崖の上と下

 

 単純な男と物知りな男がいた。2人は崖の上で景色を眺めながら話をしていた。物知りな男は単純な男にいった。

 「君は知らないかもしれないが、世の中には様々な考え方があるのだ」

 すると単純な男は言った。

 「その考えのうち、どれがもっとも優れた考え方なのですか?」
 
 「そんなものはない」
 
 物知りな男がそう答えたので、単純な男は不思議そうに聞き返した。
 
 「私はここにくる時、もっともここにきやすい道を選びました。道には様々な道がありますが、すべての道が同じくらい便利であるということはありません。しかし”考え方”とはそうではない、そういうことですか?」
 
 「その通りである」
 
 物知りがそう答えたので単純な男はますます不思議そうな顔をして聞いた。
 
 「道には近い道、遠い道、急な道、曲がった道、狭い道、広い道、よく知った道、あまり使われない道、すぐ分かる道、人が多い道、誰もいない道など様々にあります。つまり道はすべて同じものではありません。」

 単純な男はさらに続けた。
 
 「たしかに道の価値は様々かもしれません。しかし使われずになくなってしまう道もあります。もし目的や価値が無限ならどんな道にも何かしら使い道があるでしょう。道がなくなるということは、目的や価値が無限ではないということです。逆にいうと価値にはやはり差というものがあるのではないでしょうか?」
 
 すると物知りな男はこう答えた。
 
 「道はそうだが、考え方というものは、道のような卑俗なものからはるかに自由で、はるかに奥が深く、どれが優れているなどとは言えないのだよ」
 
 「しかし、それではすべての考え方が同じ価値であるということになりますよ。」
 
 単純な男がそういったので物知りな男はこう答えた。
 
 「その通り」
 
 「すると私達がどう考えても、どう行動してもすべて同じ価値ということになりますが?」
 
 単純な男がそう聞いたので、物知りは答えた。
 
 「その通りだ」
 
 「するとここで私があなたと話し続けるということと、私があなたをこうすることも同じことなのですね?」
 
 単純な男はそういうと物知りな男を崖から突き落とした。
 
 物知りな男の短い悲鳴はドスンという音で止まった。単純な男はひしゃげたカエルのようになった物知りを崖の上から眺めて、しばらく考えると困惑したようにつぶやいた。
 
 「どうも私には同じことのようには思えないのですが?」