*カルチュラル・スタディーズに触れてみる*
報告者:田中 直
カルチュラルスタディーズとは一言や二言で、明確に「○○という学問だ」とは言えないものである。
多種多様な分野にその関心は広がっていて、どう考えても同じ「カルスタ」という言葉で括るのはおかしいのではないかと思う事が多々あるのが正直なところである。カルチュラルスタディーズというものの誕生した背景、そしてそれらが様々な分野で抱える問題関心における論点を通じてCSに触れてみることにする
*カルチュラルスタディーズ・・・文化の勉強!?
カルチュラルスタディーズ(CS)=文化研究という単純なものではない。
しかし名前の通り「文化」の研究を出発点にしていることは事実である。
→ T.文化とは何かについて考える。
人によって違う文化概念。(どれも間違いではない)。様々な人が異なった回答をするということを認識することからCSは始まる。
U.カルチュラルスタディーズの歴史をみる
1. ・マシューアーノルドの文化定義。 文化=高級文化(リーヴィス主義)からの派出
@ リチャード・ホガード(cccs初代所長)
・アーノルドのいう「文化」を教えることの限界。
教わる相手の属している別の「文化」(労働者階級文化)記述の必要性 → 『読み書き能力の効用』
良い労働者階級文化と陳腐なアメリカ大衆文化
A レイモンド・ウイリアムズ
・『長い革命』においてリーヴィス主義が残存していた文化に別の定義を与えた。
→ マルクス主義との対決。なんでも経済に結びつけるマルクス主義はおかしい。
・グラムシの「ヘゲモニー理論」の借用。
← 人間の主体のもつ積極的な可能性の発見。ヘゲモニー闘争の場としての文化。
B E・P・トムスン
・『英国労働者階級の形成』 農民、労働者たちを歴史の中に回復する。
・ウイリアムズ文化定義批判
C スチュアート・ホール
ニューレフと指導者→CCCS→(フェミニストとの対立)→放送大学
・知的実践
・マルクス主義の「階級闘争が全てを説明し、決定する」という議論の拒否
→ 社会的紛争の原因は階級闘争以外にも多々ある。アイデンティティー感覚形成には経済と同じくらい文化も大切。
・CSには何ができて何が不可能なのか。何をすべきでどんな貢献ができるのか。
*CSの方法理解としての記号、コード、言説分析 → 英国におけるインド料理店の分析
2.英国におけるCS
@.ニューレフト形成 ← CSの前触れ
マルクス主義のスターリン主義的あり方を拒否した多くの者
英国伝統的左翼運動や制度に入り込む余地のなかった旧植民地からきた学生、知識人
・英国らしさの批判と「外部者」の貢献の強調
・旧植民地出身者なくしてカルチュラルスタディーズなし→インターナショナルなものとしての出発
A.サッチャー時代(’79〜’90)に於けるCS研究の拡大
サッチャー以前=「労働者階級の若者の行動やスタイル」→ サブカルチャー、マイノリティー集団が研究対象に。
サッチャリズムの自由化が特に社会の周縁の人々に対してどのような影響を与えるのか。
B 2つの特徴
・研究対象が多岐にわたり、独創的であること ・政治的次元の重視
3. アルチュセールの構造主義:マルクス主義を科学にする方法 (1970年代にCSに導入)
・社会という概念を法や政治や文化など相対的に自立した諸次元からなる構造化された全体として理解
→ 最終的にどのように現実の社会において表れるのか、それは経済による「最終審級」において決定
・社会内の諸次元は互いに差異をもって機能している。
・普遍的な「人間の本質」観念の否定と「理想的な反人間主義」の表明 → 個人が社会の条件に先行して存在することはない
・経済的な現実は人々のイデオロギーや意識に反映するのではなく、社会編成全体に転置された形で存在する。
・経済、政治、文化などがお互いに矛盾し、競合しながら「社会」が形つくられる。
@ある社会においてイデオロギーを支えている主要なもの(法、家族、教育、宗教)は経済的条件と同じように重要。
Aその総称としての「文化」は経済条件、経済的諸条件に完全に依存しているわけでも独立しているわけでもない。
