【タオティエ・トゥアン】



作:藤和 価格:900円 文庫サイズ 54ページ

 昔々、ある大陸のある国に現れた不思議な少年。
喋る狼と共に居る彼は、胡散臭い呪術師だ。彼は、仮面の使い分けが、巧い。

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第一章 狼使い

「やぁ、この国は随分と活気に溢れてるね」  腰の高さほどの大きな銀色の狼を連れた黒衣の少年が、賑やかな街の市場を見渡しながらそう言うと、狼が口を開いた。
「この国の王、兎と言ったかな?
兎王は大きな河から水を引っ張ってきて、国中が水に困らない様にしたんだと。
だからこの国では農業がし易い。
それでこれだけ活気があるんだろうよ」
 狼が喋っているのに気がついた市場の人が何人か驚いて少年達を見ているが、 当の本人達はそう言った事には慣れている様だ。
 狼が確認する様に少年に問う。
「この街にも、ツーヨウが解決しないといけない様な案件はあるのか?
見た感じ、何かに不自由している様な奴は見当たらないが」
「リエレンは甘いなぁ。
こういう風に人が集まる所にこそ、僕の仕事はあるんだよ」
 ツーヨウと呼ばれた少年はにまりと笑ってそう答え、銀色の狼、リエレンと共に、背負っていた荷物を下ろし、 大通りの空いている場所に店を出す準備をする。
木で出来た小さな組み立て式の机と、その上には赤い布を敷き、小袋に入れられた様々な玉を並べている。
 ツーヨウは店の前を通りがかる人に、玉のお守りなどどうですか? 等と言って人を呼び、興味がありそうな客には、 自信たっぷりにすらすらとお守りの効能なども説明する。
 彼の売るお守りは、いくら栄えているこの国の国民から見ても、高価な物だ。
それでもツーヨウは言葉巧みに言いくるめ、身なりの良い裕福そうな客に幾つかお守りを売る事が出来ていた。
 店を出してお守りの販売を始め、偶に胡散臭がっている客に嫌味を言われたり等もしたが、順調に売り上げは上がり、 日が暮れる頃には、財布から溢れんばかりに、お金として流通している小さな貝が集まっていた。
「いやぁ、随分と珍しいお金まで稼げちゃって良かったよ」
「ツーヨウの売り口上は相変わらずだな」
 少し呆れたようなリエレンの言葉に、ツーヨウは少しぼさぼさになった背中の毛並みを撫でながら、 少し意地悪そうに言う。
「え? リエレンは儲からなくて野宿したい?」
「俺は野宿でも問題ないが、お前が辛いだろう。
道中ずっと野宿だったからな」
「気ぃ使わせちゃって悪いね。
じゃあ宿を取りに行こうか」
 なんだかんだでリエレンは、自分の事を心配してくれているのだなと思いながら、 暗い夜道を歩いて宿を探している道中、ツーヨウは異変と緊張の気配を感じた。
何処からか叫び声が聞こえるのだ。
やれやれと言った顔で、ツーヨウは面倒くさそうにリエレンに言う。
「ねぇ、ちょっと叫び声の元に駆けつけといてくれる?
僕ちょっと準備してくる」
「わかった」
 こそこそと細い路地に隠れるツーヨウに背を向け、リエレンは銀色の毛をなびかせながら、 叫び声の元へと駆け足で向かう。
すると目に入ったのは、柄の悪い男複数人が、胸ぐらを掴んだり拳を振り上げたりなどして、 気弱そうな小柄な男を囲んで恐喝している所だった。
「お前達、何をしている!」
 側に寄ったリエレンがそう牙を剥いて大きな声を上げると、男達は驚いて騒ぎ始めた。
「なんだ、狼が喋ってるぞ!」
「狼だろうと喋れる奴に見つかったからには始末しとかないとな」
 そう言った男達は、その内一人を恐喝されている男の所に置いたまま、リエレンを囲む。
唇をまくり上げ、唸り声を上げるリエレン。
一見リエレンにとって不利に見える多勢に無勢ではあるが、リエレンの実力であれば、この男達に太刀打ちは出来る。
しかし、ここで迂闊に噛み付いたりしたら、自分を連れているツーヨウまで何も知らない街の住民に警戒されるだろう。
 男達が囲みを狭めてリエレンに殴りかかる。その時だった。
「ハァイ、お兄さん達何やってるの?」
 すぐ側の家の屋根の上から声が聞こえ、男達は一斉にその声の方を向く。
するとそこには、鈍く月光を照り返す青銅製の、顔の半分を覆っている獣を模した仮面を付けた少年が一人。
 少年は、懐から幾つかの玉を取り出し、男達の方へと投げつける。
すると地面に固い音を立てて当たった玉が、まばゆい光を放った。
突然の事に目を覆って戸惑う男達を、少年は音も立てない素早い動きで一人ずつ殴り倒し、 瞬く間に男達の腰紐で全員を縛り上げる。
「リエレン、ちょっと兵隊さんの詰め所行って呼んできて」
「わかった」
 リエレンにお使いを頼んだ少年は男達を積み上げ、その上に座って恐喝されていた男をまじまじと見つめながら、 確認する様にこう言った。
「大丈夫? お金取られてない?
取られてたんだったら今の内に回収するけど?」
 するとその男は、自分が助かったのはわかったようだが、正体のわからない者を目の前にしている緊張で、 オドオドしながら答える。
「あの、何とかお金は取られずに済みました。有り難うございます。
あの、それで、宜しければお名前を……」
 その言葉に、少年はこう名乗った。
「僕の名前?
僕は『タオティエ』っていうんだ」
 軽く言われたその名前を聞き、訊ねた本人と下に積み上がっている男達は驚きの声を上げる。
「タオティエだって?」
「なんてこった、噂で聞いた正義の味方じゃ無いか。
実在したのかよ!」
「ちょっと、人の事勝手に非実在にしないでくれない?」
 不満そうな男達と、実在しないものだと思われていたのが不服そうなタオティエがそんなやりとりをしている間にも、 リエレンが武器を持った兵士を連れてきた。
恐喝集団が引っ立てられていった所で、被害者がタオティエに向き直り、改めてこう言った。
「タオティエさん、本当に有り難うございました。
どうお礼をしたら良いのか……」
 何度も頭を下げるその人に、タオティエは手をひらひらさせながら答える。
「お礼なんて別に良いんだけどね。
でも、どうしてもって言うんだったら、安く泊まれる宿を教えてくれない?
追いはぎ宿じゃ無い所」
「は、はい! 勿論です!」
 それから少しの間、タオティエはその場所から少し離れては居るが、 安く泊まれる安全な宿を教えて貰っていたのだった。

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