『蘆原』

 鵜ノ沢は騒然としていた。
 緋科谷の軍勢が突如動き、近衛右大将阿賀孝寿が出陣したのを前後に、浪人、俄武士、荒法師といった連中が枷を外されたかのように暴れ出した。
 押し込み強盗も数が増え、蜂の巣を突いた大騒ぎとなりつつあった。
 不安感が鵜ノ沢を包み込もうとした瞬間、それらの嵐は全て収まりはじめた。
 それまで啀(いがみ)み合っていた町方と新徴組が手の平を返したかのように、協力し始め、気がつけば、不埒を働いた異形の者たちの首が辻に晒され、盗人宿の多くが捕り物出役で押さえ込まれ、それでも手向かう連中は容赦なく新徴組の狼人達が切り捨てていった。
 気がつけば、あんなに騒がしかった鵜ノ沢が異形の者たちが入り込む前の姿に戻りつつあった。
 ただ、近衛府の軍勢が緋科谷へと向かった事への不安はそこかしこに残っていたが、ある意味でいつも通りの風景ではあった。
 それでも、確かに鵜ノ沢は騒然としていたのである。
 何も知らぬ市中の者は兎も角、ある程度見通している者や、裏の事情に詳しい者、そして、ある種の絵図面を引いた者にとっては、本当の騒動に便乗した連中がいなくなっただけで、実際は何も変わっていないことを知っていた。
 だが、柴原雷刃は全く関係ない世界の住人だと言わんばかりに、白鶴楼で遊びほうけていた。

「あの……少しよろしいでしょうか?」
「ん、なんだい、アヤメちゃん?」
 舞い踊る遊女から、隣で酌をしているアヤメに目を向けると、雷刃は腑抜けた表情で返事をする。
「わたくしが云うのもなんですが、雷刃様。こんなところで遊んでいても良いのですか?」
 アヤメは心配そうな表情で尋ねる。
「んああ? ……ああ、そのことか。別に良いんじゃないのかえ。どうせ、俺が一人駆けずり回っていたところで、変わることも無し」
 怠惰な姿勢で、怠惰な声を出し、怠惰な態度で投げやりに答える。
「変わり……ませんか?」
 胡乱な者を見る目で、アヤメは雷刃を眺める。
「変わらないなあ。むしろ悪化する」
 やる気のない表情のまま、「第一に、奴等の注意を必要以上に俺に惹かせてしまう。これはまずい、非常にまずい。奴等は俺に対して適度に気を惹いてくれていればそれで良い。これ以上惹いてしまうと俺の動きが取れなくなるんでな。第二に、あれだ。情報の入りが悪くなる。鵜ノ沢でここ以上に情報が早く手に入る場所はない。ここを中継して、動き回る俺に伝わるようにすると、これまた注目を惹く。やはり旨味がない。第三に、今も奴等は律儀に俺を見張ってくれている。不用意に動くことで、蛇を出すこともあるまい。相手の注意が四方八方に逸れている間の内に、奴等の枝葉をもぎ取っていき、丸裸にする。今のまま、勝負を挑むよりは、よっぽど楽にやれるってもんだ」と、指折り数え、「ま、それに付け加えるならば……」と、呟く。
「付け加えるならば?」
 引き込まれるように、アヤメは尋ねる。
「俺が楽できるのが良い。戦わなければ、無敗。爺さんの名を汚すこともなければ、不覚を取る理由もない。それに、美味い酒が飲める上、極上の肴が他者によってもたらされる。これは、癖になるね」
 くくくと喉の奥で堪えるような笑いを漏らし、雷刃は酒を呷る。
 アヤメは、溜息をつきながら、その杯に新しい酒を注ぐのだった。

「若、よろしいでしょうか?」
 厠へ行くために、座敷から出たところで、雷刃は親爺に呼び止められる。
「なんだい?」
「絞り込み完了いたしました」
「随分と時間かかったねえ」
 妙にしみじみと雷刃は答え、【青嵐】で肩をぴしゃぴしゃと叩く。
