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作:藤和 価格:1300円 文庫サイズ 150ページ

 それはある日突然の事。平和な大日本帝國に未曾有の災害が襲いかかった。
被災地から少し離れた東京に住む、九人のエピソード。

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第一章 聖史の場合

 冬の寒さも和らぎ、冷たい空気に差し込む日差しからは暖かさを感じる様になった頃。
大日本帝國総理大臣である新橋聖史は、国会議員で有り大学時代からの友人の岸本と、 たまの休日に喫茶店でお茶でも飲もうと、紅茶専門店を訪れた。
 白を基調とした、所々アンティーク品等が置かれた店内。その中に有る二人がけのテーブルに通される。
席の脇に立ち、深く被っていたつばの広い帽子を外し、 ベージュのコートを脱ぐ。それから木の皮の様な物を編んで作られている椅子に腰掛け、 聖史は岸本と向かい合ってメニューに目を通しながら、普段仕事の時は話せない、取り留めのない話をする。
 真っ白なテーブルクロスの上でメニューを開き、膨大な数の紅茶の中から一つ、飲みたい物を決める。
「岸本君は何頼むか決めた?」
「おういえ。まだだわ。俺話しながらメニュー決めるのって苦手なんだよな」
 岸本も手元のメニューをぱらぱらと捲りながら目を通し、これだという顔をして指を差す。
「これにするわ。前に来た時、アッサムにはミルクが合うって悠希君が言ってたし」
「あら?
あなた悠希とここに来たことあるの?」
 突然出てきた可愛い弟の名に、聖史は岸本の事を睨み付ける。
岸本はぎこちない笑みを浮かべて、男同士の話が有ったなどと弁解しようとしているが、聖史の冷たい視線は変わらない。
ぎこちない空気が流れる中、麻のスーツを着たギャルソンが注文を取りに来たので、二人とも紅茶の銘柄を挙げる。
ギャルソンが去った後、岸本が話題を変えようとしているのか、聖史にこう話しかけてきた。
「そう言えばケーキとか頼まなくて良いのか?」
「ケーキ?
そうね、頼みたいのは山々なのだけど、近々美味しい物を沢山食べに行く予定があるから、 その時の為に節制しているのよ」
「へぇ、美味しい物」
 聖史の言葉を聞いた岸本は、どうやら料亭やレストランなどを連想した様で、どの店に行くのかと訊ねたが、 聖史の答えはそう言う物では無かった。
来月辺りに家族揃って親戚の家に行くから、その近辺で採れる野菜や果物、 特産品などの美味しい物を沢山買ったり食べたりする予定なのだという。
なるほど、縁のある所にお金を落とすのは良い事だと、岸本も言う。それから、 お勧めのお土産が有ったら買ってきてくれと聖史は頼まれたのだった。

 岸本と喫茶店に行ったあの日から数日。
聖史は職務をこなしながら、忙しい日々を送っていた。
いつも通りではあるけれど、どうやって野党との折り合いを付けるかという事に頭を悩ませる日々。
この日も、今後の指針についてどうするかという与党内会議をしていた所だった。
 突然、それは訪れた。
置かれている重厚な椅子でさえも軋みを上げる激しい揺れ。
背の低いテーブルは有るが、身を隠せる様なところが無いその会議室で、議員達は椅子から降りて床に屈み込む。
いつまで続くかわからない、不安を煽る大きな地震。
本当に響いていたのかはわからない、けれども皆が感じたその轟音が鳴り止んだ頃には、 豪奢な壁紙と重厚なカーテンに彩られた大きな窓のガラスに、一筋の罅が走っていた。

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