Q1 : 鳥は恐竜の子孫なの?

 A1 : 鳥はある種の小型恐竜の子孫でしょうから、それはYESです。しかし、恐竜の子孫であると考えるのは(系統学の視点からは)誤解をまねくと思います。鳥は、恐竜そのものであり、爬虫類であるというのが(系統学の視点からは)正しい答えでしょう。

 Q1:Bird is Dinosaur's descendant ?
 A1: Bird is one Dinosaur's descendant. And, Birds and Non-avian dinosaurs belongs same lineage. So, Bird is Dinosaur. And, Dinosaur( include Bird ) is Reptila.

 

 

 上の答えを見て

 ”一体、北村は何を言っているのだろう?”

と思う人もいるのではないでしょうか。一方で系統学をある程度理解している人間からすると

 ”鳥は恐竜の子孫なの?という質問は誤解をまねくかもしれないなあ”

 と感じるでしょう。それは、こうした質問をする人の多くが分類学と系統学をゴチャマゼにして考えていることが原因ではないでしょうか?。

 

 

 一般には、恐竜というグループに鳥は含まれないことになっているようです。ですから普通、私達が恐竜という言葉を使う時、鳥のことは考えていません。しかし、系統学では恐竜と言った場合、そこに鳥も含めて考えます。なぜ、系統学では恐竜と鳥を一緒にするのでしょう。

 その理由は、系統学が生物の系統、つまり生物の血縁関係や進化の歴史を科学する学問であるからです。系統学は血縁関係を研究するのですから、生物のグループとは系統(あるいは血縁)を示していなければならないと見なします。このことを踏まえて恐竜と鳥を眺めるとどうなるでしょうか?。試みにちょっと見てみましょう。

 

 以下の図1ー1を見て下さい。これは系統解析に基づいていませんが、幾つかの分岐図の基本的に合致する部分を取り出したものです。ですから、この図は分岐図そのものではありませんが、現代の系統学者の多くが認めるであろう系統関係を示しています。

 このいわば”なんちゃって分岐図”は鳥と”いわゆる恐竜”そして”いわゆる爬虫類”との関係を考える手助けになるでしょう。動物のシルエットは左から、イヌ・ニホントカゲ・ヒプシロフォドン・アンキサウルス・ディノニクス・ハトです。

 

 図1ー1

 注:ここで説明に使っている”分岐図”とは本当の分岐図ではありません。つまりデーターに基づいて北村や他の誰かが作ったものではありません。ただし理解の助けになると思うので、架空の分岐図、いわば”なんちゃって分岐図”だと思って見て下さい。なお、動物達の関係自体は本文で述べたように妥当な位置にあります。例えば、これらの動物の中で鳥から最も縁が遠いのは実際にイヌです。

 図1ー1:多くの分岐図は哺乳類・いわゆる爬虫類、そして鳥類の類縁関係が以上のような関係にあることを示しています。動物のシルエットは左からイヌ・ニホントカゲ・ヒプシロフォドン・アンキサウルス・ディノニクス・ハトですが、ニホントカゲからディノニクスまでは普通、爬虫類と呼ばれています。

 ハトのような鳥が爬虫類と呼ばれる動物達と同じ枝の延長にいることに注意してください。鳥を含めた陸上脊椎動物の分岐図と系統分類に関しては、Sereno 99 . Holtz & Brett-Surman 97. Rowe 88. Benton 90. を参考にしてください。

 

 図1ー1は分岐図ですから樹の形をしています。この樹の形は次ぎのように表現することができます。例えばハトの隣にディノニクスがいますが、これは以下のように表します。

 ((ディノニクス) (ハト))

 ではディノニクスとハトの隣には何がいるのでしょうか?。それはこの図の場合、アンキサウルスです。するとこれを次ぎのように表すことができます。

 (アンキサウルス((ディノニクス) (ハト))))

 

注:時々、このような図を見ると、例えばアンキサウルスがディノニクスの隣にいるために、アンキサウルスはハトよりもディノニクスに血縁が近いと誤解する人がいます。これは正しくありません。例えば”私”と”私の弟”、”私の従兄弟”という3者の血縁関係を同じような図で表した場合、次ぎのようになります。

 (私の従兄弟((私) (私の弟)))

”私”は”私の弟”よりも”私の従兄弟”に血縁が近いでしょうか?。違いますね。”私の従兄弟”は私と私の弟の両方に血縁が近いのです。あくまでも( )の枠で考えてください。

 

 これをニホントカゲまで続けると次ぎのように表すことが出来ます。

 (ニホントカゲ(ヒプシロフォドン(アンキサウルス((ディノニクス) (ハト)))))

これはベン図と呼ばれる表記方法です。このベン図が図1ー1のイヌよりもハトに近い方のすべての枝を示していることに注意してください。ようするにこれはハト寄りの枝、つまり樹状の形をした系統関係の図を入れ子式に表現しなおしたものです。

