T1箱&3B1H0N1 『ゆうひの屈辱』第三講「余の名はキョウヤ」

「ようこそ、俺の遣唐使へ」
「耕介くん、唐の国に使いを出してどうするん?」
「……ゆうひ」
「いや、そないな恨めしい目で見られてもやなぁ……」
「……ようこそ俺の研究室へ。俺がこの研究室の総責任者、槙原耕介です」
「アシスタントの椎名ゆうひ3しゃいで~す」
「そうか……3歳だったのか。だったらこの大人向けのおやつは没収だな」
「あう、あう、じょ、冗談やー、本のつかみのジョークやんかぁ~、耕介くん」
「チッ」
「『チッ』って……耕介くん?」
「……さて、今回の教材は『切羽詰まった際の人間の思考』について、です。人間切羽詰まるとだんだんと思考が狭くなっていくもの。それはないだろう、といった莫迦な考えに取り付かれたりもします。また、そうなるわけないだろうといった状況に誘導され易いとも云えます。今回はそんな理不尽な状況下に置かれた人物が如何なる行動を起こすかと云うことを見ていきましょう」
「……耕介くん、ボケがないと突っ込みの身分としてはさみしいんやけど……」


「ししょぉ~~~! こっち来ませんかぁ~~~?」
「どうした、晶?」
「連れションしましょうよ!」
「……え? えェ?」
 恭也は驚いて晶の方を見た。「き……キング!!」

「……夢か……」
 恭也は額から流れ出る冷や汗を拭いながら起きあがる。「……何とも夢見の悪い話だ……。俺よりキングだったとは……」
「……きょうや……あさゴハン…できてる」
 恭也の脇には彼が腹を痛めて生み出した久遠が彼の膝を叩いていた。
 久遠の頭をポンと叩いてから恭也は朝食に出ていたご飯大盛りにマヨネーズ大盛りをいつも通りかけるとご飯をよそいでくれた晶をやや牽制しながら横目で見つめる。
<……そう云えばうやむやになっているが……>
 横目で見つめている恭也に気がついた晶は怪訝そうな表情で見つめ返す。
<やはり晶は……男では!?>
「何か用ですか、師匠?」
「あ……いえ。何でもないです、キング!!
 目を背けながら慌てて取り繕う恭也。「……!? 誰だ、そこにいるのは!!
 兵法家の勘が恭也を突き動かし、木陰に隠れている何かに向けて箸を投げる。
「ふ~~~~~」
 深い溜息とともに美女が台本を持って藪から出てきた。
「お前は!」
「フィアッセの手下の隊長!」
「ン・ん~! え~~~~~~、恭也たち一行が川べりでご飯を食べていたらな……」
「な……何してんの?」
「川上から流れて大きな桃がなどんぶらこどんぶらこと流れてきたんや」
「……!?」
 一行が驚いて川上を見てみると本当に大きな桃がこちらに向かって流れてきていた。
アホ丸出し恭也くんが桃にかぶりつくとやな……」
「……俺がアホ丸出しでかぶりつくのか……」
 不承不承といった感じで深々と溜息をつきながらあからさまに怪しげな桃を恭也はかぶりつく。
「桃の中からな、玉のような絶世の美女があらわれたんや」
「桃から生まれた桃フィアッセはいつでも~~」
 恭也がかぶりついた格好のまま大きな桃は二つに割れる。「フレッシュ!! アンドフラーッシュ!!」
「ふぃ、フィアッセ!!」
 晶は思わず身構える。
「無駄に登場にこっているね、フィアッセ」
 美由希は淡々と突っ込みを入れた。
「恭也ぁん!! 驚いた? 驚いた!? 驚いた!!
 無意味に高いテンションでフィアッセは恭也に抱きつかんとばかりの勢いで恭也を捜す。
 それに対して恭也は、
「……今の俺にフィアッセの相手をする余裕はない……」
 と、川べりにしゃがみ込み、川面を飛び跳ねる川魚を黄昏た目で見ていた。
「ど、どうしたの、恭也!?」
「実は深刻な悩みがあって……」
「何でもフィアッセに云って!」
「どうしても晶が男の気がしてならない……」
 恭也は体育座りのまま無気力に河原を転げてゆく。
「はい?」
 あまりの発言に晶はきれかけた。「何です、師匠? どこかのカメみたいなな天然ボケですね……」
 つかつかと恭也の方に歩み寄っている晶に対して、
「あきら……お…ちついて……」
 辿々しい口調で久遠が必死に押しとどめる。
「……あの子女の子だったでしょ? 一緒にお風呂に入ったじゃない」
 フィアッセは少し呆れた表情で恭也に聞き返す。
「……みんな騙されてる!!」
 恭也は拳を握りしめ力説した。「よく見れば見るほど晶は男だ!! あいつは女の演技が下手だ!!
 恭也とフィアッセは同時に晶の方をちらりと見て意味深な表情で同情の眼差しを送る。
「師匠! 少し向こうでお話ししましょう、二人で!!」
 完全に頭に血を上らせた状態で恭也につかみかかろうとしている晶を
「…おち…ついて……」
「晶、落ち着いてよ」
 と、久遠と美由希が必死に止める。
 それでも恭也は、
「ああ、晶が男と証明できたならば俺は何でもするのだが……」
 と、悶絶しているかのような奇妙な動きをとりながら地面をのたうっていた。
 それを聞いた瞬間フィアッセの目の色がたちまち変わった。
 何をどうやったのか分からない内にいきなり晶を雁字搦めに縄で縛り付け、どこからともなく用意した謎の祭壇の上に晶を横たえて、
「オーホッホッホ、そんなこと女神の力を使えば性転換なんて簡単よ!!」
 と、完全に逝ってしまった表情を浮かべて異常なまでに高いテンションで高笑いをする。
「……それは証明なのか?」
 どこかしら何故か楽しそうな笑みを浮かべながら恭也は突っ込んだ。
「男と証明できた暁には恭也は私の物となるのよ~ホホホ!!」
「う、嘘!?」
 事の成り行きに驚いた晶は驚きの声をあげた。「イヤぁぁぁぁぁーーーっっっ!!」

