ちえ 「ねえ、マスター、ヌカサンマって知ってる?」
マスター「ええっ! ヌ・カ・サ・ン・マ! なに、それ?」
常連客のちえちゃんは、ちょっと得意げな笑顔になって、グラスを置いた。
ヌカサンマ というからには、秋刀魚のぬかづけのようなものか? あまり
聞いたことがない。だいいち、生ざかなとヌカが合うのか?
ちえ 「生のまま漬け込むんじゃなくて、干物にしてからつけるのよ。」
マスター「なるほど、それならすこし理解できる。」
ちえ 「もちろん、ヌカは別の容器に取り分けて漬けないとね。1週間
ほどで、最高の酒の肴のできあがりよ。」
ふむふむ、なんだか生つばが湧いてきた。味の想像がついてきたのだ。
ちえ 「母は青森の人なんだけど、東北地方には、呼び方は違っても、
似たような料理法がたくさんあるらしいの。それと九州や、南
の地方にもあるらしいわ。」
マスター「日本の中央にはあまりなじみがなくて、北と南にあるわけか。
なんだか歴史を感じるね。」
大和朝廷が畿台に成立したのが1500年も昔の事だとすると、在来の民族が
有していた料理法が日本の南と北に押しやられてしまった可能性がある。
つまり、この料理法はそれだけの歴史があることになる。
ちえ 「でも、そんな昔に糠があったの?」
マスター「稲作は紀元前からおこなわれていたらしいから、ありうるね。
ぬかづけというのは、おしんこだけのものだと思っていたけど
ほんとうは、いろいろな素材が使われた保存食だったのかも知
れないね。」
ちえ 「おもしろいわね。地方には、まだそういうぬかづけが、残っているかもしれないわ。」
マスター「教えてほしいものだね。まあ、まずはその糠秋刀魚をためしてみるよ。」