「申し訳ございません。よもや、これほど、食い込まれているとは思いも寄りませんでしたので」
 禿頭を撫でながら苦笑すると、懐から鵜ノ沢の絵図面を取り出して雷刃に手渡す。
「やれやれ。よくもまあ、これで鵜ノ沢が落ちていなかったものだねえ」
 親爺から渡された鵜ノ沢の地図を見ながら、雷刃は苦笑する。「【狂王】絡みの盗人宿ばかりかい。そうじゃない盗人宿を探す方が大変そうだな」
「むしろ、私から言わせていただければ、【狂王】と関係していない盗人宿の方が見つけやすいんですがね。そう言う意味で言えば、この私の目を盗んでよくもまあ、ここまで盗人宿を増やしたものだな、と逆に感心しますな」
 親爺はからからと笑うが、その目はどこまでも冷めきっていた。
「爺さんがいなくなって以来、気でも抜けていたかい?」
「残念ながら、そのようですな」
 やはり目は笑っていないまま、親爺は軽く頷いてみせる。
「では、往年の勘を取り戻して貰うかねえ」
 にやにや笑いながら、親爺の肩を【青嵐】で軽く叩く。
「と、云われますと?」
「やはり、狩りは獲物を巣穴から燻し出すものだろう? 何も、相手に地の利を与えることもあるまい?」
「潜伏されたら、それこそ地の利を与える気もいたしますがね、若?」
「そこまで、耄碌しているとは思わないよ。潜伏するからには、潜伏する場所が必要で、それを無くすのが燻し出す理由なのだからねえ」
 雷刃は淡々と考えを述べる。「まず、表からも見つかりやすいところを町方と新徴組に潰させていく。次に、裏稼業の者じゃないと見つからない宿を数カ所焼き討ちし、相手の本隊が討って出てきたところで、敵の巣穴を潰せ。討って出てきた相手は、新徴組に相手をさせればいい。あとは、鵜ノ沢の中で、残党を討つ。そうすれば、暫くは【狂王】の手下も入ってこれまい」
「一歩誤ると、鵜ノ沢を灰燼に帰しそうですが?」
「そこは、親爺の長年の勘に任せるさ。別に小火(ぼや)騒ぎでも良いわけだ。何せ、こちらの目的は盗人宿として使えなくするためであり、何も、それ自体をなくさせる訳じゃない。町方が入り込めば、臑に傷を持つ連中はさっさと逃げ出し、そこに近寄らなくなるさ。こっちが仕掛けている間中、使えないようにすれば、問題ない。最後には取りつぶすとしても、すぐに取りつぶせという訳じゃないのだから、さほど難しい訳では無かろう?」
「云うは易し、ですな」
 親爺は溜息をつき、苦笑する。
「行うも易し、だろ? それはそうとして、ここを見張っている連中に対する手当はどうなっている?」
「一人につき、それとなく気づかれる見張りを一人、よほどの手練れではない限り気づかれない者を一人、そのものを見張る者を一人の態勢で常時張り付かせております」
「そうかい、そうかい。で、一人たりとも見逃していないんだろうね?」
「若。ここらの成り立ちをお忘れですか?」
 親爺は意地の悪い笑みを浮かべ、雷刃に問う。
「忘れていたら、どれほど楽な人生だったかと思うときはあるね」
 欄干に腰掛けると、軽く肩をすくめてみせる。
「ならば、ここいら一体で、私の目から逃れることは不可能だとおわかりのはずですが?」
「分かっていたとしても、用心したくなるときはあるものだろう、親爺?」
「御意」
 皮肉な笑みを浮かべ、親爺は一礼する。
「爺さんと違って、親爺と直接やり合っちゃいないし、親爺が手練れの情報収集者であることは知っているが、上忍としてどこまで力を持つかは自分の目では確認していないんでね」
「その割りには、かなり厳しい勤めを命じられたようですが?」
