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 「人の姿で散歩をしたい」と突然シリウスが言い始めたので、2人は夜半に戸外へ出た。互いが息をするのがはっきりと見て取れる冬の事だった。
 散歩の嫌いではないルーピンは、それなりに楽しそうに歩いていたが、ふとシリウスに「お話を聞かせてくれないか」と言った。
「お話?」
「そう、お話」
 家に戻るまでに終ってしまうような短めの物語で、シリウスのオリジナルであると尚良い、とルーピンは目を細めた。彼らの頭上にある月は夜毎に幅を広げており、彼はこの時期には大抵そうであるように幾分陽気である。
「私が君に頼みごとをするのは珍しいだろう?」
 ルーピンは笑ったまま首を傾げ、シリウスは10秒ほど黙った。おそらくこの瞬間、ルーピンが「マグルのロケットを奪って火星に行かないか?」と誘ったとしても、取り敢えずシリウスはこっくり頷いただろう。しかし幸いにして彼の望みはそんな大仰なものではなかったので、シリウスは話し始めた。
 それはエレベータの中に閉じ込められたマグルの男女の話で、物語が進むにつれラブストーリーからミステリーへ、サイコサスペンスへ、そして最後にはラブストーリーに戻るという凝った粗筋だった。所々に話し手の、つまりはシリウスの恋愛観や道徳観が表れていて、中々ユニークかつ清廉な物語でもあった。
 ルーピンがしばらく口を開かずに歩き続けたので、シリウスは少し後悔した。
「シリウスそれは……以前読んだ本の内容とかではなくて?」
「自分で考えた話がいいとお前は言ったじゃないか」
「君、作家を目指したりしていたっけ?」
「世慣れない脱獄囚に講談をさせて、からかうなんて酷い奴だ」
「違う違う。驚いているんだよ」
「何が?」
 心底不思議そうに尋ねるシリウスに、ルーピンは可笑しそうに「面白かったから」と答える。
「明らかに君は余計な機能を搭載しすぎている。一生かかっても全種類を使い切れないんじゃないか?」
「論旨が見えません、教授」
「君の生まれた日に国中の妖精が集まって、美貌だとか金運だとか思いつく限りの幸運をプレゼントしてくれたんだね、という意味だよブラック君」
 1人だけ悪い妖精がいて、それはきっと「恋人を選ぶ趣味は最悪」という呪いを贈ったに違いない。ルーピンはそう続けようとしたのだが、揚げ足を取られるのが目に見えていたので、前述の箇所で黙った。
「ファンレターを出してもいいかな?」
「誰に?妖精?」
「いや、君に」
「……光栄です、教授。……でもそこまで面白いものだっただろうか?リーマス」
「面白かったさ」
 長さもぴったりだ。そう言って指した彼の指先には玄関のドアがあった。上機嫌で扉を開けたルーピンに続いて家の中へ入りながら、しかしシリウスは少し浮かない顔をしている。

 これから毎日散歩に誘われたら(しかもあの笑顔で)、一体どうすればいいのだろうと彼は考えていたのだった。


冷たい空気に染みる、夜のような声をした
超どハンサムが、自分だけの為の物語を
ぼそぼそと話す様子を想像しただけでも
興奮のあまり鼻息が荒くなりそうですが、
先生は……あまり意識してないようですね。

猫に小判。先生にシリウス。

……南の島の暗いやつから文体が戻らない(ような気がする)。
困ったぞ。いや、別に困らないか。
2004/01/10



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