企画手紙三通目sibu1
謝辞から始めよう。
手紙をありがとう。とても嬉しかった。何度も読み返した。今も読み返している。
お前の返事をたずさえた梟の仔が来た、それは俺が想定していたケースのなかで三番目に良いものだった。1番目はお前が意図的にこの家を出るなどしておらず、朝方に出先から暖炉ごしにひょっこり顔をのぞかせるというケースで、2番目はお前が微笑のなかに苛立ちの感情を隠しつつも、ふたたびこの家の玄関の前に立つというケースだった。だが今となってはこの順位は気にするような事じゃない。
とにかく今お前がなかなか良さそうな環境にあると知って俺は安堵している。ブリトン島はこの寒さだ、きっとお前はこの家にいるよりは過ごしやすい筈だ。心の中で地図を広げて、4本の線を引いてみたよ。北緯30度と50度、南緯では30度と40度。お前も流石にヨーロッパを離れてはいないと俺は踏んでいるのだがどうだろう。地中海あたりの日当たりの良い葡萄畑の畝の間を、お前の鳶色の頭が見え隠れするのが目に浮かぶ。
ああ、お前はいくつかのポイントを経由させて手紙を届けてくれたようだが、もし俺がお前を追跡しようとしていると警戒しているなら心配は無用だ。わざわざふくろうを選別するのにこの地域のものを選んで尻尾を掴ませないようにする必要はない。
というのは、俺はこの状況を逆に好機と捉えようとしているからだ。これはお互いが隠し持っていた厄介な問題を打ち明けるチャンスなのだ。
そう、俺が最初に送った手紙で、俺があえて脇へ追いやった厄介な命題を。お前がわざわざ互いの目の前に据えた、あの問題たちについて。
お前の言葉はまるで詩のようだな。
とても醜い事柄も、お前の目を通すとそんなふうに見えるのかと不思議に思う。お前も、ハリーもそうだが、俺の口から漏れる汚泥が見えないらしい。それが俺にはもどかしい。俺が語るのは紛れもない澱んだ感情で、普段は薄皮1枚へだてた俺の体内でとぐろを巻いている。俺はお前に自分を飾りたくないという欲求があるので、酔った時、耐えきれなくなってそれを吐き出してしまう。だが騙されるな、この臆病な男に。その行為も既に自分を良く見せようという計算が働いているのだ。「酔ったときについ本音をもらす憎みきれない善人」の偽の衣を纏おうとしているだけだ。本当に自分の醜さを知ってもらいたければ、正気の時にいくらでも告白できるだろう。だからリーマス、俺の言葉に騙されてはいけない。俺の汚泥が濾過されたというのなら、それは俺の功ではなく、それを聞くお前自身の美しさに拠るものだ。
……しかし、お前が出ていって俺も少しお前の立場になって考えてみたよ。微に入り細に入りおぞましい言葉を列挙する人間の傍にいる、という状況を想像してみた。リーマス、自分の醜さを見せつけようとする人間は……それが愛しい人間であれ何であれ……かなり鬱陶しいな。こちらはそれを否定するし、相手も反論するしで堂々巡りだ。すこし離れてきれいな空気を吸いたくもなるな。
お前は「そういう問題じゃない」というかも知れないが、俺にとっては大発見だ。俺は未だに、やはり自分は幸福に値しない人間だと思っているし、思想的な部分は譲れないものが沢山ある。が、だからといって、それをわざわざあの時、お前といるあの場で言うのは明かに間違いだった。もっと違うときに、違う場所で話すべき内容だった。
悪かった。ほんとうにすまなかった。謝る。
これがお前の手紙のおかげで理解できた重大なことの、一つ目だ。
そして2つ目の事柄について。……そう、お前の手紙にあった5番目のパラグラフ。その内容について。
俺が嬉しいと思ってしまうのはいけないことではないだろう?
実際俺は表情の選択に困った。はたから見たら相当変な顔をしていただろう。つまりその……「白状するとたぶん私は君が……」のくだりだ。何度も読んだし音読して舌と唇で確かめたり、指でなぞったりもした。(なかなか変態じみている)(お前の気配に飢えているせいだろう)
ああ、お前の言葉を抜書きなどしてしまった。失礼。しかしだからといって今後俺の手紙の内容を抜き書いては寄越すな。これは念を押しておく。
さて、一つ目と二つ目の事柄を併せて、俺は考えた。
たしかにこの内容は今までの生活の中では触れられることの少なかったものだ。これは記述するという行為の勝利だと言えるだろう。お前が問題を俺の喉元にナイフのように突き付ける目的でこの家を出たというなら、お前の意図は充分に遂げられたという事を知ってほしい。
そしてだ。次のステップへの展望を語ってもよいだろうか?
問題の所在を確認し、これから解決への取り組みを始めようとした場合、俺とお前とが同じ屋根の下、すぐにレスポンスの返ってくる一つのソファの隣同士にいることが有効だと思うんだ。むしろ理論の実践ができない状態にあるほうが不自然といえる。どうだろう、この提案は?
孤独は人の感覚をさ迷わせる。あちこちにお前の気配を感じるがお前の姿はない。気を紛らわせようと昔読まされたマグルのベストセラーに手を出してみたが内容がさっぱりだ。いつのまにか主人公のの男の弟子の数が増えている。途中で読んだ記憶がところどころ抜けているようだ。
お前に会いたい。
―S-
追伸:食料の件、了解した。しかしお前が用意周到にしておいてくれたおかげで、俺一人ならこの冬を越せそうだ。2人ならたぶん取り寄せる必要があるだろう。これについてはお前と相談したいところだ。
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