【インドの仕立て屋さん】



作:藤和 価格:400円 文庫サイズ 16ページ

突然サリーを縫うのを手伝ってだなんて、どうしたんだろう。
友達同士寄り集まってわいわいお裁縫。当サークル入門編の掌編です。

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--本文サンプル--

 ゴールデンウィークも終わった初夏の日。ひとりの青年が、 ちゃぶ台の置かれた部屋の窓際で寝そべっている柴犬を撫でていた。不自然なく、 けれども少し着崩れがある着物姿からは、彼が普段からそれを着慣れているというのがわかる。
 ふと、柴犬が起き上がって口を開いた。
「あ、俺ちょっとコンビニ行ってタバコ買ってくるわ」
 普通であれば、犬が人の言葉を喋るだなんて驚くような事なのだが、青年は全く驚く様子も見せず、 棚に手を伸ばして風呂敷を取り出す。
「コンビニは良いけど、鎌谷君は禁煙した方が良いんじゃない?」
 そう言いながら、風呂敷で小銭財布と煙草とライターを包む。それを受け取った鎌谷と呼ばれた柴犬は、 くるりと首に巻いて二本脚で立ち上がる。
「まったくよー、俺の楽しみ奪おうとすんなよ。
悠希だって本買うのやめろって言われたら困るだろ?」
「まぁ困るけど、本は読んでも健康被害ないから……」
「置く場所に困るだろ」
「うう、そうだけど」
 それじゃあ行ってくると言い残して玄関に向かう鎌谷を、悠希が見送る。玄関から気配が消えたのを確認し、 ちゃぶ台の上に置かれたハードカバーの本を手に取る。その本には、オリエンタルな柄がプリントされた布と、 それで作られたドレスの写真が載っている。過去に貿易で西洋へと運ばれた、インドの綿布の本なのだ。
 ふと、賑やかな音が流れ始めた。悠希は慌ててパソコンラックの上へと手を伸ばし、 青い折りたたみ式の携帯電話を手に取り広げる。
 通話ボタンを押し電話に出ると、近頃聞き慣れた声が聞こえてきた。
『もしもし悠希さん、こんにちは』
「カナメさんこんにちは。何かあった?」
 カナメというのは、悠希と同じアパートに住んでいる友人で、 いつも通っている病院で知り合った。同じアパートに住んでいると言っても、用事がある時に直接部屋に行く前に、 必ず電話で連絡を取り合っている。
『実は、サリーを作りたいんだけど、僕ひとりだと必要な時までに間に合わなさそうなんだ。
だから、悠希さんにも手伝って貰えたらって思ったんだけど……
忙しいかな?』
「サリーかぁ、納期はどれくらい?」
『今週末に使うから、三日くらいかなぁ』
「ああ、それだと確かにひとりだとつらいね。材料はある?」
 悠希は必要事項をカナメに訊ね、布はこれから買いに行くという事、それから、 もし助っ人を他にも頼めそうなら頼みたいという事を聞き出した。
「わかった。こっちでも縫い物できそうな人に声かけてみるけど、 ダメかも知れないって言うのはあらかじめ言っておくね」
『うん、ありがとう。本当に助かるよ。それじゃあこれから布屋さん行くからこれで』
「うん、いってらっしゃい」
 通話が切れ、部屋の中がまた静かになる。ぼんやりとちゃぶ台に乗せた本を見て、 縫い物をするなんて久しぶりだなぁと、そう思った。

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