「爺さんの言葉を信じれば、この程度は問題ないはずだったんでね。なにせ、鵜ノ沢の街に歓楽街に偽装した【里】を作り出すほどの伝説の忍びらしいからねえ」
「何、必要に追われれば、誰であろうとやれることですよ、若」
 親爺は事も無げに言い切った。
 鵜ノ沢最大の歓楽街、葦原は最初から歓楽街だったわけではない。
 一面蘆で覆われた湿原であった。
 街の中心からも離れ、如何に街が発展しようとも、その地が街の一部となるには少なく見積もっても百年以上の時が必要とされていた。
 従って、江州府にその地で商売を始めたいと宣言しに来た一人の男が現れたとき、誰もが指さし笑った。
 男は、そのような周りの評価など気にも掛けず、己の考えを推し進めた。
 蘆を刈り、船着き場を築き、湿原を埋め立てた。
 流石に、埋め立てたばかりの湿原ではなく、高台に居を構え、目的の妓楼を建ててはいたが、街の外れというよりは、街の外に新しい宿場ができた程度の認識しかされなかった。
 町衆が遊びに行くには些か金が掛かりすぎ、商用に託けた女遊びがしたい豪商たちが遊びに行くには、時間が掛かりすぎた。
 それでも、妓楼としての質が高く、いわゆる男が求める高尚な女遊びができる場としては、破格の値段で夢見心地の一夜が過ごせるとあれば、需要は尽きぬものである。
 評判を聞きつけやってくる客もあり、白鶴楼は気がつけば鵜ノ沢一の妓楼として、近隣諸国にまで名が伝わるほどになっていた。
 そのおこぼれに預かろうと、いくつかの店が親爺に頭を下げ、近くで店を開いたり、店の住人のための雑貨店ができたりと徐々にではあるが、歓楽街としての体裁が整ってきた。
 近衛府が鵜ノ沢に移ってきたのは丁度そのころで、立地の都合上、兵の宿舎が葦原の側に置かれたのは、ある意味で当然の帰結であった。
 鵜ノ沢の実質統治者である近衛将軍宮が、色街が街の中心街にあるのを嫌ったとか、兵の被害を最低限に抑えたかったとか、親爺と密約を結んだとか様々な噂が流れはしたが、葦原に金を落とす存在が急遽大量に生じたことに間違いはなく、気がつけば、葦原が鵜ノ沢のある意味での中心と成り果てていたのである。
 当然、葦原に権益を持つ親爺の懐は富み、影響力は増大した。
 鵜ノ沢の情報が親爺の元に転がり込むのは、芸妓たちが客から聞きだしたものだけではなく、裏社会での影響力がもたらしたものも多かった。
 しかし、親爺の目的は、葦原で儲けることではなく、葦原を己の【里】にすることであった。
 親爺が抜け忍であることを知っている者は割りと多い。
 ただ、どこの出身で、何で抜け忍になったのかを知らぬ者がほとんどである。
 よって、なぜ彼が【里】を欲しがるのかまでは誰も知らぬ話であった。
 少なくとも、彼の【里】に迎え入れられた者は、【狂王】によって滅ぼされた一族であり、【狂王】を嫌って飛び出してきた抜け忍であり、それらの者が産んだ子供達であった。
 葦原に生きる者の多数が、そのような者達であり、到底真っ当な者が住める場所ではなかった。
 事情を知るものにとっては、だったが。
 流石に、何の事情も知らずに、商売のためだけに来る真っ当な者を拒むような真似を親爺はしなかった。
 その代わり、そういう者には、親爺が用意した場所でしか商売させなかった。
 親爺は、葦原全てを自分の手の内に置いたのである。
 葦原という場所自体が、親爺によって築かれた、【結界】であった。
「常人にはここまで大げさなものは作れないと思うがね」
 欄干に腰を下ろしたまま、芦原の夜景を見下ろし、雷刃は笑う。
「残念ながら、この爺は常人ではございませぬ故に」
 親爺はにやりと笑い、姿を消す。
