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 リーマスは時折、この世のものとは思われぬほど優しく微笑む事がある。
 その表情は内面の誠実さが滲み出るような、大変好ましく魅力的な笑顔だ。非の打ち所がない。
 しかし俺は彼がどんな場合、その顔をするか知っている。

 面倒なときや、どうでもいいときだ。

 例えば朝から雨が降っている日、外を出歩けない(もちろん犬の姿で)俺が焦れて不平を30回ほども言ったとしよう。
 我が祖国の陰気な気候に対して。マグルの天気予報とかいう占いの不確実性について。果ては我が身に降りかかった冤罪と、刑法の問題について。俺は語彙を駆使して演説する。
 リーマスは始めのうち、「明日は今日の分も、沢山歩こう」とか「室内でできる他の気分転換をしよう」などと言ってくれるが、やがて生返事しかしなくなる。(まあ、彼は何に関しても拘りという物を持たない人間なので。物事に対する執着というものは殆ど理解の外にあるのを俺は最初から知ってはいるのだが)
 そして全然感情のこもっていない声で、
「午後になれば降り止むよ、パッドフット」
 などと言ったりする。
 その声ときたら。
 銅鑼が響き渡るよりも高らかに、関心が無いことは誰にでも明白だ。相手が俺でなくとも、幼児でも分かるだろう。
 俺は文句を言おうと振り返り、そして絶句する。
 なんとなれば彼が、くだんの表情を浮かべているので。

 おそらく、どうでもいい適当な事を喋るとき、無意識に浮かべる表情なのだろう。
 よくまあそんな優しそうな顔でいい加減な事を言うものだ。と言ってやりたくて口を開くのだが、俺は思わず吹き出してしまう。それくらい優しい顔だ。
 彼は、俺が何故笑っているのかをすぐに察し同じく笑う。今度は照れの混じった本物の笑顔で。
 俺はその顔を見て、何だか全部がどうでも良くなってしまう。

 そして驚くべき事に、彼が適当に言った言葉通り、午後になると雨は止んでしまったりする。
 彼のそういう所が腹立たしなるのと同時に、同じくらい強烈に愛しくなる。我ながら説明不能だ。
 彼のあの表情が見たくて、理不尽な不満を言いつづけることすら、ある。




04年8月のいただきものへのお礼でした。
(8月のお礼が10月って正直どうなんだろう)

シリウス・ブラック氏には、これが愚痴なのか、
ノロケなのかはっきりしていただきたいところ。
2004/10/06 up
2005/01/10 再録