平和的に、不可侵・中立の立場でおこなう
③軍隊は民衆を守らないし、軍がないほうが国民は安全
④軍事力を持つと使うことになり軍事産業は資源を浪費し環境を破壊する
⑤軍拡は止められず防衛費の増大ひいては増税につながる
⑥防衛費の聖域化を許さず、自衛隊(隊員25万人、5兆円)を災害救助隊に変える
などの点から訴えられました。

テーマ別討論会
 1時間ほどの講演を受けて、参加者がテーマ別に分かれ
●戦力不保持は可能か
●自衛隊をどうするか
●アメリカへの依存を断ち切るには
●護憲思想を政治にどう生かすか
の4グループに分かれ討議が行われ、司会の討論終了の声も聞こえないくらい議論が白熱し時間を忘れさせていました。

参加者の感想
 私は、会場で頒布されていた大河原さん著作の『平和憲法と軍事力廃止』(沖縄タイムズ出版部)というブックレットのなかの「軍事力廃止条約」の提案に注目しました。
その内容は

1. 軍事力廃止を決めた国は、廃止計画を発表し実行する。それが実現するまでは軍事力を行使できず、軍事同盟も結べない。
2. 廃止同意国には武力攻撃・威嚇を禁止し、他国の基地も禁止する。
3. 廃止不同意国は、同意と武装解除が求められる。
4. 廃止同意国のみが国連などの国際機関の理事国になれる。

などからなりますが、もし今の日本と世界にこれらを当てはめてみたらどうなるかと考え、軍事を積極的に廃止していくことを唯一の目的にした国際条約の締結という考えに新しい視点を見ました。現実性も含めて一度考えてみたいと思っています。


第6回 学習会 憲 法 と 選 挙《07.10.18更新》

7月14日(土)午後6時~ 於:モンタナ/ レポーター:町田浩子、池谷彰、伊藤清

 7月の参議院選で安倍自・公政権が大敗北、それでも安倍首相の続投表明、内閣改造から一転しての代表質問前の総辞職、福田新政権の発足ということで大きく政局が動きました。安倍内閣が掲げた構造改革路線と改憲路線に“NO”という審判がはっきりと示され、それがこの政局をつくり出しました。
 私たち「生田9条の会」の“憲法を守れ”の運動も、この大きな政治の流れに棹さすことができたのではないでしょうか。地道に学ぶ学習会が、将来の展望を語り自身の意思をかためるうえで、何ものにも替えがたい役割をしていると実感されたことと思います。
 今回の学習会の報告は、上記のように去る7月14日に行われた「憲法と選挙」についてになります。学習係によるレポーターがそれぞれレジュメを用意し交代で話しをすすめました。
 
1.憲法って何? どうして守っていかなければならないのか? 【町田 浩子さん】

 日本国憲法とは「個人の尊重」を究極の価値とし、それを保障するための統治のしくみを決めたもの。この憲法に従って政治を行うことを「立憲主義」といい、個人の権利、自由を多数派から確保するために国家権力を制限することを目的としている。それは民主主義による多数派の政治にも誤りはあり、この誤りによる暴走にあらかじめ歯止めをかけておくということである。
 民主主義とは、個人を尊重し「自分たちのことは、自分たちで決める」というのが基本であり、直接民主主義と間接民主主義があり、日本の憲法では間接民主主義を基本としている。

2.選挙の重要性 【町田 浩子さん】

 国民主権のもとで代表者を選ぶのが選挙であり、個人の政治的意思を国政に反映させるための大切なしくみ。国民の意思を正しく国政に反映させるには、何よりも「一票の価値」が平等でなければならない。
 にもかかわらず実際は、衆院で3倍、参院で6倍を超えなければ違法ではないと最高裁で判断され運用されている。

3.選挙制度 【池谷 彰さん】

・選挙で民意を国会に正しく反映させるためには、得票率と議席数が一致することが大切。
・「小選挙区比例代表並立制」という現在のしくみは、93年に比例区と小選挙区が同数で始まった。現在は比例区180議席、小選挙区300議席となっている。
・この選挙制度のデメリットは、①得票率と議席占有率が大きく乖離すること ②死票が多いこと ③投票率が低下することなどがあり、発足当初よりいっそう弊害が大きくなっている。
・打開策としては、93年以前の中選挙区制に戻すか、もしくはイタリアの「オリーブの木」方式の平和連合によって小選挙区でも勝てるような運動にするなどがある。

4.間接民主主義が民主主義の全てであるという誤解について 【伊藤 清さん】

 民主主義=多数決=選挙=議会という政治の流れが社会通念化し、間接民主主義による支配のしくみができあがっている現状では、直接民主主義による権利の行使で政治・社会へのはたらきかけは非常に大切。
〈例〉:署名活動、ビラまき、内部告発、市民立法運動、デモ、ストライキなど。

●参加者の意見、質問の主なもの

  • 国会の中と外の闘いの結合が必要。私学助成3000万署名運動などの例がある。
  • 公職選挙法のもとで、選挙期間中の9条の運動は何ができるのか研究する必要があるのではないか。
  • 内部告発をするなど若い人の不満は渦巻いているのでは?
  • 現在の選挙制度で選ばれた議員は、選挙制度を改革することができるのだろうか?