 さて、このような系統関係を系統学と分類学とではまったく違った方法で表現します。それを見ていきましょう。

 

 

 最初に系統学を見てみましょう。系統学では生物のグループ(おおむね以下のTaxonと同じ意味)は系統を反映していなければなりません。すると恐竜と呼ばれるグループはどう表現されればよいのでしょうか?。

 1990年、California Academy of Science の De Queiroz と Gauthier の2人は系統に基づいた”分類群(=Taxon)”を作る手段として、系統分類学(=Phylogenetic taxonomy)を提案しました( De Queiroz & Gauthier 90 )。ここで少し注意してください。

 系統分類学は後で述べる分類学とはまったく違うものです。

 ともあれ、系統分類学では系統を反映した分類群だけを認めます。いわば系統分類学とは系統を定義し、名前をつけるための方法なのです。この手法は現代の恐竜学では広く用いられていますから、系統学の代表としてPhylogenetic taxonomyの立場から考えてみましょう。

 なお、このページで系統分類学を英語のPhylogenetic taxonomyを使って表記するのは、系統分類学と書いてあると分類学(=Systematics あるいは Taxonomy)とどうしても混同するからです。ここではケアレスミスへのささやかな抵抗として、系統分類学はPhylogenetic taxonomy と英語表記し、分類学は分類学と日本語表記します。また、分類群はtaxon(タクソンと呼びます)と表記しています。分類学のtaxonは系統を反映しないことがありますが、系統分類学では系統を反映するtaxonのみを認めます。

 

 では図1ー1で示された系統からPhylogenetic taxonomyはTaxonをどう認識するのでしょうか?。それを示してみます。

 

 図1ー2

 図1ー2:系統分類学( Phylogenetic taxonomy )の視点からみた、爬虫類・恐竜・鳥の概念をしめした図。

 この図のように系統分類では分岐図の枝や枝のまとまりに単純に名前をつけていきます。一つの枝を途中で切って分類群を作ったりはしません。鳥が恐竜に含まれ、そして恐竜が爬虫類に含まれることに注意してください。緑で示された爬虫類という領域にはイヌ以外のすべての枝が含まれています。そして爬虫類に含まれている黄色の領域、つまり恐竜は、ヒプシロフォドンからハトまでの枝を含んでいます。(ちなみにイヌも含めた系統、つまりこの図で示されたすべての動物を含むTaxonは有羊膜類と名付けられています。

 動物のシルエットは左からイヌ・ニホントカゲ・ヒプシロフォドン・アンキサウルス・ディノニクス・ハト 

 

 

 これが系統分類による分類群の表現です。ようするに”系統分類”とは分岐図の直訳です。直訳?、それはどういう意味でしょう。次ぎの図を見て下さい。

 

  図1ー3

 図1ー3:図1ー2が何を示しているのかを表してみました。緑の枠で示された爬虫類の中に黄色の枠で示された恐竜が、そして恐竜の中に赤い枠で示された鳥がいることに注意してください。言ってみれば、図1ー1で示された分岐図を切っているものの、分岐図の枝の配置を変えてしまったわけではありません。いや、切るというのもこの際、語弊があるでしょう。この場合、切った(?)分岐図をもとの樹形のまま並べているだけなのですから・・。

 分岐図という樹状で示された系統関係を、その樹形を壊さないままTaxonとして表現する。これが系統分類学です。一方、分類学の場合、樹形を壊してTaxonを表現することがあります。

 

 ここで先にお話したベン図を思い出してください。ベン図は樹状形をした分岐図を入れ子式に表現しました。Phylogenetic taxonomyではベン図の通り、ようするに分岐図の樹形の通りにTaxonを認識します。

鳥(=Aves)は(ハト)の部分です。

省略してしまいましたが((ディノニクス) (ハト))の部分をPhylogenetic taxonomyではエウマニラプトラと呼んでいます。

(アンキサウルス((ディノニクス)(ハト)))の部分は竜盤類と呼んでいますし、

図1ー2と3で示されたように、

(ヒプシロフォドン(アンキサウルス((ディノニクス)(ハト))))

の部分は恐竜と呼ばれています。このようにPhylogenetic taxonomyではTaxonを認識しているのです。

 系統分類学では、系統が同じなのだから、鳥は恐竜に含まれると見なします。ですが、これが分類学となると話は違ってきます。分類学ではしばしば系統を切る形でtaxonを立ててしまいます。次ぎを見て下さい。同じ図1ー1に基づいても分類学では次ぎのようにtaxonを立てます。

 

 図1ー4

 

 

