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 どうしてこんなことになったのだったか?
 彼等は夕闇の中でぼんやりとお互いの顔を見ていた。裸だった。ベッドの中だった。
 当初の彼等の予定では、今日は物置の中をすべて片付けて冬用のこまごまとした品物を出し、家の中を全体的に冬向きの内装に変えるはずだった。そして余った時間でシチューを作ろうかと、確か昨日はそういう話をしていた。
 しかし物置は扉を開かれることなく日没を迎え、鍋は空っぽで乾いたままキッチンの片隅にある。
 そして2人は疲れ切って横たわっていた。
 シリウスは不思議そうな目で瞬きをしている。その表情を可愛らしいとは思うものの、彼が次に始めるであろう原因の追及には余り参加したくないな、とルーピンは考えていた。もう、今日1日はなかった事にして夕食も食べずにこのまま眠り、明日に計画を実行すればいいんじゃないかと彼は友人に提案したかったのだが、それをそのまま言葉にすると、反対されるばかりか説教までされるのは分かり切っていたので沈黙していた。
 有効なのは、寝ぼけた振りをしてシリウスを抱きしめ、そしてそのまま寝た振りをすること。それをルーピンは知っていたが、さすがに彼はそれを実行する程の悪人ではなかった。
「キスをしたのはお前で、服を脱がせたのは俺だった」
 シリウスは言う。ここからは推理小説になるんだね、とルーピンは小さい声で呟いた。
「最初に抱きしめたのは俺、寝室へ行かないかと言ったのはお前」
「あのまま続けていて運悪く来客などがあったりしたら、かなりショッキングな事になるだろうと思ってね」
「まあ、それには賛成だ。しかし始めは純粋に悪ふざけだった筈なんだが、どうしてこうなるんだ?」
「悪ふざけにしては随分念入りだった事だ。私の服の中に蚤でもいたのかな?」
 俺は衛生関連には厳しいからな、などと真面目な顔でシリウスは頷く。
「ああそうだ。洗った髪から良い匂いがするとか、妙に誘うようなことをお前が」
「それは単なる感想だよ。昨日髪を洗っただろう?」
「ボタンをはずすのにあまり抵抗もなかったようだが」
「君が望むなら、私は以後護身用の棍棒を携帯するけど」
「特に希望しない。それから今日は心なしか情熱的だった」
「君と同じくらいには」
「続けてほしいというような言葉も聞いた」
「まあ、ああいう場合に多くの人が言いそうな事だね」
「いつもはしないような事もした」
「……そこらへんを追究しても原因理由の解明にはならない気がするけどどうだろうシリウス」
「じゃあ最初に戻って、朝食の後にホグワーツ時代のバツ掃除の話をした」
「遡りすぎだ」
「では、ええと、抱きしめると以前より痩せたように思えて心配になった」
「それはお互い様」
「お前が人の気も知らずににこにこ笑っているからちょっと腹が立った」
「それで腹立ち紛れに悪戯したわけだ」
「……あれ?」
「犯人が見付かって良かったね」
「俺が悪いのか」
「そのようだ」
 事件が解決したのでこのまま眠っていいだろうかとルーピンが問い、夕食を抜くのは許さない、得意のオムレツを焼いてやるから起きろ、面倒なら服を着ないままでいいからとシリウスは答えた。
「君のオムレツが食べられるなら仕方ない起きるよ。もちろん服は着る」
 ルーピンは笑って身を起こし、「シリウス・ブラック被告、判決はオムレツ2人前」と優しい声で囁く。
「はい。『もうしません。ごめんなさい』100回書き取りをしましょうか教授?」
 ルーピンは寛大にも、その罰を免除した。何故なら真犯人は彼だったからだ。

 物置の片付けを前にして、腕まくりをしてズボンの裾をたくし上げたシリウスの姿。そのあまり似合うとは言い難いけれど随分と幼く見える格好を見てルーピンはひとしきり笑い、頑張るようにと声を掛けて彼の髪を撫でた。正直に言えば多少純粋ではない気持ちで。それがきっかけだったのを珍しくルーピンははっきり覚えている。
 しかしながら正直さはシリウスの美徳であって自分の美徳でないとルーピンは考えていた。人のお株を奪うのは良くない、とも。
 なので彼は沈黙を守った。
 彼等の家では、この手の完全犯罪は比較的容易に行われるのだった。






秋なのでミステリ…嘘ですごめんなさい。
2004/11/30

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