 この学習会では、一票の選挙権を行使する事の大切さを学ぶとともに、民意を正しく反映する選挙制度(一票の価値の平等)に変えていくということと、現在の選挙制度でも勝てる政治運動をつくっていくことの両方が大事だということがわかりました。伊藤真氏の『高校生のための憲法講座』も参考番号が示され、それぞれの項目ごとによくまとめられたレジュメが用意されています。ご希望の方は、お気軽に事務局までお申し出ください。


第5回 学習会 集団的自衛権のいま《07.8.17更新》

5月26日(土)午後6時~  於:モンタナ

"" 国民投票法が政府・与党の審議強行のなか、5月14日、自民・公明の賛成多数で成立しました。いよいよ改憲潮流との対決が現実のものとなりました。“国民投票に勝つ”世論を、この生田の地で必ずつくりたい、つくってみせる、だれもがそう思っていることでしょう。
 生田9条の会では、改憲派の主眼である「集団的自衛権」について、きちんと学習しておこうと、学習係(池谷彰さん)・想定問答集係(大村新一郎さん、高山和美さん)が中心になってレポートをまとめ、それをもとに学習会が行われました。

集団的自衛権とは
 まず、集団的自衛権とは何か? ということでレポーターから報告がありました。
●個別的自衛権……自国に対する急迫不正の侵略に対して、武力をもって排除する国際法上の権利
●集団的自衛権……自国は攻撃されていないが、他国に対する攻撃を自らに対する脅威とみなして、武力攻撃を行う権利
と自衛権を2つにわけ、比較しながらその違いを明確にしました。

専守防衛という自衛権
 わが国では、個別的自衛権の具体的なかたちとして「最小限度を越えない実力組織」として自衛隊がつくられ、次第に予算と戦力を拡大してきました(資料あり)。自衛隊創設時には、専守防衛ということで海外派兵を禁じられてきましたが、湾岸戦争以後、PKO法、周辺事態法、テロ特措法、武力攻撃事態法、イラク特措法と海外での活動ができるよう政府の憲法解釈を変えてきました。そのもとで自衛隊は、“非戦闘地域”で“武力行使をせず”に“人道復興支援”活動を任務としてイラク戦争に派兵されましたが、1回も武器を使用せず、だれ1人戦死者を出すことなく帰ってきました。航空自衛隊は、今でも現地で空輸活動(主に兵站活動?)を続けています。

同盟強化を求めるアメリカ
 アメリカは、朝鮮戦争(1950年)を機に日本に警察予備隊(自衛隊の前身)をつくり、以後、アメリカの“自衛戦争”(イラク戦争など)に協力させるため集団的自衛権を認めさせようとしています。その要求に応えるため、安倍首相・自民党は憲法9条を改悪し、自衛軍を持ちいつでも戦争ができる国に変えようとしています。まさに、集団的自衛権の行使を可能にすることが、アメリカと日本の安倍首相・自民党のめざす改憲のもくろみの中心になっています。

有識者懇談会による究極の解釈改憲
 いっぽう、「集団的自衛権を持たず、行使できない」とする自衛隊の専守防衛の枠組みをとっぱらい、従来の政府見解を変えることで集団的自衛権を行使できるようにするため、安倍内閣は有識者懇談会をつくりました。
 その主な研究項目は
①米国を狙った弾道ミサイルの迎撃
②公海上で米艦船が攻撃され、自衛隊が反撃
③国連平和維持活動(PKO)中、共同活動する外国軍への攻撃に、自衛隊が駆けつけて反撃
④米軍や多国籍軍への後方支援
の4類型です。
 これをみてもわかるとおり、「やむを得ず協力して対処しなければならない」というような事態を突破口に、ゆくゆくは集団的自衛権を行使できるように変えようとしています。そして、その懇談会のメンバーが、従来の政府見解“専守防衛”に批判的な人ばかり(座長、柳井俊二前駐米大使)が集められている点が危険なところです。

安倍政権の2つの作戦
 このように、安倍首相・自民党は、
①明文による改憲という正面突破作戦と、 ②いままでの政府見解を変更し、国民投票を経ずに国会の多数決のみで集団的自衛権を認めさせる、という両面作戦をとっています。憲法改正の国民投票では負ける可能性があり、国民投票法が施行されるまで3年間待たなければなりません。ですから、それを避けて一刻も早く集団的自衛権を行使できるようにする方法として政府見解を変える(解釈改憲)という方法も動き出しているという指摘です。
 このように、改憲の動き、集団的自衛権を認めさせる動きは、ここまで危険なところに来ていると報告がありました。この報告にともない、自衛権と集団的自衛権について解釈の歴史的変遷、防衛費の動きや思いやり予算などの補足説明と、ミサイル防衛などすでに日米の軍事一体化がすすみ偵察機や最新鋭のレーダー施設による共通の情報収集が行われ、司令部を一体化しいつでも共同作戦がとれるようなところまですすんでいるという報告がありました。

集団討議の論点
 ここまで、集団的自衛権について共通の理解を深めるため、逐次質問に答え学習会をすすめてきました。これらを踏まえ、それぞれの疑問を全員で討議し問題意識を深めました。次に、主な論点を列記します。

①個別的自衛権と自衛隊を憲法上どのように見るか、合法か否か。成立の過程や自衛隊の災害復興活動なども含め、それぞれの見解から自衛隊の将来をどうすればよいのか。

②集団的自衛権の行使とは軍事同盟(日米安保条約)を発動するということで、実質的に日米安保の強化になる。実際に日米安全保障協議委員会(2プラス2)では、米軍と自衛隊の一体化をすすめている。

③経済のグローバル化で、外地の日本産業(外地での経済権益)をいかに守るかということが、集団的自衛権を認めさせようとする要因ではないか。危険地域はすべて監視されている。

④集団的自衛権が認められ行使されたら、実際にどのような事が起こるのか知りたい。

⑤集団的自衛権を認める動きを阻止する身近な制度として国会議員選挙があるが、現在の小選挙区制のもとでは、2大政党に圧倒的に有利であり、選挙制度を変えなければだめだ。

⑥安倍内閣と有識者懇談会は、憲法を変えず解釈を変えることで集団的自衛権を認めさせようとしている。究極の解釈改憲であり、9条を空洞化しようとしていて、非常に問題を感じる。私たちの運動の視野に入れていく必要がある。

⑦自衛軍とは? 常備軍とは? その際、国民抵抗権との関わりは?

