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 ルーピンさんの話をしよう。
 ルーピンさんは僕の勤める食料品店のお得意さまで、むかし学校の先生をしていたらしい。今の彼の職業は知らないけれど、ともかくゆっくり笑ってゆっくり喋るとても物腰ののんびりとした人だ。
 一時期引越しをして所在が知れなくなったけれど、また同じ家に戻ってきて以前と変わらない生活をされている。
 今日、注文されたいつもの品を届けると、居間にルーピンさんではない人が座っていた。ルーピンさんへの配達を始めてもう10年経つがこれまで一度もなかった事だった。
 ソファに座っていたその人は、どう見てもモデルのようにしか思えない外見をしていた。黒い髪と、普通の人とは明らかに違った大きな形の眼。大半が椅子からはみ出している長い足。僕はこんな顔の人を、ポスターでしか(しかも都会に貼ってるやつでしか)見た事がない。今にも時計や、宝石を持ってポーズを決めそうだった。いつも僕がルーピンさんにお茶をいただく見慣れた居間が、一流ホテルのロビーに見える。
 「彼はシリウス・ブラック。私の幼馴染みで、しばらく滞在することになると思う」そうルーピンさんは言った。
 ルーピンさんの子供の頃の友達の話は今までに何度か聞いていたけれど、全然想像と違った。その人は寝起きが悪くて、短気で、そして1人でどんどん行動して失敗してしまうタイプで、でもプライドが高くて、子供のようだとルーピンさんは笑っていた。僕はもっと目つきの悪いならず者のような外見の男だと思っていたのだ。
 こんな顔の綺麗な人でも馬鹿な失敗をするんだろうか?それから、どう見ても教師にしか見えないルーピンさんと、どう見てもモデルにしか見えないこの人が、子供の頃にどうやって友達になって何の遊びをしていたか、少しもイメージできない。
「はじめまして、ブラックさん」
「……こんにちは」
 彼はひとつ瞬きをして、落ち着いた声で僕に挨拶をした。美声だ。
「それからこんにちは、パッドフット。……あれ?」
 いつものようにソファの横を覗き込んだら、あの黒い魔犬の姿がなかった。
「ルーピンさん、今日はパッドフットは?」
 一瞬部屋がシンとしたような気がした。
「……ああ、パッドフットね。パッドフット。そうだな、ここにはいないようだ」
「ルーピンさん?」
「ああ見えて照れ屋なので、今日は人間が多くて出て来られないのかもしれない。パッドフット!!聞こえているなら、ちょっとこっちへおいで!!」
 ルーピンさんはにこにこしながら隣の部屋に向かって大声を出した。ブラックさんが何とも言えない不安そうな顔をして、ルーピンさんの方を見る。
「お茶を持ってくるから、少し待っていて。パッドフットもついでに探してくる」
 別に僕も積極的にパッドフットの顔が見たい訳ではなかったのに、ルーピンさんはキッチンへ行ってしまった。残されたブラックさんの顔を見て、僕はふとひらめいた。この人もあの大犬が怖いんじゃないだろうか?
「もしかして、あなたもパッドフットに咬まれた事があるんですか?」
「…………」
「大型犬だから咬まれると正直痛いですよね」
「…………」
「僕が思うに、パッドフットは自分がルーピンさんの恋人…いや、オスだから違うか、一番の友達のつもりなんですよ、きっと。だから仲良くしようとする人間に焼きもちを焼いて片っ端から咬むんです」
「…………」
 ブラックさんは呆然とした顔をしていた。もしかして彼は他国の人で、複雑な英語を喋れないのか?と思い「英語を喋れますか?」と尋ねようとしたら、がちゃんと食器が鳴った。
 見れば、ルーピンさんがお茶の載ったトレイを床に置いて、手と膝をついて震えていた。病気の発作のように見えたけどそうではなかった。ルーピンさんは笑っていたのだ。それも物凄く。
 ルーピンさんが異様に笑う中、ブラックさんは早口で「……あの犬は悪い犬だ。大変申し訳ないことをした」と言った。それを聞いたルーピンさんは肘までついて笑った。もう少しで横倒しになりそうだった。
 ルーピンさんはどちらかと言えば笑い上戸な人だ。
 10年間、彼はよく分からない理由で笑うことが多々あった。でも今日のはもう本格的に分からない。一体何が可笑しかったのだろう。ルーピンさんとブラックさんに見送られて彼の家を後にするとき、僕は真剣に首を捻った。
 ルーピンさんの家へ行くと、いつもこんな風に不思議に思うことが出来る。

 今日はそれと、もう一つ不思議なことがあった。
 ブラックさんがしばらく滞在されるなら、食料をかなり追加注文しなければならない筈なのに、ルーピンさんはそれをしなかった。
 きっと忘れていただけだろうけど。
 ルーピンさんは笑い上戸なのと同じくらい忘れっぽいのだ。





男性と犬2→来訪者(夜逃げ)→笑ったり笑えなかったりする辺り(出戻り)。
そう、事件解決後に出戻っているんですよ、彼等。
「なんかこの家でないと調子が出ない」とか言って。

あ、これ1時間くらいのコメディ舞台劇になりますね。
パッドフットを呼ぶと、シリウスが「ちょっと腹痛が」とか
言って席を外し
シリウスを呼ぶとパッドフットが走り去ってしまう。
そのうち混乱してきてシリウスが4本足で出てきたり
パッドフットが2本足で歩いてきたりするんだよ。
可愛いにゃー。金城やってくんないかなー。(やりません)
2005/01/20

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