【学者と花束】



作:藤和 価格:700円 A6変形 56ページ

今までに出した折り本を1冊にまとめた短編集。
9冊分ぎゅっと詰まっています。

--本文サンプル--

【日緋色金】

 やぁ、こんな所に人が来るのは久しぶりだね。
 長いことここへ来る事は出来なかったはずなのだけれど、最近はまた来られるようになったのかな?
 何にせよ、誰かが来てくれるというのは嬉しい物だね。なんせ、ずっとここにひとりぼっちで居る物だから、 ひとが来ると珍しくてね。
 そうだね、偶に寂しいと思うことは有るけれど、しかたがない。私はぢっと我慢しているよ。
 ところで、今日はここへ見学に来たのかな?
 ん? 違うのかい?
 ああ、日緋色金(ヒヒロイカネ)についての話が聞きたいのか。
 勿論、話だけなら聞かせてあげられるよ。
 少しの間、私の話を聞いておくれ。

【Marigold】

 あいつは俺の憧れだった。
 舞台に上がったときにホールに響かせているあの低い声は俺には無い物で、 それを持っているあいつが羨ましくて、心のどこかでは妬ましいと思って居たのだと思う。
 朗らかで人の良いあいつの周りには何時も人が居て、けれども何故かひとりぼっちなようにみえた。
 それは何故なのだかわからないのだけれど、だれもあいつに手を伸ばさないのなら、 俺が独り占め出来る。口には出さなかったけれども、そんな醜いことを考えていた。
 あいつは俺のそんな気持ちに気づくこと無く、友人として親しくしてくれた。時折一緒に食事をして、酒を飲んで、 それから、俺のためだけに歌を歌ってくれた。
 優しくて、朗らかで、孤独なあいつ。俺は確かに独り占めしていると、そう信じて疑っていなかった。

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