 絶叫しながら晶は布団を跳ね飛ばして跳ね起きた。
──ちゅん、ちゅちゅ、ちゅん
 呆然としている晶の耳に雀の鳴き声が聞こえてくる。
「……夢?」
 朝から凶悪な夢を見た晶は本当に今が現実なのかどうか自信がなかった。「……ってって。ホントにだったのか」
 安心しきった表情で深々と晶は溜息をつく。
「なんや~、朝からうるさいで~、じょーじま」
「ンダとぉ、このみどりガメ!!」
「……きさま……ゆーてはならんことゆ~たな、ああ?」
「おお、何度でも云ってやるよ、このドちびみどりガメ」
「殺す」
「上等だ、表に出ろ!!」
 なし崩し的にじゃれ合いを始める二人であった。

「とゆ~を見たんですよ」
 早朝異種格闘技戦in高町家でいつものように負けを喫した晶が今日の争いの大本を食卓で話した。
漫画の読み過ぎやないのかぁ~?」
「う……」
 寝る前に読んでいたギャグ漫画の影響を多大に受けている気が自分でもしていたので晶は言葉を詰まらせた。「そ、そんなこと無いぞ」
「ほんまかいなぁ~?」
 からかうネタを見つけたのが嬉しいのか、鬼の首を取ったかの勢いでレンはにやにやと突っ込む。
「う……うるさい!」
 少しばかり逆ギレした晶が強い語調でレンを睨む。「んなワケねぇーだろうが!」
「そうやったら何でそないにどなるんかぁ?」
「お前は黙ってろよ」
 不機嫌そうにご飯を食べながらふと晶は何か気がついたかのような表情を浮かべて恭也とフィアッセの方を向く。「あ、師匠とフィアッセはそんなこと考えていませんよね?」
「……ば、バカなことを聞くな
 いきなり話題をふられたことに動揺してか、少しばかりどもりながら恭也はそう云いきった。
「そ、そうだよ、晶。私がそんなこと考えているわけないじゃない。……それにそんなコトしたらこの翼が……」
 ほとんど黒く染まった翼をフィアッセはそっと出す。「真っ黒に染まって世界が滅んでしまうわ……」
「そうですよね……。ホントにバカなこと聞いちゃってごめんなさい、師匠、それにフィアッセ」
「ん、分かればいい」
 恭也は重々しく頷きながら、
<……まさか……俺がフィアッセに「弟が一人ぐらい欲しいな」と云ったことが……ばれたのか?>
 と、心の中で自問自答しながらマヨネーズをご飯にかける。
「晶もこの翼が黒く染まらないように協力してね」
「はい、フィアッセさん」
<……私が恭也のために晶を弟にしようとしてたことが先読みされてたというの!?>
 フィアッセは動揺を必死に押し隠しながら優しくほほえんでいた。
「……お師匠?」
「どうかしたのか?」
「いつからマヨをご飯にかけるようになったんです?」
「え!? 誰がそんな厳物食いをしている?
「……お師匠? ぼけられましたか?」
 レンはかなり心配そうな瞳で恭也を見ていた。
「恭ちゃん……ご飯茶碗を見てみなよ」
 見かねた美由希が助け船を入れる。
「くーーん」
 それに対して久遠が合いの手を入れるかのように一鳴きする。
「おぉう」
 恭也は自分の茶碗を見てびっくりする。「だ、誰が俺のご飯にマヨネーズを!?」
「……お師匠です」
 非常に胡乱な瞳でレンは恭也を見る。「ま、まさかお師匠?」
「い、いや。断じてお前が考えているようなことはないぞ、断じて。そ、そう。これは晶の話していた夢を聞いて試してみたくなった心境なのだ」
 一気にそう捲し立ててから恭也は素早くご飯を胃の中に掻き込む。「ごちそうさま」
「あ、お粗末様です」
 食事当番だった晶の言葉を聞き終わる前に恭也は食卓から離れていた。「……?」
「……何だか今日の恭ちゃんは…変だね?」
 美由希は首を傾げる。
「うん、お兄ちゃんいつも通りじゃなかったね」
 なのはは久遠に向かって首を傾げてみせる。
「くぅーん」
「確かにお師匠らしくありませんでしたなー」
「……師匠、どこか悪いんだろうか?」
「恭也……」

