『間章 風』

 それは女が裏口を掃き掃除していたときの話。
 一陣の風とともに、今まで集めていた砂埃が撒き散らされる。
 女は長い黒髪を左手で押さえながら、目を細めて太陽を見上げる。
 初夏の太陽は日に日に日差しが強くなり、既に穏やかな春の日々は遠い過去のように思えた。
 薫風舞う皐月の晴れ。
 まさに絵になる一瞬であり、アヤメの見張りに付いていた者すら、アヤメの視線に支配され、太陽を見た。
 その間に、アヤメが右手で掴んだものを袖に入れたことも気がつかずに。
 誰しもが見とれてしまうその行動こそ、アヤメ最大の武器であった。
 何事もなかったかのように、アヤメは再び掃き掃除を再開すると、今度は風に邪魔されることなく、無事に掃除は終わった。
 ちり取りにごみを入れ、そのまま注意深く中庭で燃やす。
 アヤメが立ち去った後、残っているのはただ灰のみであった。