B「イデオロギー」=「虚偽概念」ではない。イデオロギーは自分が何者かであるかという意識とともに文化を作り出す
アルチュセールはCSにとって常に問題含みの存在として認識される。
「反人間主義の批判」及び「行動主体としての個人の否定」
4.アルチュセールよりもグラムシ
・グラムシの「ヘゲモニー論」←CSの発展にとって非常に重要
・知識人のはたす役割の重要性 一般的イメージからの脱却。「有機的知識人」(あらゆる人は知識人である)
・ウイリアムズ、ホールらによるヘゲモニー論の他への転用。CSにはなくてはならない存在へ。
5.英国カルチュラルスタディーズ批判
・イングランド中心主義 ・階級中心 ・都市部若者スタイル&サブカルチャーの特権的研究 ・芸術概念のヨーロッパ中心主義
・偽装したマルクス主義ではないか??マルクス主義から学んだもの2点。
@産業資本主義社会において階級、ジェンダー、人種、エスニシティーの差異にそって不平等な分割が存在する。
ACSはマルクス主義における唯物論歴史観歴史観を受容してきたこと。
→マルクス主義が大きな影響をCSに与えてはいるがいずれの批判もCSには当てはまらない。
V 世界に輸出されるCS
@サッチャー政権下多方面に進出、発展。(アメリカ、オーストラリア、フランス、インド、カナダ、等)
地方によって、全く異なった関心追求に変化したCS。
Aピエールブルデュー 『美術愛好:ヨーロッパの美術館と観衆』
美術館への訪問者が階級や教養によって分断されていることの証明。
支配的な立場にある階級が他の階級に対する優位確保のための根拠としての芸術的価値判断。作られた美的感覚。
「文化資本」の有無。
→芸術作品は作品に込められたコードを理解するために必要な文化資本を持っている人間だけが楽しむことができるもの。
Bアジア地域のCS
科学のCSとして発展。全ての知識は政治的介入である。
・「CSDS設立(発展途上国社会研究センター)」:土着的な知識の中に基盤を持つ独特なカルスタ形成の発展
今まで確立されてきた規範的カテゴリー根拠を疑いはじめる。
@「前近代的」な共同体的生活が近代的な集団生活へと変容する過程の経験
A文化間の対話「理解不能制」の重要
B周縁に追い込まれた文化の復興、文化の周縁かが生じる仕組み。
・「CCS」:インド文学やグローバル経済支配の問題、映画やダンス、ストリート文化に至るまで幅広く研究。
・「サバルタン研究」:エリート集団とは全く異なる一般人民即時の歴史への貢献の掘り起こし、調査、記述。これらによるサバルタン階級意識の形成をめざす。→ 「理論的なエリート主義者によるマルクス主義の移植」として批判。
・ガンジー。環境運動。開発主義に対する批判。
・インドにおける英語の地位と役割
・アシスナンディー:西洋観念にはまり込んでしまったという犠牲者認識と連帯を促進
W 科学のCS
「科学」:西欧社会における絶対的規範そのもの
科学的な知識は「客観性」と「価値的中立」によって支えられていると考える科学者。
→ 「客観性」なるものの虚偽
・どんな対象が研究されるか
・どんなものの研究が優先されるか
☆科学は中立でも客観的でもない。
これらと同じくテクノロジーにも人々のライフスタイル、自然観、思考様式のあり方が反映される。
・テクノロジーの発展がどのように文化的空間に影響を与え、それによって社会的、文化的、政治的に得をするのは誰かを考察しようとする。テクノロジーと人間の複雑な関係解明。
X オリエント
@西洋における東洋のステレオタイプ化。
・理解を超えた野蛮人→ 異質ではあるが西洋人の理解を超えないものへ
・他者(東洋)を通じての自己認識。←伝統的社会ではなかったこと
・非西洋社会は自らの未来を自らの社会に独自のカテゴリーや概念で定義すべきであって、自らの未来へ向けたヴィジョンを自らの言語によって表すことの重要性。
Aオリエンタリズム(イスラム世界とイスラム教徒の表象分析。帝国主義の旧植民地に与えている影響)
サイード:西洋のオリエント理解について (心象地理)
帝国主義の西洋に与えた影響について
←サイード批判の存在。ミシェルフーコー等。オリエンタリズムを全て否定するのはよくない。
サイードにはオリジナリティーがない。
