【天使と踊れ】
作:藤和 価格:2500円 文庫サイズ 382ページ
エブリスタのコンテストやキャンペーンに投稿したものや過去に発行した修道院周りのお話の短編集。
『日没する国の天使』『閃光のエクセスチオーネル』『教会育ちのタリエシン』『天使様は林檎がお好き』『ユダヤ人を喰う』
『赤薔薇と葡萄を擁して』『そして天国へ飛ぶ』『ネイビーの心臓』『少年はハーモナイゼを詠う』『悪魔と踊れば』
の10本を収録
イラスト:白井 萩様
--本文サンプル--
新月の夜、眩い光の矢が闇を切り裂く。
光の矢を放ったのは、輝く翼を背負った天使。そして矢に貫かれたのは、顔の半分を布で覆い、
大きな布の袋を背負った複数の男たちだ。男たちがいる場所の近くには、ドアが破られ中を荒らされた一軒の家がある。
矢に貫かれ、倒れた男たちに天使が言った。
「立ちなさい。
そしてあなた達の罪を告げるのです」
その言葉と共に光の矢は消え去り、男たちがのろのろと起き上がる。持っていた袋を地面に置いたまま、
男たちは揃ってどこかへと歩いて行った。
残された天使は、男たちが置いていった袋を持って荒らされた家の中へと向かう。
「お邪魔します」
そう言って中に入ると、そこには縄で拘束され、口に布を詰め込まれた家の住人がいた。天使は住人の口から布を取りだし、
縄をほどいていく。
「ああ、天使様ありがとうございます」
あの男たち、強盗に襲われて余程怖い思いをしたのだろう、住人は涙混じりの声で天使にお礼を言う。それを聞いた天使は、
着けている羽を模った仮面で顔を隠したまま口元だけで笑う。
「お礼には及びません。これが私の使命ですから」
住人を解放した天使は、強盗たちが持ち去ろうとしていた物を持ち主に返し、その家を後にする。
輝く翼をはためかせて空を飛ぶ姿は、明るくなり始めた空に溶け込んでしまいそうだった。
この街にある教会併設の修道院、そこの敷地の片隅に、天使は降り立った。
きょろきょろと周りを見渡して、誰もいないのを確認した天使は、
手首に着けた暗赤色のロザリオに手を当てて小さく呟く。
「フェリーチョ、エスタス、ディヴィーガ、ポル、チヴィート」
すると、天使の翼と仮面は光の粒子となって消え失せ、そこに立っていたのは、
若草色の髪が可愛らしい顔を縁取っているひとりの少年修道士だった。
「んん……眠い……」
目を擦りながら、彼は欠伸をして修道院の方へと歩いて行く。
天使の姿を借りた天の使いとして街の平和を守るようになって早一年、
犯罪の増える新月の夜に徹夜をして飛び回ることにも慣れたけれども、それでも彼はまだ沢山の睡眠を必要とする子供だ。
先日十三歳の誕生日を迎え、それを他の修道士や修道士見習い、神父様に祝われ、
今年から正式に修道士になったと言う事も相まって、大人の仲間入りをしたのだと、そう思った。
けれども、こうやって夜明かしをした時にどうしても眠くなってしまうのを体感すると、
まだ大人には一歩とどかないのだなと実感してしまう。
ふと、鐘の音が鳴った。
「あっ、朝の勤めが始まっちゃう!」
思わず足を止めて、聖堂のある教会の方を向く。すると、修道院の方から声が掛かった。
「やあエルカナ君おはよう。
朝の勤めには間に合ったのだね」
名前を呼ばれた少年、エルカナは、笑みを浮かべて振り向く。そこには、ゆっくりと歩いてくる神父様の姿があった。
「おはようございます神父様。なんとか間に合うように帰ってこられました」
「昨夜は疲れただろう。私が話を通して置くから、勤めと朝食が済んだら部屋でお休みなさい」
「はい、ありがとうございます」
言葉を交わして、笑みを交わして、エルカナは神父様と並んで教会へと向かった。
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