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 特殊な辞書を借りる必要があって、シリウスの部屋へ入った。
 入室に許可を得なければならないような間柄でもないので、階下にいるシリウスには特に声を掛けなかった。
 シリウスの部屋はいつも程よく整理され尚且つ程よく乱雑で、私のように住居に対して何のこだわりもない人間の目にも居心地良く映る。そして当然ながら微かに彼の匂いがする。私はよくここに長居をするので、自分の部屋と同じくらいの親しみをこの部屋に感じる。それだけではなく、細細としたものが、どこに収納してあるか、大抵は覚えてしまっていた。衣類の類や書物、魔法の道具や過去の記念品の在り処まで。
 記憶通りに、机の上に並べてある本の中にその辞書はあった。私は「借りるよ」とつぶやいてその小さな書物を抜き取る。
 その時、机の上にあったメモ用紙の文字が目に入った。何かが書きかけで放置してある。

 1. 背中のかゆい場所に手が届かない。

 見間違いではなく、確かにそう書いてあった。流麗な、詩篇のタイトルと見まごうばかりの筆記体で。
 しかしこれが事実だとして、ここに記しておく意味は一体何なんだろう?と私は首をかしげた。こんな紙に書いて念じているより私に声を掛けたほうが余程早いと思うのだが。それとも何かのタイトルだろうか。

 2. 寒い日に、運悪く雨に降られる。

 行儀がよくないとは思いつつ、私は次の2番の項目も読んでしまった。最近は寒い日が続くが、散歩中私と彼が雨に降られた事はなかったはずだ。いや、そもそもこれは日記なのか?

 3. 同時にハチミツを頭からかぶってしまう。

 4. 湯の出が悪くなる。 

 世界中の誰が読んでもこのメモ用紙に何が書いてあるかは理解出来ないだろうと思う。しかし私は4番の項目を見たときにこれが何であるのか分かってしまった。同時に脱力した。頭痛もした。
 つい先日、私とシリウスは話し合いをした。言うのも情けないが「一緒に入浴する事の是非について」だ。彼は「もはや何かを恥ずかしがる間柄でもないし、きっと楽しい時間を過ごせる。親睦も図れる」と、あの冗談なのか真剣なのか不明瞭な顔でそう提言した。私は「これ以上親睦を図っても意味がない。一緒に入浴の次は一緒に排泄でもするかい?際限がない」と強硬にそれを退けた。シリウスは一応納得し、それで引き下がったように見えたのだが。

 これを見る限り、少しも引き下がってはいなかったようだ。それにしても30過ぎた男が箇条書きにするような内容だろうか。これは。
 
 私は机から離れる。この家と私の平和の為に、この紙は見なかった事にしようと思う。そして必然的に辞書も借りなかった事にする。
 それから、雨の日や、ハチミツには注意が必要だと肝に銘じた。特にシリウスがハチミツの瓶を持っている時などは、念のため出来るだけ彼から離れるようにしようと思う。(いくら彼でも、まさか瓶を投げつけたりはすまい)

 私は怪物の住処から逃れる子供のように、そっと彼の部屋を抜け出てドアを閉めたのだった。






先生がドアを閉めてカメラが切り替わったら
背後にシリウスが(ギャーン)。
……うそうそホラーですよそれじゃ。
シリウスさん、色々才能に恵まれた美男子なのに
つまらないことに腐心しまくりですな。
まあいいよ、楽しいんだよねきっと。
いつか先生と一緒に入れるといいね、お風呂。

でももしかして
「綺麗だ……リーマス」
「恥ずかしいからそんなに見ないで……」
とかそういう会話を期待しているなら、
先生の努力にも限界があるからな。
あんまりビッグすぎる夢は不幸を呼ぶぞ。
2005/01/30

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