 部屋に戻った恭也は深々と溜息をつきながら腕時計を見ていた。
「……何で俺が……」

「とゆーわけで、恭也。留守を頼むぞ」
「どういうわけだよ、父さん?」
 深々と溜息をつきながら恭也は士郎に尋ね返す。
「何だ、そんなに理解の薄い息子を持って父さんはひじょぉ~うに悲しいぞ」
 目をぎゅっとつぶり拳を握りしめて士郎は力説する。
「そうよ~、恭也。かあさんも悲しいわよ」
「桃子ぉ~」
「あなた~」
「……やってられん……」
 万年新婚夫婦のラブラブアタックに当てられて、恭也は右手で頭を抑えながら部屋に戻ろうとした。
「まぁ、そういうワケで父さんの仕事を肩代わりしてくれ、恭也」
 士郎はそういいながら素早く恭也の左腕に何かを装着させた。
「!?」
「ああ、大丈夫、自爆装置などのたぐいじゃない」
「そうそう、それで父さんとお揃いよねー」
「い、いったい何なんだ……!?」
 いきなり左腕につけられた腕時計を見て恭也は絶句する。
 それを見た士郎が、
「恭也、これを見ろ」
 と、左腕を差し出す。
「って、いきなり何腕なんか……!?」
「そういうわけで今日からお前は“ハンサム覆面侍VBK”として日夜影からなのはを助けるのだ!!」
「お兄ちゃんとして当然の仕事よね」
「は、話が……見えないんだけど、父さん……?」
 恭也は恐る恐る士郎に尋ねる。「……この腕時計は何なんだ?」
腕時計などではないっ! 変身ヒーローの必需品……変身装置だ!!
 士郎の後ろに何故か稲妻が走った。
「……へ、変身…?」
「そうだ、変身だ!」
 士郎はそういうと腕をビッと虚空に上げ何故かポーズを取る。「悪、即、斬ッ!!」
 士郎がそう叫んだ瞬間、空間に光が溢れ恭也は右腕で反射的に目を庇う。
 閉じていた目から眩い光を感じなくなった恭也は少しずつ伺うかのように目を開けていき、
「……!?」
 そして、驚いた。
 スポーツチャンバラで使うウレタン製の小太刀を二振り両手で持って、何故かポーズを決めている怪しげな覆面剣士が恭也の前にいたのだ。
、それは至高にして至福をもたらすモノ。、それは究極の真理にして我ら人類に与えられた唯一の正義。に背くものは、即ち禍根を残さぬ内に斬り捨てん! 我愛とともに生き愛とともに死なん、我こそは愛の守護者覆面剣士VFS!!
「きゃぁ~、VFS様ぁ~~~」
「と……と、とお…さ、ん?」
 気がぬけた表情のまま恭也は呟く。
「今の俺は高町恭也の父であって父であらず、なぜならば覆面剣士VFSだからだ!!」
 無意味に格好いいポーズを取るとともに背景に稲妻が走る。
「VFSさま、す・て・き」
「…………」
 恭也はあまりのことに言葉もなくただ呆然と父親だったものを見つめる。
「で、だ。お前の仕事はな、恭也。影からなのはを守り抜くことにある。当然昨日までは父さんが何とかやってきたのだが……桃子との毎年恒例“夢浪漫!! 夫婦水入らずぶらり温泉郷湯煙旅情”のためになのはを守ってやれないのだよ」
「……己の娘のために夫婦旅行ぐらい中止しないのか? 夫婦旅行はいつでも出きるけど、娘は死んだらそれまでじゃないか。それこそ“無責任!! 放任両親徘徊路、末娘晒し首血煙事件”になりかねないじゃないか!!」
「愚か者ォ!!」
 神速の斬撃が恭也を襲う。
「グハッ!」
「己の妹を守れずして何の兄ぞ! 出直せいッ!」
「それを云うなら自分の娘を守れずして何の父親というんだ!!
 傍にあった木刀でいきなり切り上げる。