⑧自衛権を持たず自衛隊を解散したら、日本の防衛はどうする? 憲法前文2項を実践する平和外交戦略こそ大事だ。

⑨国内の経済格差がすすみ、貧困層の増大で職業として軍人が求められ、常備軍、徴兵制にすすむのでは。

⑩経済の軍事化は危険。戦争準備のために国民の生活が脅かされている。

⑪自衛隊、軍隊をカッコイイという気持ちや、それを煽る文化がある。

 これらが議論になりましたが、この集団的自衛権についての学習会は、改憲策動の中心となる問題をみんなで論議し認識を深めたいということで、私たちの運動の屋台骨になるため議論は白熱しました。改憲派も、2010年の改憲案の提案、国民投票をめざして運動をいっそう強めてくると思われます。今後も時宜にかなったテーマを選び、専門の講師などもお願いしつつ学習会を企画していきたいと思います。みなさんもぜひご参加くださるようお願いします。


 

第4回 学習会 

国民投票法案成立阻止のために 今できることは!

内田弁護士 熱く語る!《07.5.10更新》

 

 生田9条の会では、4月14日(土)喫茶店モンタナにて、川崎北合同法律事務所の弁護士 内田和利氏を講師としてお招きし、改憲手続き法案(国民投票法案)の学習会を開きました。講演要旨と質疑を事務局のまとめをもとにお知らせします。


 日本国憲法は硬性憲法、つまり法律と比べ改正が容易でない憲法です。憲法第96条は、「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が」憲法改正案について「発議し」、「特別の国民投票…において、その過半数の賛成を必要とする。」と規定しています。なぜ、改正手続きが厳しいかと言うと、憲法は、国の基本(人権保障や統治制度)について定めている国の最高法規であるからです。そして、国の基本を決めることができるのは、国民自身です。(国民主権)従って憲法を改正するかどうか最終決定するのも国民です。それゆえ、
①国民に中立で公正な情報が伝わり、
②自由な国民投票運動が行われること、 

そして、これらを前提に「国民投票」において
③国民の広範な賛成
がない限り、憲法を改正できないとしたわけです。
 今回の自・公の改憲手続き法案(国民投票法案)は、憲法第96条の精神にのっとった3原則に照らしてどうでしょうか?
①国民に中立で公正な情報が伝わらない
 …一方的有料広告の垂れ流しが許されている。
②自由な国民投票運動が行われない
 …530万の教育者、公務員の運動が規制され、運動禁止に違反すれば懲戒処分などの行政処分がなされうる。
③国民の広範な賛成を必要としていない
 …最低投票率の定めがなく、有効投票の過半数
の賛成でよいとする(※注:44%の投票率で5%の無効票が出た場合、有権者の2割弱の賛成でも改正でき、極めて改正しやすくなっている)。


 他にも、問題はありますが、国民主権の観点からはこの3点が大問題といえましょう。中でも、国民に中立、公正な情報が伝わらないことには国民は判断もできないといえるので、①を中心に問題点を考えてみます。  
 まず、政党などの無料広告の不平等は、批判も大きく修正により賛成派反対派ともに平等の時間となりました。しかし、業界、市民団体などが利用する有料広告・放送には規制がありません。放送事業主などに対して、賛成派反対派どちらにも料金、その他の条件を「同等のものとするよう、配慮するものとすること」という規定のみです。広告、放送事業者は営利を追及しているのですから、潤沢な資金を有する側の広告が垂れ流しになるのは明らかと言えます。
 ところで、私たちがもしTV・CMを流すとして、人々に「あっ、このCM見た」と感じさせるには、全国規模で1ヶ月、3億5千万円以上かかるといわれています。他の新聞、ラジオなども組み合わせ、投票に影響を与えるほど「目に付くな」と感じさせるには1ヶ月10億円。広告制作業界など、関連事業を含めれば、国民投票は1,000億市場とのことです(会場からため息)。
 また、自由法曹団がイタリアで調査したころによると、1994年に結成された、メディア王ベルルスコーニ(民法4社のうち3社がその傘下、視聴率の45%、広告率で60%を占める)率いる政党が、メディアを悪用し数ヶ月で政権をとるという事態が生じました。まさに、金で政治が買われてしまったのです。そこで、イタリアではメデイアの政治的利用・支配を是正すべく有料広告が禁止となりました。無料広告も賛成、反対派両方に均等な放送時間を義務付け、独立行政機関アウトリタが監視して違反が発覚した場合、反対陣営に同等時間を保障する、罰則、放送停止などの強力な措置を取れるようになったそうです。
 1,000億円市場であり、投票2週間前まで、有料広告の規制が設けられてない日本では、かつてのイタリアのようになってしまう危険が大いにあります。

 このように、国民を馬鹿にした改憲手続き法案は、4月12日、衆院憲法調査特別委員会で与党修正案が強行採決され、13日、衆議院本会議でも賛成多数で可決され、参議院に送付されました。この法案は、内容もひどいものですが、9条を改悪して戦争をできる国にするための一里塚としての意味を持つ法案でもあります。


 1,000億市場の一部であるマスコミが、法案の問題性を報道することは期待できないので、我々が駅宣、ビラ配り,FAX要請行動などを通し、草の根運動で訴えていくしかありません。6月で国会は終了です。参院選があり、それまでに採決されされなければ、参院の構成が変わるため継続審議とはなりません。
 『まだまだ、国民に知れ渡ってない状態です。衆議院での予定をずれ込ませたFAX行動を無にしないためにも、ここが踏ん張り時。今、やらなくていつ頑張るときがあるでしょう?今が頑張るときなのです!』内田先生の熱弁に参加者は引き込まれました。