「すっかり忘れていたよ、その事実に」
 苦笑しながら、欄干から立ち上がり、「目一杯敵を引きつけておいてくれ。俺が惹き付けている分も含めて、だがねえ」と、注文した。

 その日から、町方がより騒がしく動き始めた。
 毎日のように起きる小火騒ぎの調べをするために、火元を駆けずり回り、なぜか火元が決まり切ったかの如く、盗人宿であり、その調べのためにかなりの人数が費やされていった。
 中には頑強に抵抗する宿もあったが、そのような宿は町方から任された新徴組が乗り込み、あっと言う間に鎮圧していった。
 逃げ遅れたあぶれ者たちは、抵抗しなければ牢の中、抵抗すれば容赦なく首を刎ねられた。
 ただ、何も知らぬ者から見て、目に見える形で治安が元に戻っているため、騒然とした雰囲気はなくなりつつあった。

 昼日中、太陽の高い内から遊ぶ気にもなれず、然りとて、出かけることを禁じた以上、外でふらふらして時間を潰すこともできない雷刃は、自分を見張る目がどこにあるかを察知しながら、薪を割ったり、木刀を振るったり、瞑想して時を過ごしていた。
 遊びほうけている雷刃を見慣れている人間にとって、退屈きわまりない時間の過ごし方と思われがちだが、実際のところは、遊ぶより、こうして修行している方が雷刃にとって楽しい時間なのであった。遊べば遊ぶほど、彼の腕は目標としている人物より離れていき、修行すればするほど、それに近くなる。今でも簡単に思い出すことのできる技の一つ一つを完璧になぞれたときほど、彼の心が浮き立つ瞬間はなかった。稀に、彼が模倣している存在以上に技を使えたとき、天にも昇る心地になった。結局のところ、彼は剣術という甘美なる毒に犯された、重病人であった。
 その日も、アヤメ他数名に観察されているのを察知しながら、神刀流の太刀を振るっていた。
「若」
 いつの間にか現れた、親爺が雷刃の脇に立っていた。
「なんだい?」
 見向きもせずに、雷刃はひたすら型をなぞる。
「絞り込み、完了いたしました」
「ほう」
 初めて親爺の方に向き直り、木刀を納める。「そいつは朗報だ」
 手に掲げ持っていた手ぬぐいを雷刃に手渡してから、親爺は先に部屋に上がる。
 雷刃は焦りもせず、汗を拭い、井戸端で水を被り、軽く体を拭き直し、湯帷子を羽織り、座敷に上がった。
「それで、どんな感じだい?」
「とりあえず、見つけた盗人宿は残り一つとなりました」
 鵜ノ沢の図面を広げ、雷刃に見せる。
「この丸印のところかい?」
「はい。×印は既に潰したところとなります」
「分かり易くて良いね。それで、見つけていない盗人宿は、なんとなくでも分からないのかい?」
「この周囲にあるのは確かなのですが……」
 親爺は寺町の辺りをぐるりと指でなぞりながら、「確たることは分かりませぬな」と、無責任に答える。
「ま、流石に、ここら辺で協力している奴等は、そうと分かって貸しているか、気付かずに貸しているかのどちらかだから、逆に見つけにくいわな。ま、だいたいの位置が分かっているだけでも良いさ」
 にたにた笑いながら、雷刃は【青嵐】で肩をぴしゃぴしゃと叩く。
 寺社の多くは、敷地内に長屋を持っていることが多い。誰でも彼でもに貸すような長屋ではないが、寺社の主の縁者や信用できる知り合い、もしくはそのような者に保証された相手に貸すことが多い。そのため、寺社の者が長屋に住んでいる者が誰かを知らずにいる場合もままある。そのような店子が実は盗人であったり、敵持ちであったりという話はままあることである。
「それで、いかがいたしますか?」
