にっこり笑って、次に奴は俺を殴った。笑顔のままだった。予備動作がなかったので、俺はどこを庇うヒマもなく吹っ飛んだ。
 人を殴り慣れていた。少なくとも奴に殴られた人間の数は10人や20人ではない筈だ。

 奴はジェームズという。名前だけは冗談のように平凡だった。
 初めて会ったのは確かどこかの家のくだらないパーティ。俺は父親に連れられていて、奴もまたそうだったように思う。
 2人とも子供用のタキシード姿で、まるで珍妙な服を着せられて散歩中の犬同士が互いの匂いを嗅ぐように握手をした。
 馬鹿にするような気持ちと、情けない気持ちと、少しだけの共感。けれど首輪をつけられて散歩中の身分で、吠えたり噛み付いたりじゃれ付いたりする訳にもいかない。やれることといえばせいぜいがふんふんと匂いを嗅ぐ程度だ。
「やあ」とか「よろしく」とか。まあそういう全然意味のない挨拶。
 いっそゴージャスと言って良いくらいあちらこちらを向いて飛び跳ねている、奴の髪だけが印象に残った。

 起きあがれない俺の上で奴は足を振り上げた。内臓の一番柔らかいところを渾身の力で踏みつけられる事が直感で分かったので、俺は何とか避けた。たぶん食らっていたら胃の中のものを全部吐き戻していただろう。
「いつもなら殴ったりしない。感謝しろ」
 奴は台詞とはチグハグな子供っぽい声で俺に言った。台詞の中味も十分にチグハグだったのだが。
「いや、身の不運を嘆いてくれ。どうやら君について、僕はある種の義務感を抱いているみたいだ」
 状況には少しもそぐっていないにもかかわらず、俺は奴が照れたのが分かった。そしてそれが背筋が冷えるほど怖かった。奴の言っている事が少しも理解出来ない。頭がおかしいのはこの状況において、奴かそれとも俺なのか。重要な問題で、今すぐ判断する必要があった。
 奴は朗らかに親しげに話し掛けながら、俺の膝や踵を観察し隙を探っているのだ。フクロウのように感情のない眼で。相手が狂人なら逃げるべきだ。

 その頃の俺ときたら、まったく同世代の子供を馬鹿にしていた。それどころか大人も馬鹿ばっかりだと思っていた。奴等ときたら、くだらない事しか喋らなかったからだ。一体彼等は自分達が喋っているのがどんなにくだらない事か知っているのかといつも不思議だった。概ねが影響力をもつ何かにインスパイアされた思考。それでは首の上についているのは単なる貯水槽だ。それとも身の回りをくだらない事で一杯にして敢えて耐えるゲームをしているのかとも思った。

 ずっと世界をくだらないと思っていた俺に、その日プレゼントが届けられた。
 それはジェームズという名の友人で、くだらなさからは宇宙で一番遠い男だった。
 神という存在がもしいたとしたなら、それは随分キツい皮肉とパンチの持ち主だったのだろう。

 そのプレゼントは俺の人生を一変させた。



少年時代のシリウスってよく理解できなかったのですが、
「3秒で矯正されたドラコ」だと。そう解釈する事にしました。(え?)
ジェームズという人は、「ここでこう言ったら後々こうなる」とかいう
人間関係の筋道がチェスの手のように読める特殊な人(ホラ神だし)
だったと思うので、彼はこの場面で「こいつはここで殴っとくべき」だと
そう判断した。だから殴ったんです。

ちなみにジェームズがシリウスを殴った直接の原因は
「あれを見ろよジェームズ。今時あんなクラシカルな貧乏人がいるとはね!」
と継ぎはぎの当たった服を着た少年を指差して言ったからです。
ジェームズにしてみたら、そういう親愛の示され方(自分に対する)は心外だというか
殴り時だという表示がチーンと出た(笑)も・ち・ろ・んそのクラシカルな
貧乏人はリーマス少年で、後にシリウスは同じような事を言ってリーマスを
馬鹿にした他の寮の生徒を殴ります。そしてジェームズに揶揄される(駄目男)。




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