「フッ」
「…………!?」
 恭也の木刀は士郎のウレタン小太刀に軽々と止められていた。「……何で木刀がウレタンを押し切れないんだ!?」
「ふふふ、恐れ入ったか、バカ息子! これが魔法の国特特製【ウレタン小太刀】セット価格4万9千8百円だ!」
「高!」
 恭也は思わず突っ込む。「というか備品に金を取るのか!?」
「どうも魔法の国の景気が厳しいみたいでな……」
 なぜか遠い目をしながら士郎は呟く。「だが安心しろ、恭也。お前の分はほら、この通り
「お、俺の【八景】がぁぁぁッ!!」
 恭也の目の前には変わり果てた愛刀の姿があった。「そんな、声まで変わって!?」
ネタが古い上やっすい霊剣みたいな真似は流石にしないからそんなことはないはずだが?
「それにこれ以上登場人物増やしてもねぇ~、あなた」
「そうだな、主人公の影がますます薄くなるだけだもんなぁ~、桃子」
「……何の話をしている、何の?」
「いや、このルートだと影が薄くて仏滅な主人公の話だが?」
本編にはないし、このルート」
「開き直るなよ」
「開き直りたくもなる、父さん」
「むぅ~」
 士郎は一つ唸る。「でもここら辺で活躍できないと……きっと影の薄い主人公で終わってしまうぞ?」
「だからといって“ハンサム侍”はないだろ、父さん。どちらかと云えばそれは赤星のキャラだぞ?」
「何を云っている、恭也。よぉ~く、考えてもみろ。普通覆面していて主人公の危機に駆けつけるライバルといえば兄さんに決まっているだろう」
「いや、むしろ兄妹で敵対する陣営にいて主人公を脅かす存在覆面をした美形で、その正体がというのが普通だと思うけど?」
「どちらにしろ覆面している兄は美形だろうが」
「開き直るなよ」
「開き直るのではなく事実だろうが、恭也」
「う~ん」
 片手で額を押さえながら恭也は唸る。「三歩譲ってなのはを守るのは納得するとしても……何で覆面ヒーローにならないといけないわけ?」
「それの方が格好いいからだ!!」
 再び謎なポーズ稲妻を背負う士郎。「男児たる者一度は正義の味方、即ち覆面ヒーローになりたいという夢を持つものだ! そうだろう、恭也?」
 恭也は額に指を当てて少しばかり昔の記憶を検索した後、「……全くない気がするけど、父さん?」
「何ぃッ!?」
 明日世界が滅亡するとの神託を受けた神官の様な驚愕の叫びを上げる。「貴様それでも日本男児かっ!?
「それほどの問題なんだろうか……?」
当たり前だっ! 日本の特撮は世界一なんだぞ?」
「というか父さんの年代が熱く語る内容だっけ、それ?」
熱い作品に年齢など無関係だ! そんなことも分からぬから恭也、お前はまだまだなのだよ、このバカ弟子がっ!
「いや、そういうことでバカ弟子扱いされてもなぁ……」
 事の展開に付いていけなくなってきた恭也は苦笑する。
「く、何と情けないことを……。こんな子供を育てた親の顔が見たいぞ、全く」
「はい、あなた」
 そういいながら桃子は士郎に鏡を渡す。
「おおう、何と素晴らしい男っぷり。やはり俺は間違ってないな」
「……何処をどうやったらそういう結論に持っていけるんだよ……父さん」
「というわけで、後は頼んだぞ、恭也」
「お土産はちゃんと買ってくるから心配しないでね、恭也」
 恭也が油断した隙に好き勝手なことを言いながら彼の両親は旅立っていった。
「……ハッ!? 逃げるな、父さぁぁぁ~~~んッ!!
 彼の絶叫は虚しく辺りに響き渡るだけで、何の反応も既に返ってこなかった。

