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 その週末、彼等はこっそり4人で映画を見に行く計画を立てていた。マグルで流行しているらしい、「カンフー」という中国の武術を扱った映画だった。同じ寮の同学年はおろか、どの寮のどの学年の生徒も見た事がないというその武術に、ジェームズとシリウスは見る前から夢中だった。
「『カンフー』という響きからして神秘的だ!打撃音と風の抜けるような音。カン・フー!」
 そう言って彼等はボクシングやジュードーを適当に混ぜたようなポーズに熱中し、当日を待った。
 しかしその日、ジェームズはクィディッチの試合に急遽出場する事になり、そしてリーマスは体調を崩して絶対安静を言い渡された。これを逃すと次の機会は2ヶ月後になるからと散々2人に説得され、シリウスとピーターは口を尖らせて、後ろを振り返り振り返りしながら出掛けていった。
 食事や点呼をやり過ごし、夜更けに友人の帰りを待っていたジェームズとリーマスは、まったく人が違ったようになった2人を迎えることになった。
 シリウスとピーターは眉間に皺を寄せ、唇を「ウ」の形にして現れた。そして2人揃って部屋の真ん中まで進むと、腕をクルクル回して奇声を上げる。
 一体どうした?とジェームズが問う。
 カンフーだ!ブルース・リーだ!彼はクールだ!とシリウスが大声を上げる。
 そのリーという人は酸っぱいものでも食べたの?とリーマスが尋ねる。
 こういう口をしているんだよ!とピーターがますます唇を「ウ」の形にする。
 しかしどう説明されてもジェームズとリーマスには「酸っぱいものを食べた子供が暴れている」ようにしか見えなかったのだが、仕方ないので友情と想像力で補った。
 それからシリウス・リーとピーター・リーは映画を見に行けなかった居残り組の為に、簡単なあらすじ紹介をした。勿論アクションつきで。夜中にその奇声はまずいんじゃないのかな、とジェームズとリーマスは思ったのだが、断ると必殺のカンフーで酷い目に合わされそうだったので沈黙を守った。
 シリウスとピーターは不公平がないように、場面場面で上手にリーの役を分け合った。1人がリーの真似をすると、もう一人がアドリブでマフィアや娘の役をやるのだ。ピーター演じる娘が「行かないで」と泣くと、シリウスの演じるカンフースターは無表情に首を振り、ピーターがキックを決めるとシリウス演じる5人のならず者が大忙しで次々と倒れる。あまりに息がぴったり合っているものだから、ジェームズは「君等、部屋の前で練習してた?」とそう言った。リーマスは笑いに笑って、気分が悪かったのがすっかり治ってしまった。
 2ヵ月後に今度は4人で行こうという約束をしたのだが、残念ながら彼らはマグルの映画の上映期間というものをよく理解しておらず、結局その約束が果たされる事はなかった。愕然とするシリウスとピーターに、「君達の話してくれたあらすじでもう充分面白かったから。もしかすると本編を見たらがっかりしていたかもしれないし」2人は口を揃えて言った。もちろん本心から。


 結局、リーマス・ルーピンはカンフーとやらの映画を一度も見ないまま大人になった。
 なので彼にとってのカンフーは、あの日の興奮した2人の子供の生き生きとした表情と眼、それが全てである。
 時折リーマスは、もう友人ではなくなってしまった「彼」に尋ねてみたくなる。「あの日のカンフーを覚えているかい?」「君とシリウスが見せてくれたあのカンフー。酸っぱいものを食べた子供が暴れているようにしか見えなかった。でも君達は息がぴったり合っていて、双子みたいだった」「君達があまりに仲が良さそうで、私はちょっぴり淋しくなったくらいなんだよ」と。
 しかし本物のカンフー映画を見る機会に恵まれなかったのと同様、「彼」にカンフーに関するその話をする機会も永久に巡ってくることはないだろうと、リーマス・ルーピンは知っていた。
 なので彼はただ思い出す。夢中でカンフースターの物真似をする2人の子供の姿と、あの夜を。





このお話しはー。
唐突ですがI様に捧げます−。

来月に発表予定のキリリク駄文
「ピーターとシリウスがメインに出てくる可愛い話」
なのですが、あんまり可愛くならなかったので
埋め合わせに可愛い話を書きました。(抱き合わせ商法?)
皆様も来月読み比べて下さればお分かりでしょうけど
こっちの方が余程お題に沿ってます……。
(これなら20分で書けたんですけど)
(本体の方は1年かかりました)

時代考証は特にしていません。
必要に合わせてリバイバル上映とかジャッキー・チェンとか
脳内で修正願いますよ。
2005/01/20

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