3:分類階級が洪水のよう氾濫している。

 

 これは具体的に次ぎのような発言を例としてあげることができるでしょう。

 

 ”分岐学(一般には分岐分類学と呼ばれることが多いですね)の登場以来、多くの分類階級や分類群の名称が山のように提案された、これは実用的ではないし、また分岐学が不適切な学問であることを示している”

 

 分類階級とかなんとか、そんな聞き慣れない言葉は取りあえず無視しましょう、要するに彼の発言は分岐学(あるいは進化学/系統学)は分類学には適さないということを言っている、そういうことです。

 実は、これは問題の履き違えです。分岐学は分類を作り出す方法ではない。なぜなら分岐学は系統を推定する手段なのですから。そして系統とは生物の進化の歴史、あるいは生物の家系図、あるいは生命の樹のことです。ですから彼の主張は、

 ”分類学では家系図(あるいはダーウィンの言う生命の樹)を正確に表現できない”

 ということを言っているだけなんですよね。

 

 生命の樹?、この言葉に疑問を持った人は、「種の起原(上) ダーウィン 岩波文庫」pp173~174 を参考にしてください。

 ちなみにこの言葉は、このホームページでも説明しています。また、「生物系統学 三中信宏 東京大学出版会」も参考にしてください。「恐竜と遊ぼう 北村雄一 誠文堂新光社」も参考になるでしょう。

 

     

 

 さて、確かに以上の点において彼の言い分は正しいのでしょう。問題は”だから分岐学はだめだ”、というくだりです。そもそも分岐学とは系統/あるいは生命の樹を推定する方法です。よろしい、では分類で表現できないものを答えとして出したから分岐学はだめである、これは正しいでしょうか?。

 そうではないでしょう。それは単に分類階級が生命の樹を表現する能力が十分にないということを示しているだけです。

 

 分類学というのは人間の認識なんですよね。地形、という実体に”山”とか”丘”とか”川”という名前をつける。そういうことです。そして”山”とか”丘”というのは人間のつくったカテゴリー、つまり分類です。

 例え話として、ある”山”を正確に測量したら”既存の山というカテゴリー”でもないし、”既存の丘というカテゴリー”にもあてはまらない、そういう結果が出た。そう考えましょう。

 この場合、”測量”という技術は既存のカテゴリーにあてはまらない、あるいは既存の分類では表現できない結果をもたらしたわけですよね?。

 では問題。既存の分類では表現できない結果をもたらした”測量”という技術は間違いですか?。

 

     

 

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