 両親が何回目かの新婚旅行──何度目になるか数えるのも嫌になるくらいなので数えるのはもう止めている──に出かけた日のことを思い返すたびに大きく溜息をつく。運が良いのか悪いのかは知らないが、このところなのはが魔法少女として出陣する機会には恵まれず恭也変わり果てた愛刀腕時計を見るたびに大きな溜息をついていた。
 家事については晶とレンという強力な居候がいるために問題ないし、美由希の修行に関して云えば自分が指導すればいいのでやはり問題がない。強いて云えば自分の修行が問題と云えば問題なのだが、幼い頃から仕事で家を良く空けている父親から言い渡された内容を一人でこなすことに既に慣れっこだったためそのことに関してもあまり気にしてはいなかった。本当の最大の問題は翠屋を何日も閉めておくことなのだが、従業員一同も慣れっこでそういうときはメニューのレパートリーと喫茶店営業がお休みになるという変則シフトとなっていた。常連さんも慣れたもので、桃子がいないときは安定した味が保証されているお菓子をおみやげに買っていくのがお約束とも云えるようになっていた。実際、年間の休みと云えるのは桃子がふらっと士郎と一緒に新婚旅行に行くときと花見などの季節の行事で店を完全に閉めるぐらいしかないので職務怠慢というわけでもなかった。
<実際、気晴らしでかあさんが旅行に行くこと自体は問題ないと思うのだが……>
 恭也は障子を開けながら考えにふける。<むしろ万年新婚夫婦も悪い事じゃないと思う……。だが……この仕打ちはどういうことなんだ!?
 無意識のうちに桟を強く握りしめ、鬼気迫る表情で外の風景を睨み据える。「俺が何をしたというのだ……」
 その言葉と同時に、
──ピ、ピ、ピ、ピ、ピ
 と、区切りの良い時間でもないのに腕時計アラームが鳴り響く。
<……何だ!?>
 恭也は思わず身構える。
『……おはよう、恭也君』
 その声は時計の中から聞こえてきた。
「!?」
『いや、初めましてというべきかな? ……実際は違うけどな……
 後の方の言葉はやや雑音まみれで恭也には聞き取れなかったがなんだか悪戯っ子が悪戯を成功させた時みたいな聞くものに嫌な予感を感じさせる何かを持っていた。
「誰だ!?」
 素早く立ち直った恭也は誰何する。
『そうだねぇ……何と名乗るべきかねぇ? そうだ、この場合は“司令”とでも名乗っておいた方が箔が付くかな?』
「……!? そうか、この腕時計関係者だな?」
『察しがよくてこっちとしては有難い……とか云うべき場面なんだろうけどな、少し勘が悪くないか高町恭也君。その腕時計の中から聞こえているはずだからどう考えてもそれの関係者だろうが』
 少し苦笑混じりの声で腕時計の向こう側の人物はそれに答える。『お前の妹がピンチだ。出動しな』
「誰が正義の味方なんかになるって……!」
『まぁ、落ち着きな、高町恭也君。……よくよく考えてもみるんだ。君が正義の味方になりたいかなりたくないかが重要なんじゃないだろ? 確かに自分の自由意志でその仕事を選んだわけじゃないことには同情するが……他に自分の妹を救える人間が今この場にいるのかい? そんなわがまま云える状況じゃないことぐらい分かっているんだろ?』
「…………」
 実際、魔法の国の女神を名乗るフィアッセが云っていたとおり、彼女に迫る追っ手がフィアッセの翼を黒く染めようとしている今、なのはが闘う以外それを脱する術がないのは確かだったし、幾度となくなのはのピンチを彼はただ見ているだけであった。そのピンチの毎に駆けつけていた謎の人物の正体を知り、そしてその人物が今彼女の元に駆けつけられない今──やらなくてはならないことぐらい、恭也にも分かってはいた。分かってはいたのだ。
「……それで……場所は?」
「海鳴公園だ」
「……!? 間に合わないじゃないかっ?」
『大丈夫だ、そのための“ハンサム覆面侍”なのだから』
 その女司令の声はどこまでも自信に満ちあふれたものであった。