 ◆◆◆ 質疑応答 ◆◆◆

Q なぜ、ここまでして改悪しようとするのか?
  9条を改悪して、自衛軍を作りアメリカと共同して海外に行けるようにしたい。人を出してないという批判をかわしたい。衆議院で与党多数のいまがチャンスと見ている。
Q FAXの文面はどういう感じのものが効果的か?
  難しいが、激しく訴えかけつつ、説得力のあるものがよいのでは。
Q 投票年齢18歳以上の意味をどう捉えたらよいか?
  ひどい内容の法案から目をそらすため、飴としての役割と位置づけうる。
Q 憲法の学者など、専門家が意見出して反対しているのになぜ、つきすすむのか?
  確かに、公聴会での自民党選出の公述人でも慎重にすべきだと意見をだしている。やはり、衆議院で与党が多数の議席を有しているため、機を逃せないと言うことか。

等々多数の質問(その他はホームページ参照)に丁寧に答えていただき、法案の理解が深まるとともに、行動への熱意もいっそう高まった有意義な2時間でした。

 


 

第3回 学習会 

「憲法と教育基本法」
   お話  大野 昭之  ────────   《07.5.10更新》

大野さんのレジメはこちらからダウンロードできます→クリック

 去る3月24日(土)、喫茶店「モンタナ」2F(読売ランド前)で、第3回学習会が開かれ15人が参加しました。「憲法と教育基本法」と題して、運営委員の大野昭之さんが2時間余のレポートを行いました。
 以下、お話の概要を報告します。


 戦中までの大日本帝国憲法・教育勅語体制と敗戦後の日本国憲法・教育基本法体制とを分けて考えていきたい。現代の教育の荒廃は教育基本法による戦後の民主主義教育が生かされていないからではなく、教育基本法による教育の必然的帰結であり、教育基本法体制そのものを止揚していかなければ教育の荒廃は避けられないのではないか。

●敗戦後5年間の8人の学者文相時代について
 前田多門を例にとってみると、軍国主義を否定し平和国家の建設のため教養、科学的思考力、平和愛好をすすめるとしながらも「国体護持」を擁護発展させ、教師に教育勅語の再読運動を呼びかけた。
 教育勅語は天皇が国民に道徳を押しつけたものだが、教育基本法では新興のブルジョアジーが自らの道徳を普遍的で立派なものとして国民に押しつけたもの。道徳は歴史や階級に規定され、国民の誰にでも通用する道徳などはない。教育基本法の論議は、自由主義的知識人を使って道徳主義を持ち出し、ブルジョア国家の階級的本質を隠蔽し、歪曲することによってブルジョアジーの支配に奉仕するものになっていた。
 1946年に、文部省はアメリカの圧力のもと「新教育指針」を出し、教師の再教育を行い、一人ひとりの個性を完成させることを教育の原点とした。しかし、「一人ひとりの個性」とはどういうものか明らかではなかった。国家主義教育(天皇制主義)が否定され個性尊重の教育に変わり新鮮ではあったが、個人主義が資本の支配と体制を正当化し美化するという問題は問われなかった。
 このように、新しい教育基本法づくりに奔走した知識人の多くが、同時に教育勅語の信奉者であり擁護者であったことは、戦後教育の本質を示唆していた。天皇によって国民道徳が決定され、押しつけられるという国民主権に反することへの反省がなかった。

●アメリカは46年3月に教育使節団を派遣し、その受け皿として教育刷新委員会が設けられた。この教育刷新委員会で、南原繁らは「教育は人間性の開発をめざす」と教育の目的を提案したが、審議ののち「人格の完成をめざし」となり、47年3月31日に教育基本法として成立した。
 階級社会の中で社会のあり方を決めるのは究極的には階級闘争によるもので教育の力によるものではないという観点からみれば、この教育基本法は「教育の力」を高らかに謳い上げたが、一つの幻想をふりまき労働者階級の闘いを鈍らせる役割をした。
 【成立までの議論とその特徴】
①「個人の尊厳」「人格の完成」が強調され、教育の根底に個人主義があり、社会的な人間として育てることを第1義的に考えていないため、国家主義的観点から攻撃の的となった。
②第10条の「不当な支配」について、提案当初「不当な政治的、官僚的支配」としていたが、枢密院で削除された。文部省は「内容の如何を問わず法律で決められたものが正当となる」という立場をとり、教育への国家権力介入の道を残した。
③天皇が国会に変わっただけで、国家、または政治が制度のみでなく内容、理念まで決めるという教育の主体が国家で、国民が教化の対象とされ、学校だけでなく国の全域で教育が強調された。そこには、敗戦後の思想真空を埋めるため、教育勅語にかわる教育の官治性、無謬性、包括性を継承する原典としての教育憲章が求められ、教育基本法がその役割をはたした。 ※自由民権運動のなかで生まれた植木枝盛の憲法案「文学と教育は、国は之に干渉すべからず」を参照。

●教育基本法と同時に成立した学校教育法について
 国民学校令(41年3月)では、天皇─大臣─地方長官(任命知事)─学校長─訓導(先生)と管理体制が貫かれていたが、学校教育法(47年3月)では校長と教諭は上司─部下の関係ではなく職種の違いとなり、教育行政(教育委員会)と教育機関(学校)とが別系統となり、行政が学校に対し命令を出すことができなくなった。これは革命的な変化であった。

