ふしぎな深海魚

世界でいちばん深い海

2013年4月発売

汐文社

2300円+税

本文執筆・イラスト:北村雄一

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 概要:

 児童向けの本を多く作っている汐文社さんから出した三冊シリーズの絵本第二巻。

 もともと図書館向けに作った絵本であり、開いた時のサイズがB4。35ページで2300円という結構なお値段です。三冊シリーズすべてを買うと税込みで7000円を越えるので、個人が買って読むのにはあまり向いていません。写真が載っているに違いないとか、そういう期待を持っている人には向かないものです。個人で買うとしたら図書館や書店で、まず現物を取って確認した方が良いでしょう。

 ちなみにリンク先のアマゾンには書評で星一つのものがあります。星うんぬんというのは個人の感想ですが、写真の方が良かった、という要望に関していうと、その望みは、特にこの海域においては無茶な話だと言えます。

 

 熱帯は不毛な海である

 副題が、世界でいちばん深い海、とあるように、この絵本シリーズ、最後の舞台となるのはマリアナ海溝とその最深部、深さ10920メートルを誇るチャレンジャー海淵です。マリアナ海溝はその名の通り、マリアナ諸島の近くにある海溝ですが、ここは熱帯域であり、なおかつ大陸から遠く離れています。それゆえ、この海域には水深に関係なく、生物がほとんどいません。

 まず、一般的に誤解されていますが、熱帯の海は生物が少ない、不毛な海域です。

 水を温めると、暖まった水は比重が軽くなり、上に浮かび、覆います。そして下の水は冷えたままです。実際、深海が冷たい世界であることはよく知られていることでしょう。最深部では水温2〜3度、ほとんど氷に近い、冷たく冷えきった水です。こうなってしまうのは水が比重によって層に分かれるからです。

 そして水は光を通しません。それゆえ光合成は海の表面近くでしか起きません。そして死んだ生物は下へ”落下”していきます。これは陸上でも起こる事ですが、すぐ下に地面がある陸上と違って、海水の世界は、言って見れば底抜けの状態です。森の木の葉は地面に落ちて分解され、光合成に再利用されますが、海では闇に閉ざされた深海へ落ちてしまい、栄養は再利用されません。必然、海の表面は栄養が欠乏します。

 これを打開する方法が二つあります。

 ひとつは海水の循環が上下に起こることです。例えば高緯度の地域なら、表面の海水が冷やされて沈み、反対に深い海水が上がってきます。深い海水は落ちてきた栄養を蓄え込んだままですから、それを利用して植物プランクトンが光合成を行い、それを食べる魚たちが集まります。実際、寒い海がにごっているかのように白っぽく見えるのは、プランクトンが多く光を反射するからです。あのように白っぽく濁った水は豊かさの象徴です。

 反対に熱帯の海は暖かいままで、温度と比重で決定された層が上下に混ざる事がありません。それゆえ栄養が欠乏したままです。生物が少ないために海水は澄んでおり、入り込んだ光はそのまま進んで乱反射されることがありません。そして水は光を吸収しますから、そのまま戻ってこないのです。これゆえ、熱帯の海は、水自体は澄んでいるのに、真っ暗に見えます。澄んだ黒い海は、欠乏の象徴であるとも言えます。

 それでも陸地に近ければ陸からやってきた栄養が海を豊かにするのですが、ここには大きな大陸がありません。必然、マリアナ海域は生物が非常に乏しい世界となりました。また、陸地から離れているということは、移動するためにお金や燃料代がかかるということです。おまけに、豊かな漁場でもなく、生物が乏しいのですから、調査船がここまでわざわざやって来る理由はほとんどありません。

 

 画像以前に資料がほとんどない

 そういうわけでしょうか、この本を作るにあたって困ったのは、画像が無いというのは当然としても、マリアナ周辺の深海生物に関する調査資料がほとんど見当たらない、ということでした。この本では少ない資料や、比較的近い海域の生物の分布から考えて、マリアナ海域にいてもおかしくなさそうな深海生物を選んで取り上げています。

 そういうわけで、写真が見たい、という要望に関して答えますと、熱帯域の深海生物の生写真があると思うのなら、まずは自分で頑張れ、それがあると信ずるのであれば、それを真に渇望するというのであれば、どんな犠牲を払ってでも自力で手に入れろ、というか他に方法はないから頑張ってね、というのが答えです。

 ちなみにこの本ではダイオウイカが登場しますが、実のところダイオウイカは熱帯域からの報告がほぼ皆無な動物です。ただ、世界に広く分布するダイオウイカはすべて一種類であると考えて良いらしいこと、小笠原の深海で実際にダイオウイカが撮影されたことなどから考えて、この本に登場させることにしました。

 

 登場する生物と本の構成

 絵本はマリアナ海域、チャレンジャー海淵直上の200メートルから始まります。まずはダルマザメ、ヤベウキエソ、ホホジロトカゲギス、ユキオニハダカ、クラゲダコ、ミズウオが登場します。

さらにススキハダカ、マルハナハダカ、オニキンメと続きます。なおサンダロプス属のイカが登場しますが、この属のイカは熱帯域にいるのは確かなものの、マリアナ海域にどの種がいるかまでは特定できなかったので、属までの扱いとしています。

次にシギウナギ、コウモリダコ、オニボウズギス、クロタチカマスが登場します。クロタチカマスはコンチキ号漂流記にも登場した魚ですから、この海域にいてもおかしくありません。また、深海魚ではありませんが、深海で餌をあさることが多い、メバチがここで登場します。

水深500〜1000メートルになって、ハイイロオニハダカ、ヤペテラ、メガロクランキア、ムネエソ、チビハダカ、インドオニアンコウが、そしてダイオウイカ登場します

そしてマッコウクジラが深海イカに襲いかかります。ホウライエソ、ムラサキホシエソ、ボウエンギョ、キバハダカが登場します。

1000メートルよりも深い場所にいる生物はほとんど記録がありません。奇妙で珍しいチョウチンアンコウ、ネオケラチアスは熱帯から採取されているので、ここで登場させました。シダアンコウ、クロオニハダカ、成熟したヤペテラ、そしてフクロウナギ、モノグナトウゥス、ヤバネウナギたちが登場します。

3000メートルから1万メートルまでは生物が登場しません。海水だけの生物が希薄な世界ですここは見開きひとつで完結。

そして最後にチャレンジャー海淵の海底に到着します。ここにいるのがカイコウオオソコエビとナマコです。ここのナマコは板足類であるということが分かっているだけです。採集しても記載することもできない、ほとんど水のように脆弱な肉体を持つ動物です。

これまでのシリーズと同様、巻末に個々の生物の解説がつきます。

 

 

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