「きゃぁぁぁぁぁっ」
「なのはちゃん!」
 捲き起こる爆風に吹き飛ばされたなのはの元に晶が駆けつける。「大丈夫?」
「……うん、なのはは大丈夫だから……晶ちゃんはここから逃げて
「……!? ばかなことは云うなよ! なのはちゃんを置いて逃げられるわけないだろっ!!」
ほーっほっほっほ。どちらにしたってあたしが逃がしはしないわよ
 エレインは電磁鞭を甲高い音を立てながら地面に叩きつける。「今日こそ最後ね、人間国宝マジカルなのは!
「……人間国宝じゃないってば」
「ある意味似たようなものだけどね」
 何故か一人ベンチでポテチを食べながら観戦モードに入っている美由希が抗議の言葉を上げるなのはに対して冷静に突っ込む。
「美由希! そんな冷静に突っ込んでる場合じゃないわっ!」
「だってフィアッセ。過去の統計から云うとだいたいここら辺で最強の助っ人が助けに入るはずじゃない」
「……ああ、なるほど」
 フィアッセは美由希の言葉に頷きかけたが、「だからって、見ていればいいってものじゃないわ!」
 そう叫ぶや否や力を発動させてエレインとなのはの間に割り込み、エレインの執拗な攻撃からなのはを守る。
「……駄目、フィアッセ。こんなところで力を使ったら……」
 なのはの抗弁も虚しく、フィアッセの残り少ない白い翼が徐々に黒く染まっていった。「わ、わたしが頑張らなきゃ……」
「駄目だよ、なのはちゃん! 今そんな怪我で動いたら……!?」
 晶が無理にでもフィアッセを救おうとするなのはを抱きしめて引き留める。
「……だって、フィアッセの翼が黒く染まったら……世界がなくなっちゃうんだよ? なのはが頑張れば世界を救えるんなら……
「だからってなのはちゃんが……ッ!!」
「……仕方ないなぁ……」
 待てども最強の助っ人が現れないことに業を煮やした美由希が眼鏡を外し、どこからともなく取りだした小太刀を構えた瞬間だった。
「ハハハハハ、お困りのようだね、お嬢さん達」
「!?」
 その場にいた全員が声の方を向く。「誰だ!?」
 全員が見つめる先、即ち公園の電灯の上一人の人物が腕を組んで下を見下ろしていた。
「ふふふふふ、世の中は汚いものばかり。そんな中で美しく輝くものもある……。僕はそんな美しいものを守るために生まれてきた男……。そう、だって僕は……」
 何故か懐からその人物は薔薇を取り出すと口にたばみ、「ハンサムだから!!」と、辺りに響き渡る声で叫ぶとそのまま気合い声と一緒にエレインとフィアッセの間に割り込むように飛び降りた。
「お前は一体!?」
 いつもと違う助っ人が現れたことにエレイン驚きの声をあげる。
「初めまして、美しい人形のお嬢さん。僕の名前は……」
 そこでその男は意味のない格好いいポーズを取ると、「謎の覆面剣士、“覆面ハンサム侍VBK”!!」と、大見得を切った。
「なんだか新しい逝ってるさんが来られましたなぁ~」
「そうだねぇ」
 呆然とした口調で呟くレンに対して再び観戦モードに戻った美由希が相槌を打つ。「……でもどこかで見たことある姿なんだよねぇ、やっぱりこの人
「く、邪魔をするな!」
 エレインはそう云うと電磁鞭を再び振るう。
 それをVBKと名乗った男はいとも簡単にウレタンの小太刀で真っ二つに断ち切る。
「……!?」
 流石のエレインもそれには驚きの表情を浮かべた。「ばかな、私の電磁鞭が斬られるなんて!?
「当たり前じゃないか、美しいお嬢さん
 VBKは何故か満面の笑みを浮かべて語りかける。「だって、それは無粋な上……美しくないものだから。……だって僕はそう……ハンサムだから」
「理由になってない!」
「何を云っているんだい、美しいお嬢さん? 美しくないものがこの世に存在して良いわけがないじゃないか?」
 何を莫迦なことを言っているんだこの人形は、といった明らかに愚問を投げかけるものではないと云いたげな口調で男は答える。「だって僕はハンサムなんだから」
「く、戯言をっ!!」
 エレインは腕に装着されたブレードで斬りかかる。
 それを左右の手で構えられた二振りの小太刀でVBKは見事に受け流していく。
「……綺麗……」
 その剣舞と見まがう殺陣を見てフィアッセは思わず呟く。
「ハハハ、当たり前だよ、美しい女神様。だって僕は……」
 そこでエレインと強引に鍔迫り合いに持っていき、何故かカメラ目線で「ハンサムだから」と、やはり見得を切る。
「きゃぁ~~~ッ♪ ハンサムさまぁ~~~」
「ふぃ、フィアッセ?」
 なんだかいつもと違うテンションのフィアッセを見て思わず脱力してしまうなのはと晶であった。

