第五章 物語を書く意味


 突然ですが、我々『紙の守出版』では、当社から発行されている作品の二次創作を基本的にフリーにしております。
 グッズに関してはある程度制限を設けていますが、所謂同人誌と呼ばれる物や、web小説に関しては、 どの様な内容でも許容するという姿勢を取っています。
 理由としては、二次創作は当社の商品の宣伝になる。と言うのも有りますが、もっと重要な理由が有るのです。
「語主様。どうでしょうか?」
「あー、すっげぇカオスなことにはなってるけど、前よりもだいぶ順調だな」
 そう言って語主様が覗き込んでいるのは、青銅で出来た鏡です。
その鏡に映し出されているのは、語主様の顔では無く、この世の物では無い、どことも知れない世界の映像です。
 我々紙の守出版は、この世界に住む物語を綴る人間を、サポートするために設立された会社です。
 なぜ物語を綴る人間をサポートするかというと、人々が綴る物語は、そのまま新しい世界として生まれ、 今有るこの世界が終わった後に、現実として動く物になるのです。
 語主様は、その新しい世界の守り手で、日々生まれて、時に融合し、枯れることも有る世界を見守っています。
「語主ー。どう? 順調?」
 語主様の後ろから、思金様が鏡を覗き込んでいます。
 その様子も気にせずに、語主様はじっと鏡を覗き込んで、言葉を返します。
「順調と言えばそうだけど、ちょっとこれ全部を纏めるのはしんどい感じだな」
「そうですね、いずれは生きている世界を全て纏めなくてはいけませんが、それが出来る人間は居ますかね?」
「俺らが勝手に纏められれば楽なんだろうけど、これ、人間の仕事だからなー」
 物語を綴り、世界を創り出すのは比較的簡単です。
 ですが、創り出した世界に手を入れ、継続させるのは難しく、生まれても消え去ってしまう世界は少なく有りません。
 なので、有望な物語を当社から発行し、一般の方に二次創作をして戴くことで、 世界の発展と手入れをして戴こうと。そう言った理由で紙の守出版の商品は二次創作フリーになっています。
「人間に次の世界を託す。と言うのはなかなかに哲学を感じるけどね。
何故世界を創るのが神ではいけないのか。面白い話だと思うよ」
「俺、そう言うめんどくさいこと考えたくない」
「語主様はもう少し頭使った方が良いと思いますよ?」
 ですが、思金様が言う通り、次の世界を創ることが出来るのは、神では無く人間。と言うのは何とも哲学的です。
 それに、次の世界で、その世界を創った人間は一体何になるのでしょうか。
 神? それとも、何にもなれずに消えていくのでしょうか? これは私のような末席の神には、わからないことですね。

 少し考え事をしていたら、電話が掛かって来ました。
 ふと時間を見ると、業務時間は終わっています。
 取引先からの電話となると、この時間に取るのはあまり良くないですよね……
 着信している電話番号を確認し、これは取引先からでは無いとわかった所で電話を取りました。
「はい、もしもし。
紙の守出版の美言です」
「美言か。こちらは天使長プリンセペル。
少し訊きたいことが有るのだが、良いか?」
「そうですね、もう会社の方の業務は終わってますので大丈夫ですよ」
 電話越しに聞こえてくる涼やかな声。
 一時期は、聞くことが有るとなると怒鳴り声だったりする事が有ったのですが、今は落ち着いています。
「そちらの新刊発行予定が知りたいのだが」
「新刊発行予定ですか?
webサイトに掲載している通りです」
「ううむ、webサイトに載っている物よりも先の予定が知りたかったのだがな。
蓮田に訊いてもわからないというのでこちらにかけたんだ」
「なんで蓮田さんに問い合わせたのかがわからないのですが、webサイトに載っている物より先の予定は、 作家さんがまだ原稿に手を付けていないので何とも言えないですね」
 今、電話をかけてきているのは、自分でも仰っていましたが、 天使長のプリンセペルさんです。欧州や中東で崇拝されている神に仕え、天使達を纏める仕事をしています。
 ただ、あちらの神は少々わがままな所が有りまして、自分の管轄下から優秀な物語の創世者が出ない事……と言いますか、 特に優秀な創世者の魂が我々の管轄下に来てしまったことに腹を立てて、その事で我々と揉めたことが有るんですよね。
 その時に八百万神と天使達で大規模なパイ投げをしたのですが、 現在我が社から出版されている商品を読んで神も天使の一部もなんだかんだで気に入ってしまったようで、 偶にこの様に発売予定の確認に、電話をかけてきます。
「そうか、まだ先の予定はわからないか」
「というか、プリンセペル様はちょっとせっかち過ぎませんか?」
「私が気になったというのは勿論有るのだが、神からも問い合わせてくれと言いつかってな」
「そちらの主神様もせっかちですね……」
 新刊を気にかけてくださるのは嬉しいのですが、 あまり急かされると少し困ってしまいますね。作家さんの都合もありますし。
「取り敢えず、予定がわかるのはwebに載っているだけだというのは了承した。神にもそうお伝えしておく。
それでは、そちらも編集の仕事が大変だろうし、作家も執筆が大変だろう。無理をせず頑張ってくれと伝えてくれ」
 でも、どうやらすんなりと納得してくれた様子。安心しました。
「はい。お気遣いありがとうございます」
「それでは、これで失礼する」
 プリンセペル様は、気が強くて突っかかってくることも有るけれど、なんだかんだで気遣いの出来る方なんですよね。
 それは語主様も同じなんですけれど、あの方は身近すぎて、なんだかありがたみが薄れている気がします。
 取り敢えず、定時を過ぎたのにいつまでも会社に居るのは良くないですね。
「語主様、思金様、そろそろ帰りましょう」
「おー、そうだな」
「そうだね、帰って晩ご飯食べよ」
 荷物を持ち、部屋の電気を落として、私達は会社を出て行きました。

†next?†


モドル