「当然、餌をまいてやるさ。一発逆転を狙えると勘違いできる餌を、な」
 如何にも楽しそうに笑うと、雷刃は親爺を手招きする。
 親爺は座ったまま、躙り寄り、雷刃の方に耳を出す。
 【青嵐】を開き、口元を隠し、
「とりあえず、親爺自らが分かっている最後の盗人宿を襲ってくれ。それも、ここから大半の使い手を引き連れて、だ」
 と、どう足掻いても部屋の外にいる者には聞こえない声色で呟く。
「なんですと?!」
 声にならない声で、親爺は返す。「若、何を考えておられます」
「何、俺をそろそろ餌にする時期だ。奴等、俺の正体に薄々気が付いてやがる。気が付いていなくても、あの【剣鬼】の孫だって事は既に悟っているはず。だったら、襲いやすい状況を作ってやれば、間違いなく、窖を捨てて一気呵成とばかりにこっちを狙ってくる。俺が討って出る手もあるが、流石に地の利を得られない可能性を増やすこともあるまい。だったら、こっちの領域で罠を仕掛けるべきだろうよ」
「理には適っておりますが……」
 親爺は気が進まぬといった表情で雷刃を見る
「何、大丈夫。易々と討たれる気はないし、既に手は打ってある。それを活かすには、こっちが大きな賭に出たと勘違いさせる必要があるんでねえ。親爺達が邪魔なわけだ」
 誰が聞いても無茶な話を平然とした口調で雷刃は言ってのける。
「何ともはや……。居候の身で屋敷の主に、邪魔とまで云い切る若の根性だけは見習いたいものですな」
 余りもの言い種に、流石の親爺も毒気を抜かれた表情で苦笑する。
「誉めてくれてありがとうよ。あ、それと、六兵衛親分に使いを出して貰えないかい? 伝言して貰いたいことがあってね」
 一転してまじめな表情で、雷刃は頼みにかかる。
「それも、私自らが為した方がよろしい御用で?」
 表情から只事ではないと察した親爺は、自ら動いた方がいいのか雷刃に尋ねる。
「なるべくなら、外にいる連中に付けられない人間が良いねえ。手の内はばらしたくない」
「此度の件に関わることだとしたら、今更何かを動かすには、手遅れなのでは?」
「なに。多少計算が違ったときの手当だよ。余計な気を回しすぎている気もするが、それでも何もせずに終わってから後悔するのは趣味じゃないからねえ」
 くすくすと含み笑いをしながら、雷刃は【青嵐】を閉じる。「ま、どちらにしろ、俺の予測を大幅に覆す不条理なことでも起きない限り、どうとでもなるさ。爺さん相手に一本取れと云われるよりは簡単な仕事だからねえ」
「比べるものが間違っている気がいたしますがな。【剣鬼】から一本取るぐらいならば、無手で竜を相手にする方がまだましに思えますからなあ」
 親爺は渋い顔で答える。
「そりゃ、錯覚だよ。流石に、爺さんよりは竜の方が強いさ。ただ、生き残るかどうかの問題で云えば、爺さんの相手にして生き延びられるとは思わないがね」
 へらへらと笑いながら、雷刃は楽しそうに言い放つ。
「どちらにしろ、楽しい話ではないのは確かで」
 どちらも選びたくないといった表情を隠さず、親爺は溜息をつく。
「選択の余地があれば、避けたい話ではあるかも知れないねえ」
 くすくす笑いながら、雷刃は立ち上がる。「とりあえず、風呂に行ってくらあ。あと、アヤメちゃんから目を離さないでおいてくれ。無駄死にさせるのは、趣味じゃないんでね」
「できる限りの努力はいたしましょう」
 親爺の返事を気に入ったかどうかの批評はせず、雷刃は早足で風呂場へと向かっていた。
 まだ肌寒い季節であったな、と心の内で呟いてから、親爺は今後の計画を頭の中で素早く纏め、そのための手を打つため、鈴を鳴らして人を呼び始めていた。