  図1ー4:分類思考( group-thinking )に基づくであろう、爬虫類、恐竜、鳥の概念を図にしたものです。”ここでいう恐竜”は爬虫類の中に含まれていますが、その一方で恐竜の”枝”の延長にいるにもかかわらず、鳥は爬虫類および恐竜とは全く異なるtaxonとして扱われています。ようするに系統という枝を切ってしまうかたちでtaxonが立てられていることに注意してください。このように分類学では系統を反映しないtaxonがしばしば用いられています。

”ここでいう恐竜”と鳥がなぜ別に扱われなければならないのか、どこで区別するべきなのか、あるいはどのようにして違いが識別されているのか??。その理由ははっきりしません。こうした問題点は一般向きの本では真鍋 01 pp19 で指摘されています。また、陸上脊椎動物の分類に関しては馬渡 97b が手に入りやすいでしょう。

 動物のシルエットは左から、イヌ・ニホントカゲ・ヒプシロフォドン・アンキサウルス・ディノニクス・ハト

 

 以上の図1ー4は要するにこういうことです

 

 図1ー5

図1ー5:分類学では時々、系統を反映しない分類群(Taxon)を作ります。黄色枠で示された恐竜が緑枠の爬虫類に含まれるのはよいとしても、ハトの部分が鳥として切り取られてしまっていますから(図1ー2の語弊のある言い回しではなく、文字どおりの意味で切ってます)、爬虫類も恐竜も系統を反映しない分類群、つまり人為分類群になってしまっています。

 また分類学では分類階級というものをTaxonにつけます。爬虫類は爬虫鋼、鳥は鳥鋼といったように、鋼(こう)という分類階級がつけられています。分類階級は生物を整理するには便利なものですが、系統を正確に表現するには不向きです。一方、Phylogenetic taxonomyは分類階級を廃棄することでこの問題を解決しました。

 

 

 

 このように系統学(Phylogenetic taxonomyを含む)と分類学とでは同じ分岐図、同じ系統に基づいていても、まったく異なるtaxonを認識します。

 分類学では私たちの直感に訴えかけるtaxonを提案するので違和感はありませんが、時には系統を反映していないtaxonがありますし、場合によると非科学的です。

 一方、系統学、特にPhylogenetic taxonomyでは系統を反映したtaxonを提案します。このようなtaxonは非常に科学的ですが、人間にはしばしば受け入れられないことがあります。おそらく進化の過程で生物がもとの姿から大きく変化してしまうためでしょう。私たちには全く異なる生物に見えるのに、同じ系統であるという事例はしばしばあります(例えば、爬虫類の中の鳥や偶蹄類の中のクジラなど)。

 

 ここで改めて思い出して欲しいのは、分類学と系統学(およびそれに基づいた系統分類学=Phylogenetic taxonomy ) はまったく違うものだということです。三中 97 を参考にしてください。これは大変重要なことです。なぜなら、私達は無意識のうちに分類学と系統学をゴチャまぜにしたあげくに訳の分からない誤解をしているからです。

 例えば最初の質問、”鳥は恐竜の子孫なの?”という質問を考えてみましょう。

 

 分類学の立場からはこの問いはまったく問題ありません。鳥というtaxonが恐竜というtaxonに含まれておらず、なおかつ鳥が恐竜の子孫であるということは分類学では両立します。

 つまり、

 1:(鳥)は(恐竜)に含まれない

 2:(恐竜)→(鳥)

 この2つの事柄が両立するのです。特に1が図1ー4と同じことを言っていることに注意してください。

 しかし、系統学ではこうはいきません。

 ある種の恐竜、この場合、恐竜というグループではなく、そのものずばり鳥の祖先である未知の小型肉食恐竜から鳥というグループが進化した場合、それは

(ある種の恐竜)→(鳥)

ということを示しています。このことは決して

 (恐竜)→(鳥)

と言っているわけではないことに注意してください。ある種の小型肉食恐竜は”恐竜”というtaxonに含まれる生物であって、ですからこの小型肉食恐竜の子孫である鳥は自動的に恐竜の仲間であることになります。つまり

 1:(鳥)は(恐竜)に含まれる

 2:(鳥)が(恐竜)に含まれるのならば、(恐竜)→(鳥)と表現するのはそもそも間違いである。

 3:恐竜というtaxonは、

(様々な恐竜のグループ(鳥という恐竜の1グループ))という構造を持っている。

 

これは図1ー2と同じことを言っています。

 

 私たちは鳥の進化に関してどちらの考えを受け入れるべきでしょうか?。答えは簡単。鳥の進化を科学的に推論した研究者はすべて系統学者なのですから、系統学の立場で考えればよいのです。

 また、”鳥は恐竜の子孫なの?”という質問は次のような言い換えと同じ問題をはらんでいます。つまり

 ”鳥は脊椎動物の子孫なの?”

 さて、あなたならこの質問にどう答えますか?