【猫神様シストルム】



作:藤和 価格:900円 文庫サイズ 56ページ

 遙か昔の猫神様を祀る国。そこで神に仕える神官長と、お付きの兵士の物語り。
幼い頃から家族と言う物を知らない神官長に、いつか家族を紹介すると、兵士は約束する。

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第一章 告白

 猫神様を祀る神殿。そこに神官長である少女は住んでいた。
まだ幼さが残るか弱い彼女を守るのは、彼女直々に選んだ一人の男兵士。
 神官長に呼ばれた彼は緊張した面持ちで、白い石で出来た、 それで居ながらも少しぬくもりのある彼女の部屋へと入る。
「ミエ様、何か御用でしょうか?」
 神官長に呼び出されたと言う緊張からか少しこわばった彼の声を聞いて、彼女、 ミエが軽い足音を立てながら駆け寄ってくる。
「良く来てくれました。
あの、私、セイタさんに伝えたい事があって……」
 目の前で顔を赤くし、俯いてもじもじしているミエを見て、セイタと呼ばれた兵士は戸惑いを隠せない。
伝えたい事というのは何なのだろう。
そう思いながらも、自分から訊ねる事も出来ず、しかし視線は外さずにじっとミエの言葉を待っていたら、 彼女が意を決した様に両手を握りしめてこう言った。
「私、セイタさんの事が好きなんです!」
 それを聞いたセイタは思わず身を固める。
彼としても、決してミエの事が嫌いな訳では無い。
神官長で有りながらも可憐さと儚さ持ち、それと同時に芯の強さを持ったミエに対して、 セイタ本人もほのかな好意を持っている。
 けれどもセイタはミエに選ばれたとは言え、本来なら彼女に声を掛ける事すら憚られる一介の兵士でしかなく、 ミエとは越えられない壁の様な身分差が有るのだ。
「そうおっしゃいましても、俺とミエ様では身分差が……」
 顔をミエに向けたまま、しかし少し視線を外してはっきりとしない言葉を口にするセイタに、 ミエは縋る様な目でこう言う。
「では、身分差が無かったら、私の気持ちを受け入れて下さいますか?」
「そうですね、身分差が無ければ。
しかし、身分差が有るのが現実でございます」
 そこまで言ってセイタははっとする。
自分の不用意な言葉で、ミエが神官長を降りるのでは無いかと言う不安が湧いてきたのだ。
 ミエは分別が有り、他の神官や街の人々を統べる事が出来る立派な神官だ。
けれども、如何に大人に引けを取らない事が出来ようとも、未だ激情に身を任せる事もあり得る年頃だ。
 それに、セイタとしても神官長で有るからと言ってミエへの好意が消える訳では無いのだ。
「俺としてもミエ様への好意は有ります。
けれども、それは周りが許さないでしょう」
 セイタの言葉にミエは俯き、声を震わせてこう言う。
「そう……ですよね。
では、私とセイタさんの二人だけの秘密で。
他の人には知られない様に。
それなら、気持ちを受け取って下さいますか?」
「秘密にするのと、それと」
「それと?」
 不安と期待の混じった視線を受けたセイタは、先程までの緊張と戸惑いを感じさせない様なはっきりとした口調で言う。
「俺の気持ちを受け取って下さるなら」
 真剣な眼差しでじっとミエの瞳を見つめるセイタに、ミエは力一杯抱きついた。

 その日から、何度も二人は警護という名目の元、ミエの部屋でこっそりと語り合う事が何度も有った。
「所でミエ様」
「なんですか?」
「前から気になっていたのですが、なんで俺なんですか?
他にも頼りになりそうな男は沢山居るのに」
 その問いに、ミエは少し頬を赤くし、クスクスと笑って答える。
「何ででしょう。
気がついたら貴方を目で追う様になっていて、それで他の人から話を聞いていたら、 家族を凄く大切にしてるって話を聞いて。
素敵な人だなって思ったのは、その話を聞いてからですね」
 楽しそうに、そして少し夢心地にそう語るミエの言葉に、はたとセイタは思い出した。
ミエは幼い頃から神官になるべく家族から引き離されて育ったのだと言う事を。
ミエが寂しい思いをしたのかどうかはわからないが、きっと家族という物がどういう物なのかを知らないからこそ、 憧れめいた物を抱えているのかもしれない。
「セイタさんのご家族に会ってみたいです」
「そうですか。
それでは、いつかお忍びで会いに行ってみますか?」
「本当ですか? 楽しみです!」
 自分の両親という訳ではないが、それでも家族という物に触れられると無邪気に喜ぶミエに、 セイタも笑顔を返したのだった。

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