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 久しぶりに人を噛む話ではない夢を見た。私は大切な人々を噛むことなく、人の姿で立っていた。

 そこは裁判所のようだった。前に座っている裁判官や陪審員の顔の部分は滲んだようになって、造作が見えなかった。どこの国のものか分からない、悲しく歌い上げるような調子の言葉で私の罪状が読み上げられていた。途中ヴォルデモートの名が聞こえたので、彼の殺害を私が成し遂げたという事が分かった。そしてここがこの世の裁判所ではないという事も。
 その罪は非常に重く、直ちに深く悔いる必要があると裁判長が言ったのが理解された。
 冗談ではない。こんなに嬉しい気持ちになったのは人生でも滅多になかった。逆に誇らしい気持ちである、と私は正直に言う。
 傍聴席からどよめきが起こったのが聞こえた。
 私は挑むように言った。それこそが私の人生の目的だったと。たとえどんな目に遭わされてもそれを悔いる事は出来ないと。
 裁判長は大げさに眉間に皺を寄せ、指で揉みほぐした。そして右手を上げて何か合図を送る。
 裁判所に汚い木箱が運ばれてきた。
 ところどころに苔の付いた、古びた大きな木箱だった。4人がかりでやっと持ち上げられるような。
 箱の大きさは子供向きではなかった。
 なので、私はその中身が何であるか。誰であるかがすぐに分かった。運ばれてきた時の揺れ方で、彼は中で意識を失い倒れ伏している事も分かった。
 裁判長は私を見た。彼の意図は明白である。彼がどうなろうと私には関係ないという演技でどのくらいの時間が稼げるだろうと私は計り始めた。しかし、私の返事を待つ事なく、男たちは手に手に銀色の平たい串を持って箱の周りを囲んだ。
 私は大声をあげた。
 もしそれを実行したら五たび生まれ変わって他人に害を為してやる、と。本当にそういう気持ちだった。
 裁判長は言う。
 もしお前がそれを実行するなら、我々は五たび彼を生まれ変わらせて苦痛を与えるが、それでも構わんかね?
 私は食い下がる。不公平ではないかと。ヴォルデモートが裁かれず、何故自分達ばかりが法の元で道徳的な行動を強いられるのか。
 裁判長の答えは、ヴォルデモートはシステムであって生物の範疇には入らないという事だった。その説明は私の理解を越えていた。
 ではせめて自分の罰は自分へ与えるように私は要求した。傍聴席から笑い声が起こった。裁判長も少し苦笑した。
 君へ有効な罰は、どんなものがあるのかね。ミスター・ルーピン。
 裁判長が頷くと、箱を取り囲んだ男達が一斉に銀色の串を構え、容赦なく突き刺した。私の制止の声は金属音でかき消される。
 血が箱の底から染み出して、私は立っていられなくなった。
 あと、30回突き刺さなければならないという声がした。
 
 私は叫ぶ。
 ヴォルデモートを殺した事を悔いる、と。
 では、もう一度機会を与えられれば、復讐を諦めるか?
 と声が問うた。
 復讐しない、と確かに私は言った。


 朝の光で私は目覚める。もう2週間もその夢をみていたような気分だった。もちろん寝覚めがいい訳がない。
 シリウスの身を心底案じ彼の無事を安堵する気持ちと、夢の中の自分の発言を嫌悪する気持ちが同時に存在する。
 自分の人生に起こった事が、単に私を苦しめる為だけの何重もの仕掛けなのではないかという気分がするのはこういう時だ。

 そして彼には全く何の責任もない事なのだけれど、このまま家を出たくなるのもこういう時だ。








人間も事象も、すべては自分の精神を揺さぶるために
設置されたただの仕掛けである。と心から納得できたら
もうその人は人生に於いて二度と動揺しなくて済むと思う。

先生がちょっとその世界のドアの前に立ってしまった瞬間でした。
諍ったり憎みあったりするのとは別次元の暗さ。
シリウスさん、犬の姿になって後ろから体当たり、
その後、お愛想犬MAXだ!
2004/08/11

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