発表者:川合麻実

アルベルト・メルッチ 『現在に生きる――新しい公共空間の創出に向けて』

 

「本書が提起するのは、今日の社会運動と個人的欲求を分析するための、新しい理論的・方法論的フレームワークである。」(p.xxxxi,l.1~2

 

●集合行為分析の代表的な「期待に基づいた」モデル批判

 

【「期待に基づいた」モデル】

 

  ・群集行動の伝統的分析、フロイト学派

  ・マルクス主義 

  ・資源動員論

 

   共通点   @構造的矛盾や社会システムの機能不全を強調する

         A諸個人の価値や心理的相違や動機に焦点を当てる

          ※行為の参加者が共有しているものを認識・評価・意思決定する能力を前提としている

 

【メルッチの批判】

 

「両陣営とも、現代の集合行為がそれまでとは異なる関係性と意味から構成されていることを正しく認識していないのである。」(p.40,l.10~11

 

  ・分野・行為者・行為形態が多様化している「新しい社会運動」では、「女性だから」「黒人だから」参加する、といった従来の集合的行為者のステレオタイプ化したイメージはもはや通用しない  

  ・今日の社会運動において行為者が期待を形成し、その行為の損得を計算するさいの基礎となるのは、相互に交流している諸個人によって生み出される相互作用的な、かつ共有された定義である「集合的アイデンティティ」の形成・維持・変化の過程であるのに、これらのモデルではそのプロセスの検証を行っていない

  

    →新たな説明では、いかにして複雑な諸過程の要素が一体性を持ち、どのようにして「集合的行為者」が形成、維持されるのかを説明することが課題

 

●今日の「新しい社会運動」

 

「複合社会における紛争は、情報や象徴的資源の生産にとって枢要であり、かつシステムによる強圧的な要請にさらされている領域で惹き起こされる。このような紛争に従事する行為者は、(中略)矛盾した構造的および変動局面的プロセスの直接的影響を受けている。」(p.57l,l.15~p.58,l.2

 

【「新しい社会運動」の「新しさ」】*定義上、相対的な概念

 

  @情報資源が集合的紛争の中心的地位を占めている

  A自己再帰的形式をもつ

  B相互依存関係や行為の「地球規模化」による多極的で多国籍的なシステムをもつ

  C必ずしも目的実現の為の手段とは考えられていない

  D外的目標が内的形態から分離されない

 

【「新しい社会運動」の特性】

 

  (1)紛争形態の恒常性を持っており、伝統的な各レヴェルの社会集団と共存して現代社会システムの安定的で不可逆的な構成要素となっている

  (2)日常生活に根づいた新たなネットワークによって紛争内部の社会化や「水面下での」参加機能が発達して集団化やエリート選択の新たなチャンネルが開かれ、伝統的な社会運動メカニズムの再定義化が行われている

  (3)既存の参加チャンネルや政党のような伝統的な政治組織に容易に適応できないうえ、結果予測が難しいため、複合社会の不確実性の水準を更に高めている

 

     例)平和運動、エスノ・ナショナル運動、女性運動、環境保護運動

 

【「新しい社会運動」に影響をあたえる複合社会の諸要因】(どのモデルも重複する)

 

   ・構造的要因     @法人成長モデル 高度に制度化された利益組織と政党などによる投資や富の分配に関する決定

              A生産モデル     社会的生産の形式や内容の変化によるコミュニケーションの発達 

             B教育モデル   教育の拡大や教育内容の変化

             C生活世界モデル 日常生活における生産的要求や家族集団からの解放

  ・変動局面的要因   @経済的要因   市場の混乱による経済危機、国家財政問題、都市問題、中心と周縁間の格差拡大

             A政治的要因   個人的欲求や関心への政治の無反応

  

 〜日常生活との関連から〜

 

  《連続することなく絶えず変貌する時間や空間》

   ・自然が刻む一様で安定した時間の消滅によって、特に人間の循環的・共時的な内的時間と外的時間との間で時間の差異化・分裂・断絶が拡大

      →一年中供給される野菜、生死のサイクルへの医療的・社会的介入、ドラッグ使用による個人の内的時間の拡張、再生産の義務の解消など

   ・安定的で測量可能な空間の崩壊

      →情報量とそれを包括するのに必要な空間が比例しないパソコン、地球外空間への進出など

  《社会変動のペースの加速》

   ・個人が多くの組織に参加できるようになり、個人に投げかけられる可能性や情報量が増加することによって伝統的アイデンティティの拠り所の権威が弱体化

     =「故郷喪失状態」

  《コミュニケーション手段の発達》

   ・個人の裁量で自由になる資源の増加によって個人が自己主張し、自己を個人として認識することができるようになると同時に、これまで排除されてきた知識や行動といった資源に個々人がアクセスできる可能性が増えた

 

【「新しい社会運動」を構成する人々】

 

 ・行為者は集合的アイデンティティを構築し交渉するうえでそれぞれ異なる能力を持ち、それゆえに期待の度合いも異なっていて、諸個人が運動に参加する理由も多様である

 

 「新中間階級」(中核集団・高学歴で比較的安定した経済生活を享受)

   自らの教育上・職業上・社会上のアイデンティティ資源を初期段階で利用できるため、動員の初期段階に関与

 「周縁的グループ」(学生、失業者、退職者、中産階級の主婦など)

   既存の動員の波を自らのチャンネルとして利用する傾向にあり、運動からの撤退も迅速

 「旧中間階級」(農民、職人)

   地方や環境問題の動員に顕著

●複合社会における社会運動の意義

 

 集団組織の緊張の度合い・機能不全・競争・交換に基づいた説明を再考し、取捨選択する分析過程を通じて強力な理論的仮説を展開していく新しい分析方法

 

 今日の紛争には計画性も、将来的なビジョンもないが、それは現在の行為者達が普遍的な歴史の筋書きに導かれているのではなく、個人的な理由から運動参加を決定する「現在に生きる遊牧民」と言える状態にあるからである

 

  ・時間が分断された複合社会において個人は、多様な情報回路の交差ポイントにおいてその情報回路を「開閉」し、またそこに参加したり脱退したりすることにより自己の統一性を維持することができる

  ・現代社会においては神や歴史の法則といったメタ社会的な原則が力を失いつつあり、人は自分たちに与えられた生存の型を超え出ようとする宿命的意思をもっていることを自覚してきている

 

 *どのように人が集まって、運動と称されるようなものを構成するのか

   →個人は、特定の社会部門に所属していて、そこで複合システムの相矛盾する要求を突きつけられており、特定の資源が参加コストや利益を計算する諸個人に行き渡るかどうかが確認でき、何よりも個人的な心理的理由があることによって運動に参加する

 

 *普遍的性格を持った紛争は依然として存在するのか

   →権力が分化し弱体化した複合社会において社会が機能するには、常に個人や団体による刺激が必要であり、今日の社会運動はその役目を果たす普遍的かつ不可逆的な特質をもつものである

 

 *今日の社会運動は社会関係のシステムにどの程度挑戦し、それを突破しているのか

   →今日の運動が何を達成するのかということは大きな問題ではなく、可視的行動を通じて社会に内在している紛争が公表されることに意義がある

     @システムの中央と周縁の間には深く絡み合った両義的な関係があり、システムの中枢は周縁に対して権力を押し付けるのではなく、協力することによって権力を行使するべきであるということを提示する

     A社会や生活の未来が人間の掌中にあり、その未来の議論・好機・リスクを負わなくてはならないことを社会運動によって自覚できるし、またその自覚が社会運動へと参加する個人的理由にもなる