「……どこかで見たことある光景みたいだねぇ」
「そんな気がしますなぁ」
 新しいポテチの袋を開けながら美由希とレンの二人はのんびりと観戦している。「おお、久遠。お前もポテチ欲しいか?」
「くぅぅ~~~ん」
 すぐ目の前が戦場でありながら別の世界を作り出している二人と一匹だった。

「ふふふ、オーケー、エブリわぁ~~ん。そろそろ巻いていかないといけないみたいだねぇ」
「な、何を云っている!?」
 激しい鍔迫り合いの中、余裕綽々といった感じで──何処にあるか分からないが──間違えなくカメラ目線と云えるポージングを取るVBKエレイン自動人形でありながらある種の──恐怖のようなモノを感じていた。
「そうだねぇ、今日は美しい人形のお嬢さん相手だから……美しく散っていける“CMクイーン剣”で逝かせてあげよう」
「戯言を……」
「……駄目だなぁ、立ち位置が違うじゃないか」
 何か言い募ろうとするエレインを無視してずかずかと一気に海の傍にVBKは押しやっていく。
「え? え? ええっ? あ、あの私……自動人形なんですけど……」
「大丈夫、今は夏に近いから水温の問題はない
「いや、そうじゃなくて……電磁鞭とか……」
「……そうだね、お魚さん達には悪いけど……大きなクラゲにかまれたと思って諦めて貰おう」
 悲しげな表情でVBKは淡々と呟く。
「ええっと……すっごくいやな予感がするんですけど……」
「うん、大丈夫。美しいままで逝けるから」
「うう、フォントの大きさが違うのがすっごく気に……」
「問答無用! 【藤原○香】ッ!!
イッサンパーッ、イッサンパァーッ……って、これの何処が美しく散れるというのぉ~~~ッ」
 有名なCMの物真似をした後で何故か斬られた部分から薔薇の花びらをまき散らしながらエレインはその場でふらつく。
「……みっにくい真似するなぁ~……。さっさと落ちたまえ
 VBKは冷たく言い放つとそのままエレインを容赦なく海へと突き落とした。
「う、海はイヤァァァ~~~ッ!!」
 エレインの断末魔を聞きながら、
……また醜いモノを斬ってしまった……。でもマァ良いか。お~けぇーい、えぶりわぁ~~~ん
 そこまで落ちていったエレインの方を向きながらいうと再びカメラ目線に戻し、「だって僕はハンサムだから」と、五度目の大見得を切った。
「きゃぁ~~~ッ♪ ハンサムさまぁ~~~」
 いつの間にやら羽をしまったフィアッセVBKの傍に駆け寄る。
「やぁ、これは美しい女神様。怪我はないかぁ~い?」
「ハイ、おかげさまで……。ところでハンサム様?」
「なんだい、女神様?」
「あ、あの……助けられたお礼といっては何なんですけど……私の両親に会って下さいませんか?
「きぐるみクイーン【山瀬ま○】!!」
「キンキンキン○ョウリキッドはぁ~、油とチャウチャウ、カブラとチャウチャウ♪」
 オリジナルよりも綺麗に歌い上げた後、「……ハンサム様の……いけぇ~ずぅ~~」と、楽しそうに云いながらフィアッセは薔薇の花びらを舞い散らせて地に伏せる。
「一回助けた程度でいきなり両親との対面はないと思うんだよね、僕は。……だって僕は……」
 一気にカメラに近づき、アップの構図で「ハンサムだから」と、見得を切り、VBKと名乗った人物は消え去った。
「……いったい何だったんだろうね、晶ちゃん」
「……そうだね、なのはちゃん」
 完全に主役を喰った強力助っ人を二人は呆然と見送っていた。

『イヤァ、以外とノリ良いねぇ、少年』
「そうしろといったのはあなただろうが!」
『でもお陰でばれなかっただろ、正体』
「……確かにそれはそうだが……」
『まぁ、これからもよろしく頼むよ、恭也君』
「……一つ聞いて良いか?」
『どうぞ』
「……父さんもあなたの指令で動いていたのか?」
『……さて、どうだろうねぇ?』
 通信機越しのその声は何かを非常に楽しんでいると云ったそんな感じであった。

