闇。
如何なる光も差し込まず、灯火もなく、ただ深い闇のみがある。
常人ならば、ほんの僅かな時間であろうとも、その場にいれば発狂する深い闇に、男たちは潜んでいた。
「間違いないのか?」
「はっ。【月影】自らが動くようです」
その場にいる全ての者の動きが止まった。
彼ら闇に生きる忍びにとって、【月影】の異名を持つ男は特別な存在であった。
強すぎたが為に【里】を捨てざるを得ず、忍びの技を極めたが為に全ての忍びに付け狙われ、束縛を嫌ったが故に自由に生ききった男。
ただ唯一、あの【剣鬼】と戦いながらも生き延び、その後消息を絶った伝説の忍び。
それ以来、裏社会から一切姿を消し、今日まで噂に上ることもなかった。
その伝説の男が、自らの正体を気付かせるような行動を取ってまで、自分たちを潰しに掛かってきている。
彼らが知りたい情報の裏付けには十分すぎる説得力を有していた。
「ここが気取られているかどうかは?」
「その気配はありませぬ」
「ならば、どこを襲う気だ?」
「動きからして、我らが用意した最後の盗人宿かと」
「あれが隠れ蓑であることぐらい、【月影】ほどの男が気がつかぬはずがない。ならば、なんの目的を持って、あそこを襲う?」
「誘い、でしょうか?」
「誘い……。どちらに対する、だ?」
その声の問いに、誰も答えられなかった。
静寂が闇を再び支配する。
暫しの後、
「【月影】がいつ動くか、分かるか?」
と、声が響く。
「早くて今夜には」
「連絡を密にして、動きを確実に見張れ」
「はっ」
「お頭、いかがいたしますので?」
「【月影】が盗人宿を強襲するのと時同じくして、白鶴楼を襲う」
闇がざわめく。
「危険では?」
「承知の上だ。今のまま、為すがままになっていれば、こちらが負けようぞ。敢えて、葦原の【結界】を解いてこちらを誘うのだ。こちらには選択肢がない以上、あちらが見せた唯一の油断ならば、罠であろうと噛み砕くのみじゃて。こちらの真の目的を、敵が見誤っている内に、勝負を付けようぞ」
微動たりともせず、男は闇の中で命を下す。
ざわめいていた闇は、次の瞬間、静寂を取り戻した。
そして、闇が動き出した。