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 我々は夜に他人の屋敷を包囲し、窓を破って侵入する。不寝番をしている男達を捕縛し、安らかな眠りの世界にいる人々の、寝室のドアを蹴り開け拘束する。そして匿われている犯罪者を捕らえる。
 我々は事前に屋敷の図面も、屋敷内の人間の部屋の割り当ても、きちんと把握している。必要な道具や人数はすべて揃っている。内通者もいる。これを卑怯だとは思わない。勝つための戦いをしているのだから当然だ。
 けれど、プライベートな部屋に突然侵入してきた我々に恐怖する彼等の表情や半裸で連行される女性の姿を目の当たりにすると、慣れているとはいえ嫌な気分になる事もある。

 しかしシリウスを見ていると、一瞬その鬱屈を忘れる。シリウスの「魔法」を見ていると。

 我々は時に狭い通路で敵と魔法で戦う状況に陥る。定石としては柱の影に身を潜めつつ、徐々に距離を詰めていくものだが、シリウスは頓着せずに廊下の真ん中を大股で歩いてゆく。夜の闇と、緊張の所為で相手の魔法は彼には当たらない。絨毯を焦がし、漆喰を削る。ごくたまに彼の髪を幾本か焼く。しかしシリウスは瞬きすらせず真っ直ぐに腕を伸ばすと拘束の呪文を唱える。彼らしい激情のままに。そして不思議なことに彼の呪文は絶対に外れない。嘘のようだが本当の話だ。
 短気な本質のよく表れた素早い魔法で次々と対象を無力化し、ある程度彼等に近付くとシリウスは杖の柄で相手を殴りつけ、逃げようとする者は蹴りつけて制止する。こうなると彼に敵う者は滅多にいない。リーチの問題だ。彼の手足は素晴らしく長く出来ている。
 そうやって抵抗する者のいなくなった廊下で、窓からの月明かりを浴びて立っている彼の整った顔を見ていると、あまりに男の子の憧れそうなヒーローそのものの様子なので、私は状況を忘れて笑ってしまいまそうになる。
 シリウスはまだ杖を構えて緊張した表情で、それでも言葉だけは柔らかく囁くように「どうした?」と私に問う。

 正直に言えば、そんな彼の姿は、いい歳をした同じ男性の私の目から見ても格好が良いと、時折思わなくもない。まったくもってどうかしていると自覚はしているのだが。




2004/12/10

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