Y オリエンタリズムを受けてのポストコロニアル研究
@西洋による植民地支配という歴史的事実が西洋と非西洋との関係に旧植民地独立以後もどんな影響を与えているか。
→バルチ、英国におけるインド料理をみるときにもつながる
A非西洋において続いている抵抗と社会再構築のプロセス記述。
B非西洋における抑圧、抵抗、人種や性別、表象、差異、難民、移民などの経験を考察するもの
・スピヴァク:「ヘゲモニー的歴史記述」批判。
「第三世界」表記の批判。「西洋フェミニズム」のもつ無意識な帝国主義価値観批判。「差異」生産のもつ自民族中心主義批判。
・ホミ・バーバ:精神分析を用いた植民地主義読解
・サーラ・スレーリ:西洋と非西洋の作家を区別する植民地主義的発想の批判。
Z 人種とアイデンティティー ← CSの中心的存在
・近代が生み出した特有の人種主義:非西洋人は劣っている。
・多文化主義と多文化主義批判
多文化主義は人種以外の問題が忘れられてしまっているところに問題がある。
アイデンティティーの権力関係による構成
コーネルウエスト:アイデンティティー=帰属意識は安心を求めるもの。排他主義や外国人嫌悪。
「アイデンティティー論」は犠牲者について論じることである
あらゆる視点からの考察の必要性。黒人らしさ、ゲイらしさ等も視野に入れるべき。
ベル・フェックス: アイデンティティーは束縛ではない。黒人にとっては大切なもの。
・黒人が西洋の文字理論を用いて表現することは西洋への屈服とはならないのか。
黒人文学なるものは本当に「純粋」な黒人文化か。 さまざまな葛藤。
「意味生成」による白人理論からの借用なしの文学批判の可能性
[ ディアスポラ
・ディアスポラ=拡散 (ユダヤ人。黒人、アジア人、難民)
異郷の地における「ネイティヴ」だけでなく故郷の地に残された人々を代弁する存在としてのディアスポラの知識人
ディアスポラ的空間の創造。
・ギルロイによる「黒い大西洋」概念。 ・レイ・チョウ『ディアスポラと故郷との交差点』
[ ジェンダー。フェミニズム
・文化的に構築されたものとしてのジェンダー
フェミニストによるホールへの批判。CSは男性的で、中産階級的すぎ
レズビアンによるフェミニスト批判。異性愛主義的な傾向を持ちすぎ
非西洋人による西洋フェミニズム批判。西洋中心的すぎ
女性の団結を掲げているフェミニスト達によるポストモダンフェミニズム批判。団結を台無しにしないで
・白人フェミニストと非白人フェミニストの取り組む問題の違い → 今も生きているオリエンタリズム
\ クイア理論
・同性愛嫌悪症は人種差別や階級差別と同じく軽蔑的なもの。
・「同性愛」とか「家族」、「国家」といったものは二元的思考の産物。
社会の多様性を肯定する新たな性と社会条件を作り出すことを主張する。
] メディア
・どんな映像にも手が加えられ、社会的、文化的に構築させている。(ニュース)
@メディアの報道、レポートには多様な人種や階級の映像、見方、背景や文化がしっかり反映されているか
A異なる文化集団をメディアはどう表象しているか ←ステレオタイプ化が入り込みやすい
B文化の最終的生産物を作る上で、さまざまな文化集団はどのような役割を持つのか。
またそれぞれはその生産過程においてどの程度関与しているのか。
Ⅺ グローバル化
・超大国による第三世界の支配というものだけではない。非西洋の西洋へ与える影響の考察。→いずれ、西洋文明を飲み込むかも
またこれに対しての抵抗、批判もたくさんある。
Ⅻ カルチュラルスタディーズの行方
・本来の目標から遠ざかってしまった現実。制度化されすぎてしまった。
・なんでもありのCSは全くどうでもいいことまで研究してしまい時間の浪費を生んでいる。
・エッジを失いつつあるCS。
文化的領域に潜む権力のメカニズムを理解して、それに抵抗する手助けをしてくれるのがCSである。
これから先、CSという名前は消えてしまう(他の学問に飲み込まれる)かもしれないが、そのあらゆるところに偏在する権力関係の仕組みを解き明かし続ける人がいるかぎり、その理論は消えずにどこかで発展するはずである。
以上のように多種多様な学問分野に広がっているのがCSであり、けして単純なものではない。