「真雪」
「ここでは司令と呼ぶんだ、ぼーず」
 真雪はあからさまに値が張りそうな社長椅子をきしませながら回転させ、リスティの方へと振り返る。
「……諜報活動がお手の物のバビロンの偉い人?」
「……何処でそういうマニアックなネタを拾ってくるんだ?」
 真雪は呆れたのか感心しているのか判別が難しい表情を浮かべてリスティに突っ込みを入れる。
秘密だよ」
「まぁ、良いけどな」
 深い追及をすることなく真雪はあっさりと退く。「で、何のようだ?」
「いつの間にこんな場所を作ったのかを聞きたいんだけど?」
「それは企業秘密だな」
「こんな秘密基地を作った理由は?」
こんな事もあろうかと、ってやつさ」
「愛は知っているの?」
「……あいつに許可を取らずにさざなみ寮の地下にこんな秘密基地は作れないって事ぐらい……分かるだろ?」
「……そうだね」
 愛の養女となって片手の指だけでは数え切れない時間を過ごしたリスティは流石に自分の養母が如何なる存在化ぐらいは分かるようになっていた。「ということは……愛も一枚かんでいるって事か」
「まぁな。流石にメディアミックス化で大当たりした作家先生だからとはいえ、世の中金だけで解決するようなことばかりじゃないって事だな」
独身貴族は云うことが違うねぇ」
「……ぼーず。口は災いの元って諺知ってっか?」
 急ににこやかな表情を浮かべた真雪に対し、
「大丈夫、ここには独身貴族しかいないから」
 と、自爆気味の返しをしたリスティであった。

「ってなことがあったんですー、おししょ」
「そうか、それは大変だったな。何はともあれみんな無事で良かった」
「でも誰だったんだろうね、あの人」
「太刀筋は恭ちゃんに似ていたんだけどね」
 美由希のその台詞を聞いた瞬間、恭也は手元にあったマヨネーズを思わずご飯に全部かけてしまった。
「……師匠?」
「いや、何でもないぞ、うん、何でも。……そう、朝食べたご飯がなかなか美味しかったからもう一度やってみただけなんだ、うん、そう」
 恭也は開き直ったのか、ご飯にマヨネーズをかけて食べていた。
「はぁ」
 食卓にいる誰もが納得できるようなできないような視線と溜息をこぼす。
 いや、ただ一人違う反応をしている者がいた。
「“覆面ハンサム侍”様ぁ~」
 何故か恋する乙女の表情でフィアッセは呟く。
「……おや、これは意外な展開になりましたなぁ~……」
「……フィアッセってお師匠一筋と思っていたんだけどな……」
「……これは手強いライバル登場ですなぁ、おししょも……」
「……手強いというか……最早ある意味勝負ありな気がするんだけどな……」
「……今後の展開が楽しみですなぁ~……」

 それを横目で見つめながら晶とレンはひそひそ話を堂々と行う。
「恭ちゃんも大変だ」
「……別に」
 恭也は我関せずといった表情で食事を進めていたが、<……厄介なことになったな……>と、一人誰にも話せぬ秘密で悶々としていたのだった。


「いかがでしたか? 人間、誰にも話せぬ秘密を持つ奇妙な行動に出るものです。今回の主人公恭也君もそれがマヨネーズご飯として……」
「ちょう待ち」
「何か問題でも、アシスタントのゆうひ君?」
「いや、問題どころやない気がするんやけど、どこが『切羽詰まった際の人間の思考』やったんか疑問なんやけど……?」
「だからマヨネーズご飯という厳物食いをするところが……」
「それは晶ちゃんのの影響なんやないのか?」
「その程度で食生活が一変するわけないだろうが」
「だって……このSSはギャグなんやろ?」
「ギャグSSだからってからの行動が繋がるってものじゃないだろ?」
オチはやっちゃあかんオチの一つなんやで!!」
「く、お笑いには五月蝿いな、流石に関西人は」
オチって認めたな、耕介くん」
「別にアレはオチではないぞ? というかこのSSにオチを求めてどうする」
「あかぁあ~~~ん、それはあかんで、耕介くん。オチのないギャグなんて認められんのやァ~~~!!」
「んなこと作者に云えェッ!」

「はい、なし崩し的に始まってしまった喧嘩漫才はそこら辺にでも置いて置いて、次回の予告をしますね。えっとですね……あ、次回は“恭也の野望【全国版】”をお届けしますねー。それではまた次回わたしの診察室でお会いいたしましょう」
「……愛さん……それ、俺の台詞……」