『神話を伝えるもの』

 それは、神と人が語り合えた頃のお話。

 昔々の世界は、神々が世界を導いており、調和の取れた平和な世界でした。
 しかし、生き物の数が多くなると、神々も細かいところに目が回らなくなり、代わりに見て回るモノを必要としました。
 そこで神々は、人類を創り出しました。
 己の領域を見回るのに相応しい存在を創り出したため、様々な人種が生まれ出ることとなりました。
 最初の内は神々の望み通りに代わりに見回っていた人類でしたが、その数が増えると行動範囲が広がり、他の人種と関わることが増えていき、あるところでは仲睦まじく語り合い、あるところでは啀(いが)み合うようになりました。
 そして、啀み合いは場合によっては憎しみとなり、憎しみは闘いを生みました。。
 静かな世界に争乱が広がり、争乱はさらなる闘いを呼び込みました。
 それを見ていた法の神は、人類を不完全なモノと嘆き、滅ぼすことに決めました。
 幾柱かの神々はその性急な決定に異を唱えましたが、法の神の意見を覆すほどのモノはなく、天罰が下ることとなりました。
 しかしながら、その天罰は最初に法の神が決めた人類を全て消し去るものではなく、悪さをした人にだけ下るものに変えられました。
 法の神は不満でしたが、善良な人々まで滅ぼすことには他の神々と同じく多少の同情を持ち合わせていたので、不承不承ながらも最後には同意したのでした。
 天罰が決まって以来、人類は多少お互いに譲歩を始めました。
 元々、意地を張り合っていたのは、自分たちを創り出した神に対する愛から生まれたものであり、その神からやりすぎるなと言われれば、素直に従う者ばかりでした。
 再び平和な時代がやってきて、人類は闘うことを忘れました。
 それは分かり合える者同士なら良かったのですが、世界を奪い取ろうとするモノに対しては最悪の選択となってしまいました。
 神々には敵がいたのです。
 その敵は、神々の愛し子である人類を最初の標的とし、蹂躙し始めました。
 人類は神々に闘うことを禁じられていたので、ただその命を刈り取られていくだけでした。
 それを望まず、神々の掟を破ったものは例外なく死んでいきました。
 人々は神々に祈りを捧げましたが、神々は神々で敵と戦うのが精一杯で、天罰を無くす暇がありませんでした。
 ある時、一人の青年が天罰を受けずに闘う方法を思いつきます。
 自分の欲のために闘うことは禁じられていましたが、世界を守るために闘うことは禁じられていなかったのです。
 そこで、彼は世界を守る闘い方を学ぶために、世界の守護たる【竜皇】にその技を教えて貰いに旅に出ました。
 数々の冒険の末、青年は【竜皇】の前に辿り着き、謁見を許可されました。
 青年は自分の考えを【竜皇】に話し、世界を守るためにその技を伝授して欲しいとお願いしました。
 【竜皇】もその熱意に心を打たれ、教えたいと思いましたが、彼の技は世界のためだけに使うことが許されており、それ以外の使用は許されていませんでした。
 ですが、無碍に断るには情を移しすぎていたので、
「【大地の女神】の許しがあれば、教えることも出来よう」
 と、助言したのです。
 それを聞いた青年は【大地の女神】に許可を取るべく再び旅を開始したのです。
 女神の居場所を【竜皇】より聞いていたお陰で、最初の冒険に比べてすんなりと終わった。
 【大地の女神】との謁見もあっさりと許され、彼は自分の考えと【竜皇】からの条件を女神に語りました。
 【大地の女神】も人々が無抵抗で殺されていくのに心を痛めていたので、一も二もなく許したかったのですが、この様な重要な問題はこの世界の主神である【法の神】の許可なく行えば、間違いなくこの青年が後で罰せられると考えられたので、
「私はその考えに賛成ですが、まずは【法の神】の許しを得なさい。そうすれば、何の問題もなくなります」
 と、入れ知恵を与えた。
 しかし、【法の神】は天罰を定めた神だから、自分の願いを認めてくれないのではないかと青年は落ち込みました。
「私が許したと云えば、【法の神】も認めてくれましょう」
 頬笑みながらそう云うと、女神は髪の一束を惜しげもなく切り落とし、青年に手渡しました。
 青年は女神の好意を大いに感謝し、【法の神】の元へと急ぎます。
 途中、老婆が困っていたので、そのお願いを聞いてあげたり、旅の男が悩んでいたので手助けしたりとしたため、【法の神】の元に着くのが遅れました。
 【法の神】は厳格な神で、約束の時に遅れた青年に対して厳しい言葉をぶつけてきましたが、彼が為した老婆と男に対する助力が原因だと知り、少しばかり悩みました。
 約束の時に遅れたのは罪なれど、助力を必要とするモノを見捨てるのもまた大きな罪だと思ったからです。
 そして、己のためよりも人のために働ける青年に世界を守る資格があるのではとも思えたからです。
 しかしながら、神との約束に遅れたのもまた事実。
 そこで、【法の神】はその資質を試す試練を与えることにしたのです。
「汝、衆生を救うために、敵を討つべし」
 それこそ望むことだったのですが、【竜皇】の技もなく、【天罰】が下る状態で自分の資質を見せるために行えと云ってきたのです。