●教育基本法改悪反対闘争の問題点とこれからの闘い
 わが国の伝統と文化を尊重し、国と郷土を愛する態度を養う愛国心教育が盛り込まれ、憲法による教育を受ける権利を無視し教育を受けさせる義務のみを決め、規律や意欲の強制と規律を乱すものの排除、等を決めた自民党・公明党の改訂案が、ほぼ同じ内容をもつ民主党案とともに審議され、自民・民主の共同修正案が密室協議ですすめられたが公明党の反対でつぶされ、結局自民・公明案が06年12月15日改正教育基本法として成立した。
 【この反対闘争の問題点】
①会期末、民主党の腰砕けにより野党共闘が不発に終わり、内閣不信任案も出せずに敗北した。
②日教組(日本教職員組合)と全教(全日本教職員組合)が、最後まで統一闘争を組まず、院外の大衆闘争が分裂したままだった。
 【大衆闘争分裂の背景、及び教育への国家の介入  とそれへの闘い】
1974年、日本共産党の「教師聖職論」と日教組の「教師は労働者論」の対立があり、75年の主任制導入でも共産党は賛成で日教組と対立した。以後、共産党系組合と日教組は同席しなくなった。
77年、学習指導要領で、日の丸・君が代を「国旗・国歌」とする教科書検定が強化された。
89年、連合成立の過程で日教組が分裂し全教が生まれた。60万の日教組が30万人に激減、なかでも東京は双方を足しても過半数に満たない組織率になった。
99年、共産党「国旗・国歌問題での国民的討論」を呼びかける。小渕内閣「日の丸・君が代」を日本の国旗・国歌とする「国旗・国歌法」を成立さす。それ以来、日の丸・君が代は学校行事への導入がすすめられ全国的にも当たり前の状況になった。わずかに東京、北海道の一部のみが抵抗していた。
03年、石原都知事は、「10・23通達」で国旗・国歌を学校行事に強制。都高教組の中の個人的な戦いで、国歌斉唱で起立しない、ピアノ伴奏を拒否するなどの戦いを開始。給与・再雇用などで差別される処分を受けたが、処分違法の裁判を開始した。
06年9月、東京地裁で、処分による国歌強制は違法という判決がでた。良心の自由の侵害は大きな苦痛で、あらかじめ強制を排除するという勝訴となった。(いわゆる「予防訴訟」)
07年2月、最高裁小法廷は、君が代の「ピアノ伴奏拒否処分は合憲」の判決をだした。
07年4月の東京都知事選挙は、きわめて重要で、石原知事を敗北させれば大きな批判となる。
 労働者にとって国民教育の歴史的評価は、民主主義に対する歴史的評価と本質的に同じである。労働者は「民主主義」体制のブルジョア的本質とその限界を暴露しつつも、その歴史的意義つまり労働者の階級闘争にとっての一定の積極的な意味と役割を確認する。労働者にとって「平和と民主主義」ではなく「平和と社会主義」でなければならない。

◆主なQ&A
Q 親、先生たちは教育基本法をどう受けとめているか?
A 一般によいもの、と受けとめていると思う。ただし教師ですら中味をきちんと読んだり理解している人は少なかった。
Q 教育基本法が改悪されて、予防訴訟に影響はないか?
A 難波判決も教育委員会が控訴中であり、悪影響があるのではないかと心配している。
Q 教育基本法が改悪された今、今後の闘い方は?
A 現在、国会で教育関連3法の審議が開始されている。情報は少ないが、国会情勢を知ること、デモ、集会などもやったほうがいいが、限界もある。夏の参議院選で自民・公明の枠組みを何としても崩すこと、これが一番。

◆感想あれこれ
・憲法も教育基本法も国家主義のDNAが入っている。憲法には民意というものが入っている(立憲主義)。教育は、国や権力が入るものでなく主権を持った人間=個人のものだ。
・教師の運動がどのように分断され弱められたかよくわかった。
・国が教育に介入することの危険性がよくわかった。今後の戦い方を知りたい。

 


 

