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 出掛ける時に「20日の午前中に戻る」と私はシリウスに言ったのだけれど、先方の都合で仕事が長引き帰宅が夕方になってしまった。
 こういう時、我が家のドアを開けると、大抵彼はこちらに背を向けて新聞を読んでいる。
 ああ、いつも通り怒っているなと思いながら荷物を降ろし「ただいま」と声を掛ける。彼は人の挨拶を無視する事が出来ないので、小声で何事か返事をした。
 今回は山へ入って薬草採集の仕事をしていたんだよ。と言いながらシリウスの前へ回り込む。彼は顔も上げない。じっと目を伏せて新聞の記事を読んでいる、振りをしている。
 「怒っている」と指摘すると必ず彼は「怒っていない」と否定するので、私は一生懸命彼との会話を試みる。
 山で見た鳥やタヌキの話、知らない種類の花の話、夜中に山小屋で聞いた不思議な動物の鳴き声の話をした。シリウスの返事はない。
 留守番をしている間、何か変わったことがなかったか尋ねる。首が振られた。きちんと食事をしたかと聞くと、今度は頷きが返った。これでは尋問だ。
 「おみやげだよ」と仕事先で貰った手作りのジャムを差し出してみたが、それも彼の視線を上げさせるには至らず、無言で掌が差し出された。
 私は困って首を傾げて彼を見る。
 シリウスはその視線を努力して無視している。
 私は熱意を持って何かするのが苦手で、人にそれを示すのも同様だ。相手の感情に沿う言動をするのもあまり得意ではない。なのでシリウスが癇癪ではなく理由あって怒っている場合、私はどうすればいいのか分からなくなる時がある。
 一生懸命働いて帰って来ると家では友人が怒っていて、どうしたらよいか分からないと、さすがの私もなんだか悲しい気分になってしまう。
「家に帰ったらあの話もしよう、この話もしようと思っていたのだけれど」
「………………」
「君が口をきいてくれないからそれが出来ない」
「………………」
「仕事中も、家のことが気になっておかしな失敗をしてしまうし」
「………………」
「それに加えて君は長い時間放って置かれると口をきいてくれなくなる。これではまるで私が愛人を囲っているみたいだ」
 しみじみと言った台詞に、シリウスの眼が揺れた。何事かショックを受けたらしい。
「それとも、愛人にするように髪と手に口付けて許しを乞うたら、口をきいてくれるのかな」
「誰が愛人だって?」
 シリウスはようやく私を見た。最初は彼の苛立ちや私の疲れや、色々なものが不愉快にぶつかった気がしたが、見詰め合っているうちに急速にそれが引いていくのが分かった。たぶんお互いに。
「君だよ」
「お前ではなくて?」
「愛人は美しい人と決まっているんじゃないかな?」
「では美しいお前の愛人が、お前に何を言いたいか分かるか?」
「『愛人の心臓を潰したいのでなければ、遅れるときはかならず連絡をいれろ』」
「正解だ」
 シリウスは新聞を横へ置いた。不機嫌な愛人はいなくなり、私の友人は立ち上がって手を広げた。
「おかえり、リーマス」





むかしサイトを持っていなかった頃、
病んだように頻繁にシリルチャットをしていました。
そこで、シリウスの意識の話になり
「シリウスは先生を日陰の恋人の身分にはしたくない!と
日々吠えて、カミングアウトの機会を狙っている」
と私は言いました。今も変わらぬ基本設定です。
ところが某さんが
「「自分が」日陰の恋人の身分だとは夢にも思っていない所が
彼らしいといえば彼らしい」
と言い、私は目からウロコが落ちる思いでした。
そうじゃん!!どっちかと言えばお前が囲われている身分じゃん!

たぶん、このように(作中)面と向かって「愛人」と
言われても、彼は決して気付かないでしょう、
自分の身分が限りなく先生の愛人に近いということに。
彼の意識では自分はあくまで弱い立場の先生を庇護する方。
恋人をけっして弄んだりせず、幸せにしてやる方なのです。
(違う違うそれかなり現実から遠いからシリウスさん)
2005/01/20

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