 青年はほとほと困りました。
 今のまま闘えば、【天罰】で死ぬことになります。
 【天罰】で死ねば【竜皇】の技を教わることが出来ません。
 一方、何もしなければ、今のまま何も変わりません。
 困り果てて、【法の神】の御許から退出した後も、しゃがみ込み悩み続けていました。
 その時、【法の神】の元に行く前に助けた老婆が通りがかり、
「大きく結果を得たいのならば、大きく懸けるしかないの」
 と、笑い、お守りを渡したのです。
 それに力付けられた青年は、巨悪を討つべく、旅立ちました。
 途中、やはり【法の神】の元に行くまでに助けていた旅の男と再会し、
「助けて貰った恩義を忘れては、漢(おとこ)が廃るな」
 と、豪快に笑い、協力を申し出てくれました。
 青年は男の知恵を借り、いくつもの難関を越え、神々の敵と相対します。
 当然、何の力もない青年の攻撃は通じず、敵の攻撃は的確に青年の命を削っていきました。
 しかし、何の因果か、どう考えても死んでしまう攻撃がなぜか急な突風で少し逸れたり、時ならぬ雷の直撃で動きが鈍ったり、恐ろしいぐらいの幸運で生き残っていました。
 ですが、いくら運が良くても生き延びるだけで、敵を討つ力にはなりません。
 ついには追い詰められ、最早最後を待つのみとなった時も、青年は諦めずに最期まで目を瞑ろうとはしませんでした。
 その時、共に旅をしてきた男が紫電一閃、敵を弾き飛ばしました。
 青年が男を驚いて見てみると、
「お前さんは漢だねえ。おいら、気に入ったよ」
 と、高笑いする神々しい姿となっていたのです。
 青年の何者かという問いに、
「おいらはこの世界ではない世界の【知識の神】だ。袖振れ合うも多生の縁ってな。助太刀するぜ」
 と、呵々大笑し、世界の敵を殴り飛ばしました。
「答えは出ただろう、【法の神】よ。この若いのに力を授けるのに何の問題があろうか!」
 異界の【知識の神】は天に向かって啖呵を切りました。
「然り。妾もこのものを認めようぞ」
 いつの間にか、青年の傍らに現れた老婆はにこりと笑い、妖艶な美女となりました。
「異界の神と【運命の女神】を味方につけたか」
 【竜皇】が笑いながらやってくると、いとも簡単に世界の敵を斬ってのけたのです。
 青年は助かった命よりも、この方法で世界の敵に勝ったとしても、【法の神】の試練に失敗したのではないかと不安に思っていました。
 その時、【大地の女神】と【法の神】は顕現し、
「汝、我が試練に打ち勝てり」
 と、高らかに宣言したのです。
 青年は、己の力で為したことではないと云いましたが、
「我が求めしものは、汝の勝利ではなく、汝の資質なり」
 と、試練の目的を明かしました。
 ともに顕れた【大地の女神】は、
「汝に大地の加護があらんことを……」
 と、青年がこの世界で闘う限り、大地の癒しの力を与える事にしました。
 これにより、青年は如何なる負傷を負おうと、この世界の為に闘い続ける限り、決して死ぬ事のない身体を手に入れたのです。
 妖艶な美女が幼い娘の姿に変わりながら、
「あなたに何者にも負けぬ天運を授けましょう」
 と、渡したお守りをぎゅっと握りしめました。
 このとき、先ほどまでなんで死なずにすんだのか青年は気が付いたのです。
 【運命の女神】が手出しできる範囲で信じられない様な強運を授けてくれていたのです。
「既に我が太刀は授けた。後はお主の努力次第」
 【竜皇】はそうとだけ云うと、立ち去りました。
 実際、青年の体は先ほどの【竜皇】の太刀筋を一つ残らず覚えていました。
「さて、おいらは元の世界に帰らないとねえ。その前に、おいらだけ何もお前さんに授けないってのもおかしな話だから、お前さんが闘う敵の知識を授けようか」
 豪快に笑いながら、男は青年の額に指を当て、「これで敵を前にしたら相手の事がよく分かる様になったはずだ、頑張れよ、若いの」と、消え去りました。
 一柱、最後まで残っていた【法の神】は、
「余が汝に授けるのは、与えられた神々の力に溺れぬよう、人として生きる【道】を指し示そうぞ」
 斯くして青年は、神々の力を人の身でありながら振るえる様になりました。
 その日より、【剣聖】を名乗り、人類を脅かす世界の敵を人知れず断つ事を始めました。
 これにより、人類は絶望して神々に反旗を翻す事もただ死を待つだけの運命も避ける事ができたのでした。

 それから長い月日が過ぎ、青年も老いさらばえ、老人になってしまいました。
 世界の敵を一時的に駆逐した神々は、【天罰】に値する事を緩め、人々が闘う力を有する事を認めました。
 お陰で、【剣聖】として闘い続けてきたその老人はやっと休む事ができたのです。
 しかし、平和な今は兎も角、あの神でもない限り勝てそうにもない敵が自分の死後に再び襲いかかってきたら、人類がどうなるのかと考えていたら気が気ではありませんでした。
 そこで老人は神々に、どうか自分の死後にも【剣聖】をこの世界に遣わす事をと、祈願いたしました。
 神々はその祈りを大変尊い想いと嘉し給い、彼の末期の願いを叶える事にしたのでした。

 この世界が【剣聖】によって守られているのは、初代【剣聖】の他人を労る想いが奇蹟を呼んだのです。