第九章 雨の日の思案


 ある雨の日の夕方。就業時間が過ぎた後も、会社に居ました。
 傘を忘れてきてしまった私は、このまま少しここで待っていれば雨が止むかも知れないと思ったのです。
 けれども、雨は一向に弱まる様子も見せず、ただ降り続けます。
 会社の中に居るのは、まだもう少し仕事が残っている語主様と、私の二人だけ。
 ふと、語主様が私に話しかけてきました。
「美言、お前なんで帰んないんだ?」
「傘を忘れてきてしまいまして、少し待てば止むかなと思って、ここに居るんです」
「予報では今晩中降るみたいだぞ」
「えええ……そうなんですか?」
 どうしましょう。そうなると、もう濡れて帰るのを覚悟で、会社を出た方が良いのでしょうか。
 そう悩んでいると、語主様がまた話しかけてきます。
「お前、この後特に用事無いんだったら少しここで待ってろ。
俺は傘持って来てるから、今やってる仕事終わったら、コンビニでビニール傘買ってくるよ」
「あ、ありがとうございます。
なんだかご心配おかけして申し訳ないです」
「コーンポタージュの借り、返させて貰うからな」
「……はい」
 語主様、あの時のことを覚えていたのですね。
 実は、言われるまで私の方がコーンポタージュを語主様に分けた事を忘れていたのですが、 あんな些細なことを覚えて下さっていて、何となく嬉しくなりました。
 編集長としての仕事をこなしている語主様を見て、ふと思います。
 何故、人は物語を紡ぐのでしょうか。
 神話や言い伝え、それらは伝えるべき物だから言葉を作り、語り継ぐのはわかります。
 けれど、自ら考え、物語を作る意味とは?
 我々神々は、新しい世界となり得るような物語を紡ぐことは殆どありません。
 語主様も、物語を司る神ではありますが、『物語を作る』神では無く、『物語を管理する』神です。
 おそらく、他国にも一般的には知られなくとも、物語を管理する役割を持った者が居るはずです。
 その方達は、不思議に思ったりはしないのでしょうか。
「美言」
「はい、なんですか?」
 物思いにふけっているところに急に声を掛けられ驚きましたが、なんとか返事を返します。
 すると、語主様がこう続けました。
「難しいことは考えるな。
神と人間で、役割分担をするべき事は沢山有るだろ?」
「そうですね。
ですが、語主様は、何故物語を紡ぐことを人間に託されているのか、不思議に思ったことはありませんか?」
「いや? そう言うもんだと思ってるから別に」
「そうですか……」
 割り切ってしまっている答えを聞き、納得した様な、少し引っかかるようなそんな心地です。
 窓の外を眺め、降り続ける雨を眺めていると、語主様がこう言いました。
「他業種のやつが、急に仕事持っていったら、美言はどう思う?」
「え? それは困ってしまいます」
「なんで困る?」
「生活出来るかどうかと言うのも有りますし、自分の存在意義があやふやになってしまいます」
 突然の問いに戸惑いながらも、思ったことを正直に答えます。
 すると、語主様はこう言いました。
「それな。たぶん、そう言うのも有るんだと思うんだよ」
「どういう事ですか?」
「神はこの世界を管理するために存在する。
人間はこの世界を動かすために存在する。
これ、人間が世界の管理始めたら神のアイデンティティが怪しくなるし、逆に、 神が世界を動かしたら人間の存在意義とは。ってなるだろ」
「ああ、確かに」
「世界を動かすってのは、厳密に言うと人間と言うよりは、生き物たちだな。
でもまぁ、現在世界を動かすメインの種族は人間だ」
「う~ん、わかったような、納得いかないような」
「まぁ、深く考えるな」
 そう言う物なのですかね?
 結局、何故人間が物語を紡ぐのかはわかりませんでしたが、あまり語主様の仕事を邪魔してしまっても申し訳ないですし、 深くは詮索しない方が良いですね。

 それから暫く、二人ともずっと黙っていて。
少し雨脚が強くなった頃に、語主様が折りたたみ傘を持って私に言いました。
「じゃあ、これからコンビニ行ってくるから」
「はい、いってらっしゃい」
「お前も会社に置き傘するか、折りたたみ傘持ち歩くかした方が良いぞ」
「そうですね、今度かわいい折りたたみ傘を探してみようと思います」
 私の言葉に、語主様は右手を軽く上げて返して。会社のドアから出ていきました。

 そう言えば、偶に感じることなのですが、語主様の後ろ姿を見ていると、妙に寂しそうに見えることが有るんです。
 それが一体なんでなのか、わからないのですが、一見気丈に見える語主様も、抱える物や背負う物が大きいのだなと、 思う事が有ります。
 何を抱え、背負っているのかはわからないのですが。

†next?†


モドル