【怪物が僕を食べる】
作:藤和 価格:1000円 文庫サイズ 52ページ
とある街に訪れたとあるオペラの一座。そこには目を見張るほど美しい歌手が居た。
これは、その歌手が街で過ごしたある時の話。
--本文サンプル--
第一章 オペラ座の練習風景
ここはとある国に有るオペラの劇場。首都に置かれた壮麗な劇場。この劇場では一年の内に限られた期間、
歌手や踊り子が観客を魅了する舞台が繰り広げられていた。
裕福な暮らしに慣れた貴族達ですら引き込んでしまう華麗な舞台は、
歌手や踊り子達による日々の練習で作り上げられている。この日も、夕刻から始まるオペラの舞台のために、
観客の居ないホールで練習が行われていた。役者が歌い、踊り子が踊る中、
誰よりも目を引く男性歌手が居た。波打つサックスの髪、意志の強そうな眉、真っ直ぐ周りを見据える瞳、
そして他人が見上げるほどの長身に恵まれた彼は、役者では無く合唱のみを担当する歌手で、
名をウィスタリアという。彼のパートは、バリトンだ。その低くよく通る声が必要とされる場面に差し掛かるまで、
心の準備をし、根気強く待つ。それは練習中でも同じ事だった。
この日の練習でも、ウィスタリアは舞台袖で自分の出番を待っていた。待ちながら、
他の役者や踊り子の動向をしっかりと見つめ、心の中で最適の段取りを考える。その中で異変が起こった。舞台の上で、
装置を使って空中に吊されていたひとりの踊り子が降りてこないのだ。これはどうやら舞台装置の故障らしい。
こういった事はオペラの舞台ではままあることで、大体の場合、
不具合は無い物としてそのまま演技は続いていく。ウィスタリアもその事はわかって居るのだけれども、どうしても、
宙吊りになってしまっている踊り子が心配でならなかった。段取りを考えながらも、
不安は膨らんでいく。宙吊りになった踊り子がじたばたと体を揺らし、弧を描く。そして一瞬、
その動きが変わった。ウィスタリアはそれを見て、舞台に飛び出す。他の役者は何が有ったのかという顔をしたけれども、
ウィスタリアが数歩舞台の上を駆けたところで、踊り子を吊していたロープが切れた。
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