第2回学習会
「日本国憲法と天皇制」
お話 伊藤 清さん

(参考:伊藤真執筆「中・高生のための憲法教室」V24、雑誌「世界」掲載)
伊藤さんのレジメはこちらからダウンロードできます→クリック

""  去る2月17日(土)に、第2回学習会が読売ランドの喫茶「モンタナ」で開かれました。あいにくの冷たい雨にもかかわらず19名が参加し、この日のテーマである「日本国憲法と天皇制」について伊藤清さん(南生田在住)のお話を聴き質疑応答を行いました。学習会初参加の方も3人出席し伊藤さんのレジメに沿った1時間あまりのお話に耳を傾けました。
 以下、伊藤さんのお話を要約します。
 伊藤さんが天皇制のことをとくに考えるようになったのは、司馬遼太郎の「日本の歴史は、天皇の問題をはずすと物事がよく見えるね…」という文に接してからで、たいへん驚きを禁じ得なかったこと、逆に「天皇の問題をはずすと物事が見えなくなり、こだわると歴史がなんとなく見えてくる」と感じていたのだった。事実に即して問題を捉え、若者の想像力を刺激するようなことを投げかければ、より多くの若者が改憲阻止の運動に参加してくれるだろう。
 伊藤さんは、まず憲法で決められている象徴天皇制とそのあり方についてご自分の意見から述べました。
1.「象徴」について……象徴・シンボルとは抽象的観念的で形のないものを形のあるもので表現することだから、天皇であれ過去の偉人であれ「生身の人間」が象徴にはなりえないもので、その上象徴天皇は国民の上に天皇を位置させるもので、国民主権という憲法の基本的原則に違反する。
2.「世襲」「男系男子」について……皇位は、憲法第2条で世襲のものとし、皇室典範第1条で皇統の男系男子が継承すると決めているが、世襲とは身分出身による差別であり、男系男子というのは性による差別であり、門地身分による差別を禁じ両性の平等を原則とする憲法の精神に反している。現憲法には、差別を内包しているという矛盾がある。
3.「女帝」について……両性の平等原則から女帝を認めるのが憲法に則る。皇太子に男の子がいないということで象徴天皇制が揺らいでいる。今ほど天皇について論議されたことはこれまでになかったこと。「男系男子」という皇室典範の継承方法では、悠仁親王の誕生で皇位が東宮家から秋篠宮家に移ることになる。
 以上3点を述べたあと伊藤さんは、安倍首相は、あくまで男系男子を堅持し、自民党「新憲法草案」の前文でも冒頭に象徴天皇制を維持することを明記し、国民主権よりも上位に扱い「天皇を中心とした神の国」路線の強化を貫くだろうと指摘し、次にレジメをもとにお話を進めました。
4.天皇制タブーについて……中世から「聖(天皇)」と「穢(え・けがれ)」という差別をつくり出した。明治になって大日本帝国憲法第1条で「大日本帝国ハ、万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とし、第3条で「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラス」とし、統治権と神聖不可侵性を憲法で決めたことと、その半年後に発布された教育勅語により天皇への無条件服従を強いたことで思想差別、天皇制タブーが強固になりほとんどの人が天皇崇拝と国体(天皇制)護持を肉体化したともいえる。さらに家父長的家族制度で家族のなかにまで天皇制が徹底され、のちに徴兵制、国家神道、不敬罪、治安維持法などで天皇制を支える支配のしくみが完成した。こうして天皇制を批判することはタブーとされていった。
5.国のはじまりと天皇制について……天皇制は日本の伝統文化で2000年もしくは2600年続いているという説が横行しているが、2000年前は弥生時代、2600年前は縄文晩期で、天皇どころか日本という国さえなかった。6~7世紀にかけて大和で統一政権ができ、7~8世紀初めにかけて古代律令制と天皇制が成立、少し遅れて「日本書紀」が誕生したというのが日本という国のはじまりの定説である。天皇号については、初めて使ったのは40代天武天皇からだったし、古代末期から明治前までの875年間使用されてこなかった。正式に外交文書に使用されたのは1936年(昭11)だった。また、継体天皇、天武天皇は渡来人だった(?)という説、皇位継承争いで天皇家は血に塗られていること、摂関政治全盛期には殿上人さえ摂関家の動向に左右され、室町末期には日々の食事に事欠くことさえあったなど、天皇がいつも支配的な地位にいたわけではなかった。
6.日本国憲法成立の背景──象徴天皇制と戦争放棄について
(1)第2次大戦末期、敗北必至の情勢の中、天皇はもう一度戦果をあげてからの和平交渉をねらったり(45.2)、三種の神器を心配してポツダム宣言受諾を引き延ばした(45.7)ことにより沖縄戦、東京大空襲(05.3)、広島・長崎原爆投下(45.8)へと決定的な攻撃を受けることになり、さらにポツダム宣言を受諾し降服したと発表しなかったことで大阪大空襲(45.8.14)へとつながり被害を広げていった。それにもかかわらず敗戦を「終戦」といい「ポツダム宣言受諾」を「共同宣言受諾」といい(45.8.14~15)、戦後初の外国人記者会見で天皇は「米英開戦の責任は東条にあり」と声明を出し(45.9.25)戦争責任回避と天皇制(国体)維持に狂奔した。
(2)いわゆる人間宣言(46.1.1)についても、「現人神」という天皇の神格性は否定したものの、天照大神の末裔であり、国体を奮い起こせと宣言したし、食糧メーデー事件でも「朕はたらふく食っているぞ」と書いた青年を国体護持のため逮捕した。
(3)政府、政党だけでなく民間でも憲法論議は活発に行われ10案が出され、なかでも憲法研究会のものをGHQは高く評価した。明治憲法を少しいじっただけで天皇の地位を温存した政府案は不評。政府に期待できないと判断したGHQは1週間で草案を作成(46.2.5)し政府に渡す(46.2.13)。
(4)マッカーサー元帥は天皇無しの占領には「少なくみても100万の軍隊が必要であり、それを無期限に維持」しなければならないと本国を説得、天皇制の維持とその利用を図るため象徴天皇制として憲法に残すには、日本の天皇制存続に反対するソ連、豪、中国などが入る極東委員会を説得できないと判断し、日本が再軍備ができないようにする戦争放棄と戦力不保持(9条条項)を決めた。さらに、GHQは、国民主権で非武装・戦争放棄の民主的憲法を天皇の意志でつくられたものだという勅語(46.3.6)を出させた。
(5)天皇は、貸与というかたちで沖縄を半永久的に米国の軍事基地化することを米国に提案。(沖縄メッセージ、47.9)その後も「近隣諸国に比べ、自衛力が大きいとは思えない」「旧軍隊のよい所をうけついで軍備を発展させるよう」内奏にこたえる(73.5.26)など違憲の行為をしてきた。
 伊藤さんは、無関心層の取り込みをはかる安倍政権に対し、事実を直視し、想像力を刺激しながら若い人を9条の運動に引き込むことが大事だと再度強調してお話を終えました。天皇制の歴史から現代の象徴天皇制と9条の誕生について、史実を検証しながらギッシリ詰まったお話に、司会から休憩が告げられるとようやくホッとした空気が流れました。
 
