私は時折、シリウスに『お話』をせがむ。
状況はだいたいにおいてベッドの中で、せがむ話は、かつて彼が親しく付き合っていた少女たちの話だ。
いささか悪趣味だと、自分でも思わなくはない。
いちおう弁解しておくが、私は、かつてのシリウスの秘め事やら何やらを聞きたいわけではないし、彼も紳士の最低限のマナーとして、そんな話をすることはない。得々として彼女たちの秘め事を暴くような真似をする男なら、今頃、私とシリウスは違う屋根の下で眠っているに違いない。
シリウスは、彼女たちの欠点を言わない。好きだったところ、心惹かれた美点についてのみ語る。どこが好きだったのかを。
そうした夜が重ねられた結果、今では、私は彼のかつての恋人のことについて、彼の次に詳しい。
たとえば、シリウスの初恋の人は、年上の、銀に近いような金色の髪をした少女だった。瞳は澄んだ青だった。彼女はホグワーツの上級生だったので、私も彼女を見知っている。
シリウスは、彼女のことをきれいな言葉で語る。流麗にではなく、ぽつぽつと、思い出したことから話す。ほっそりしていて華奢で、日差しに透けるような美少女だった。肌に触れると、花びらに触れるような感触が返ってきた。まつげが長くて金色で、午後の日差しに照らされると、そこに光がたまっていた。シリウスから贈られた青い石の嵌ったブレスレットを、いつも身につけていた。ブレスレットの細い鎖が、彼女の手首でしゃらしゃらと澄んだ音を立てるのを聞くのが、シリウスは好きだった。
二人の付き合いは、結構長く続いた。長かったといっても1年弱だが、しかし、ホグワーツに在学中のシリウスとは、彼女がもっとも長く続いたと言ってもいいのではないだろうか。
最終的には、彼女から彼との付き合いをやめたいと切り出した。彼女はシリウスに比べると平々凡々たる男性を選び、シリウスのそばを離れていった。
『彼女が迷っていたとき、俺は、引きとめようとしなかった。自分で決めろ、と、放り出したんだ……』
少年シリウスの、それは、小さな見栄でありプライドだっただろう。幼いときには、そうしたものはひどく切実だ。
『俺を選んでほしい、と頼むことはできなかった。それで、彼女は俺を選ばなかった』
シリウスは今でも少し、後悔しているという。
『今でも好きだとか、そういうのじゃ勿論ないんだが……何か、素直になれなかったことへの後悔、というか』
『わかるよ』
私は短く言って、彼の髪を指で梳いてやる。その気持ちはよくわかる。かつて私が、シリウスに対して抱いたのと似た感情だろうから。
かつての私は、素直になることをひどく恐れていた。自分に対する引け目や、わずかばかりのプライド、傷付くことを恐れる心。そういうものが邪魔して、自分の気持ちをあからさまに出すことができなかった。そしてその結果は、私自身に跳ね返ってきた。
私が味わったのと同じ感情をシリウスに教えた彼女に対し、私は微かな嫉妬を感じる。だがもちろん、そんなことを口に出したりはしない。これも、素直になれないということになるのだろうか?私にはよくわからない。
『まあ、それで、今は素直にぜんぶ言うことにしたわけだ』
シリウスはさばさばと言って、話を終わらせる。今日のぶんはこれで終了、ということらしい。
やがて、シリウスは眠ってしまう。私の額と彼の鼻の距離がとても狭いので、私の前髪は彼の寝息に晒されて、立ったり座ったりしている。私にとっては、この上なく贅沢な光景だ。
……彼が、私のことを、次の恋人に話すことはたぶんないだろう。まどろみの中で、ごく自然に、私はそう思うことができる。
私には何故か、それは少し残念なことのようにも思える。