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 久しぶりに人を噛む話ではない夢を見た。そしてそれは悪い夢でもなかった。穏やかでくすぐったい、不思議な夢だった。
 私はあの懐かしいホグワーツの部屋にいて、夜で、友人達と話をしているのだ。
 ジェームズ・ポッター、ピーター・ペティグリュー、シリウス・ブラックと4人で。
 どうしてだか彼等は少年のままで、私だけが大人だった。彼等は頑是なく菓子屑などを鼻の頭につけたまま、話に熱中していた。話題はどうやら私の恋人に関してのようだった。
「俺達に秘密は無しなんだぞ」
 現在の艶のあるバリトンは影もない、透き通った声をしたシリウスが囁く。暗闇の中で髪と瞳が輝いていた。彼は私の恋人の話が聞きたくて聞きたくてしょうがないのだろう、肩を揺すりながらこちらを睨んでいた。昔は少し怖いと感じていた彼のこの表情も、今の私からすると微笑ましく感じられる。
 まあまあ、シリウス。我々は英国紳士だ。人の大切な部分にずかずか踏み込むのは良くないよ。ジェームズが眉毛をいじりながら冷静に喋った。そしてこう付け加えた。それで結局のところ恋人はいるの?リーマス。
「いるよ」
「肉体関係は?」
 ジェームズが澄ました表情のまま問いかけ、私はにっこり笑う。まあ今の私には恋人がいないとは言えないし、その人との間に肉体関係がないとも言えなかったのでそういう回答になった。
 彼等は思春期の少年にありがちな熱狂を示して、仲良しの動物のようにキャーキャー騒いだ。お互いの口を塞ぎ合って、それでも声は天井に跳ね返った。私は、この音量だと監督生ばかりか森のケンタウルスまで目を覚ましてしまうよと慌てて友人達に注意する。もちろんそんな制止が効く筈もない。
 髪の色は黒、背が高くて料理が上手で、声が綺麗だ。滅多に歌ってはくれないが、その人の歌声が好きだ。
 私は問われるままに答え、そして案外悪くないと思っていた。こういう場面でこの手の話をするのは大抵ジェームズかシリウスで、私は聞き手専門だったからだ。もちろん話の上手な彼等の恋の話を聞いているのは随分と面白い時間だったのだが。しかし1度くらいなら話す側になってみるのも悪くはなかった。
 その人は正直で、情熱的で、頭のいい人だ。気高くて勇気があって暖かい。そういう所が好きだ。
 私は嘘を1つもつくことなく、恋人の話をする事が出来た。彼等は一々感心してくれて、要所要所で拍手をくれた。
 ただ、恋人の名前を問われた時はさすがに首を振らなければならなくて、シリウスは随分と不満そうだった。
「それは君だよシリウス」
 大きな目で瞬きしている彼に、そう言っても良かったのだが。
 怪談のパターンでそういうのがあったなあと私は思い出す。しかし怪談よりは幾分たくさん、シリウスの肝を縮み上がらせる事が出来そうだ。
「黒髪で背が高くて料理がうまいとか。そんなの俺でも当てはまる。特定できないだろうリーマス」
 少年のシリウスも大人のシリウスも余計な時に鋭いのは同じだ。
 私は彼に微笑みかける。細い首と小さい手のひらを持った彼に。シリウスは「何だよ」と微妙に笑ったような顔でこちらを見る。
「その人は今、事情があってとても傷ついている。私は側で見守っていたい」
 どうだい?これで君には当てはまらなくなっただろう?と私が言うと、シリウスは頷いて、しばらく考えてからこう尋ねた。
「リーマス、それでお前は今幸せなのか?」
 と。シリウスらしい質問だなあと思った。ひたむきに私を見上げてくる視線も、とても彼らしかった。
 もちろん幸せだとも。
 答えるとシリウスは笑った。



 目を覚ますと、今まで話題になっていた私の恋人が他愛ない寝顔で横たわっていた。口が開いていて、少し歯が覗いている。すうすうと寝息をたてて眠っている。
 朝になったら夢の中で少年の頃の君に会って、彼は私の恋愛生活及び幸福について随分心配してくれたという話をしたいと思った。

 もう一度眠って次に目覚めた時、私がこの夢を覚えているかは若干怪しいところなのだけれど。






本当はこれ、大人のシリウスが素で
「恋人がいるのか?どんな人なんだ?
お前はその人のことが好きか?幸せか?」
と先生に尋ねる話で、
(もちろんベッドの上でのイチャイチャ冗談ですが)
駄文の長さのやつが書き上がっていたのですが
読み返して、鼻の付け根がツーンとするくらい痛いヨ!
と気付いて慌てて書き直しました。
無精な私にしては珍しい……。
2004.10.20

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