●質疑応答
Q 民間研究団体「憲法研究会」の案では、天皇制はどのように扱われていたのか。
A 1.統治権は国民より発す 2.天皇は国政を自らせず、国政の最高責任者は内閣とする 3.国民の委任により国家的儀礼を司る 4.即位には議会の承認が必要、としていた。
Q マッカーサー元帥の「政府案では世界は日本の真意を疑う……。戦争放棄すると声明してモラル・リーダーシップを握れ」という文の出典は何か?
A マッカーサーの実際の発言です。
Q 天皇はマッカーサーと会見したとき「国民を救うために自分は殺されてもよい」と申し出たと、戦後聞かされてきたがどうなのか? それでマッカーサーの心証をよくして象徴天皇制が残ったのか。
A マッカーサーが日記に書いたのが広まったが、その後いっさいこの証拠はない。通訳の記録にも残っていない。
Q 南京大虐殺や朝鮮人強制連行の話を知ったのは最近で、知らされてこなかったのでは。
Sさん 南京大虐殺が教科書に記述されたのは家永三郎氏の三省堂・高校教科書からで、その他の教科書でも叙述が一般化したのは家永裁判以後である。「従軍慰安婦」の話がすべての中学校教科書にのったのは1996年版だが、その後の教育の反動化でまた消えてしまった。多くの一般国民が南京大虐殺について知るきっかけになったのは、1971年、本田勝一氏の「中国への旅」などの著作が影響したが、教育・マスコミの中では政府の圧力の下で十分に知らされていない。
Q テレビや週刊誌などで流される愛子さま報道など、ファッション天皇制ともいえる風潮の流行はどう見るか?
A 天皇家は暖かい家庭だという報道は、真実を伝えていない。実際は、美智子皇后が嫁いできたときには死にそうになるなどの事件があった。非常に閉鎖的でもある。年間300億の皇室予算、天皇家の私的なお祭りである大嘗祭に80億円拠出、そのうちの23億円かけた建物を一晩で取り壊すなど税金を無駄づかいし、憲法の政教分離原則に反している。
等々、議論は若干迷走しながらも、終了時間がきました。終わりに、伊藤さんは、21歳で軍隊に入り23歳でフィリピンのルソン島で戦死(45.4)した詩人・マンガ家の竹内浩三の詩「骨のうたう」を朗読してお話を終えました。
 この1週間に「すげ九条の会」の岩田行夫氏の「検証──憲法九条の誕生」という講演会、NHK教育テレビの「憲法研究会」の憲法改正案ができる過程を追った番組、さらにこの伊藤さんのお話ということで、まさに憲法が誕生する過程を扱ったものが揃い踏みし、ここで憲法が押し付けられたものではなく、まさに国民の中から生まれ、国民に歓迎されたものだったことがよくわかったという感想もありました。
 

「想定問答集」編纂について

 次に、9条の運動を広め賛同者広げていく上で住民と気軽に対話をするさいに有効と思われる「想定問答集」についての説明が事務局からありました。担当者の中から11項目の質問事項が出てきたが、このほかにあれば追加募集します。また、それへの回答もできるだけわかりやすく具体的に出典も明示して出してほしいということで、回答の募集も行います。具体的な経験談も可とのこと。次回運営委員会に議論します。
 以下、質問事項を列挙します。
1 アメリカの押し付け憲法ですよね?
2 制定後60年も経ち、時代に合わない条文があるよね。
3 敵が攻めてきたらどうするの?
4 日本のそろそろ「普通の国」になるべきでしょ。
5 人間同士でも、やったらやり返すこともあるでしょう? 国どうしでも同じでは?
6 主権国家として、国が自衛権を持ってどこが悪いの?
7 自衛隊は、すでに他国と比べても大きな軍事力を備えているよね。軍隊と憲法に明記するほうがすっきりしない?
8 軍隊として海外派兵できるようにすることが、国益にかないませんか?
9 国際社会での安全・秩序維持を図るため、国連がその役割を果たすべきと考えるなら国連軍への軍利力提供は国際社会の一員として当然じゃない?
10 実質、軍隊である自衛隊をどうするの? 今すぐ、解散? つづいて、現在、国会で審議されている国民投票法案について情勢報告と事務局からの訴えと緊急行動の要請がありました。

国民投票法案について

●国民投票法案の問題点(すべて与党案をカッコ内に記す)
 1 狭すぎる投票権者の範囲(20歳以上)
 2 「過半数」の基準(有効投票数の過半数)
 3 国民投票成立のための最低投票率の設定(なし)
 4 改憲条項の一括投票について(関連する事項ごと)
 5 有料宣伝広告(原則自由)
 6 投票運動の期間(2~6ヶ月)
 7 公務員、教員の運動制限(地位利用による国民投票運動の禁止)
 8 国民投票無効の異議申し立て(東京高裁に30日以内)
 9 法案成立後の「憲法審査会」では、いつでも改憲が可能となり政府・国会議員の憲法順守義務が軽視されるおそれがある。
 などです。
●なぜ、急いで国民投票法の成立を狙うのか
 日本を世界的な規模で米軍とともに「戦争ができる国」にするため、9条を破壊したい一貫したねらいがある。
●「国民投票法」の必要性の主な理由は、「立法不作為」論
 「国民投票法」がないため(立法府の不作為)に、96条が認めている憲法改正の権利が侵害されていたという事実はない。そもそも、国民投票法とは、改憲のため国会の発議があってから検討されつくられるものである。
 以上の理由により、生田9条の会でもこのような国民投票法に反対し、廃案に追い込むための個人でできる緊急の運動を提案します。安倍首相の指示どおり国民投票法を5月3日までに成立させるため、国会では修正案をめぐり与野党の攻防が活発になっていて、このなかでとくに民主党が鍵を握っているので、民主党を修正の議論にのせないためにFAXや手紙を使った廃案要請と抗議の意志を伝える緊急の運動を起こしたい。そして、他の野党には激励の文書を送りたいと思います。
 この提案は、出席の皆さんに承認され、さっそく実行に移されることになりました。



第1回学習会を開催
なんと21名が参加、熱く討論!

伊藤さんのレジメはこちらからダウンロードできます→クリック

 去る1月27日(土)夜6時から、よみうりランド前駅から2分の喫茶店『モンタナ』の2階で生田9条の会発足後はじめての学習会が行われました。
 今回は初めての学習会ということで運営委員を中心にして行われました。雑誌『世界』連載記事「中・高生のための憲法教室」(執筆・伊藤真)の第5回目「攻められたらどうするの?」がテーマです。学習担当のレポーターが15分ほど発表し、その発表についての質疑応答からはじまり、司会をはさんでフリーな意見交換というかたちで進行しました。
 テーマが我が国の防衛政策に直結し、さらに「九条」をどうとらえるのかと世論を二分・三分するものであるため、ディベイト(賛否に分かれて討論する)方式でやったら意見が出しやすいと、特定の人が自発的に改憲論の立場に立ち討論が進みました。また、今後の運動の展開次第で憲法擁護の署名を、各家庭を訪問してお願いするときに、いろいろな賛否両論に出会うことになり、的確に対応できるようにしておきたいという位置づけもあり、討論は白熱したものになりました。改憲論の典型的なものがいくつか出てきて、それへの反論も十分に説得力のあるものが出てくるなど議論の中味は濃いものになりました。
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 まず、レポーターの報告を要約します。
1.無防備は最大の防備であること。無防備都市宣言についても
2.日本国憲法は古くなったか? 日本の進むべき方向を示してはいないのか。
3.日本国憲法の4つの存在価値
4.国際貢献・協力、国益、愛国心ということばには要注意
5.良心的軍事拒否国家としての日本の将来
6.改憲は国内問題だけではない、国際問題でありとりわけ中・韓からは注視されている。
などです。
 議論は、無防備都市ということから始まり、「エネルギーを求めて植民地戦争を始めるが、防備のあるところよりも無防備のところのほうが植民地化しやすいのではないか?」という疑問が出され、さらに第2次大戦中のいくつかの無防備都市はどうだったかの報告があり、軍隊は軍の作戦を最優先し無防備宣言を蹂躙するということが指摘されました。
 次に、「北朝鮮が攻めてきたらどうするのか? 攻めてこないというが、説得力をもつように論理化する必要があるのではないか」という意見が出て、「基本的には日米軍事同盟からの離脱と核廃絶が大事。今、攻められる可能性のある国はイラン・北朝鮮であり、攻める可能性のある国はアメリカではないか。大戦後のアメリカの戦争は地域紛争であり防衛戦争であって、宣戦布告による戦争ではなかった」と北の脅威論よりもアメリカのほうが戦争をしかける危険を指摘する意見がでました。
 北朝鮮脅威論の克服は大事だという観点から「実際に核実験や弾道ミサイルの実験がやられているから国民の中に不安が生まれているのであり、6カ国協議で議題にして朝鮮半島の非核化を実現することでしかこの不安は克服できない」という発言もあり、「北朝鮮の海軍力では日本を攻めることはできない」という意見もだされました。 それに対して、「大戦中のヒトラー・スターリンの出現をみれば、一国の指導者の暴発ということもありうる。今の北朝鮮にも、それはありうるのではないか」と、なんらかの防衛力を持つ必要も出ました。
 「北朝鮮は、何を利益として日本を攻めるのか? 日本を攻める理由が見あたらないではないか。また、軍隊は国民を守ったことはない」という意見が出され、北の脅威は喧伝されているだけで、それにどう対応するかは、軍事にたよらないという方向が見えてきました。
 また、「市民生活の中で、いきなり殴られたら誰だって殴り返すだろう。やられっぱなしでは気がおさまらないのではないか」という意見が出て、身近な生活感覚からの防衛論議も行われました。個人の生活レベルの喧嘩と国家間の戦争とで混同する議論があることが指摘され、急迫不正な暴力に対しての緊急避難による正当防衛権は刑法でも認められている権利だから、国どうしの戦争にも当てはまるのではないか。そのときの防衛方法とはいったいどういうものなのか、という質問も出されます。これに対して「正当防衛権にもとづいた1国の個別的自衛権は認められるが、これと報復戦争とは全く別ものだ」という意見が出ました。
 次に、北の脅威論を現実的に解決するにはどうしたらいいのかということに論点が移りました。国内の北の脅威論は、北朝鮮による拉致事件を利用し煽ることによって成り立っている。6カ国協議では、日本の戦中の強制連行も同じ拉致事件として考えており、これには日本が北朝鮮との国交正常化への外交努力を、米・朝間には朝鮮戦争後休戦状態になっているので平和条約を結ぶ方向での双方の誠意ある交渉の努力が大事だということで、軍事力によらない歴史的事実にもとづいた外交交渉による平和的解決への方向が示されました。
 それにともない、「日米同盟による軍事的優位と核の傘によって日本の平和が守られてきたのではないか」という意見には、日米安保でアメリカに従属し、基地を提供しこれからも増強していくことで逆に戦争に巻き込まれる危険を大きくしていると思う。憲法が戦後の日本の平和を守ってきたのはたしかだろう、などの意見がだされました。
 また、「私たちはこれまでにいろいろなかたちでの憲法違反とたたかってこなかった。できることからやらねばならないだろう。それが9条の会の運動だ」「レポーターの指摘するとおり国際貢献・国際協力、国益、愛国心などの言葉を安易に使い世論を改憲へ誘導するメディアの堕落は目に余る。真実が伝えられていない」など貴重な意見も出されました。
 「攻められたらどうするの?」というテーマから、議論がいろいろな方向に展開し焦点が絞れきれないもどかしさはありましたが、防衛論議から改憲論につながる代表的な意見がいくつか出て、それについて考えてみる絶好の機会になったのではないでしょうか。
 次回は、2月17日(土)「中・高生のための憲法講座」第24回『女性天皇の是非も私たちが決める』を中心に行う予定です。次回も是非ご参加ください。