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 しかしリーマス・J・ルーピン。君は夢想したりしないのかね?
 君の人生の理想的な終焉について。
 頃はそう、秋。君の身体を痛めつける夏ではなく、君の体力をじわじわと削る冬でもない、あの空気の清浄な秋だ。落葉樹がさらりさらりと葉を落とし、君は窓から思う存分その黄色や赤を眺める事が出来る。
 白いやわらかい色をした寝室で、友人シリウス・ブラックが君の手を取り、その横で親友の面影を残すハリー・ポッターが見守っている。
 君はシリウスへ愛を告げる。彼ももちろん同じ答えを返すだろう。君達は抱擁を交わすかもしれない。もしかしたら口付けも。
 ほんの少しの間別れるための、さようならを君達は囁く。
 君の睫毛がかすかに揺れ、大きく息が吐き出されると、シリウスは君の身体を強く抱きしめ髪を撫でるだろう。幾度も幾度も。
 君は月から解放される。親友の手によって。人としての尊厳を取り戻し、もうあの白い球体の満ち欠けに怯える必要はなくなる。君の理性は今後一瞬も失われる事は無い。君の精神は元々そうであったように、君へ返される。
 それが病によるものか、君の友人の手によるものかは実は大した問題ではないんだよ、リーマス・ルーピン。ただ杖を45度かそこら、下ろすか下ろさないかの違いだ。人間の記憶はその程度、幾らでも克服できるものだ。
 君を苦しめてきたあらゆる憂いは取り払わる。愛するシリウス・ブラックの手によって。その瞬間から君の身体や魂は全て彼のものになる。君達は本当に愛し合うということがどういうものかを知るだろう。その歓喜、その快楽を。

 ねえリーマス・ルーピン、君はこの情景に何の魅力を感じないと言えるのかな?シリウスの手に掛かって彼の腕の中で息を引き取る事に、何の誘惑も感じないと言う事が出来るのかな?僕は答えが聞きたい。リーマス・J・ルーピン。



 しかしシリウス・ブラック。君は夢想したりしないのかね?
 恋人に束縛されるという不自由さと、その完璧な幸福を。
 君の恋人は確かに優しい。彼は君に何をされても決して抗わない。そして君が何をしても許すだろう。どのような聞くに堪えない醜い言葉でも、どのような裏切りでも、彼は君のすることなら何でも受け入れる。君が最後に残った友人だからだ。彼の中では、それが友人への扱いなのだ。例え、君が彼の目の前で別の人間と抱き合おうと、彼を捨て去って別の地へ行ってしまっても、彼は君を許す。
 いや、彼は感情を害する権利が自分にあるとは思っていないかもしれないね。
 シリウス・ブラック。君達は本当に愛し合っていると言えるのか?君はリーマス・ルーピンに一度でも愛された事があるのか?
 ああ、君は本当に素直で魅力的な男だ。シリウス・ブラック。男性に使う表現ではないが、薔薇の花のようだよ。気をつけ給え?あれはひどく虫に食われ易い。
 嘆く事はない。リーマス・ルーピンは君を愛している。君のその美しい姿と、素直な心を。ただ、彼は人を愛する方法を正しく知らないだけなんだ。
 君が教えてやらなければならない。例えば嫉妬について。例えば独占欲について。
 話を元に戻そうか。君は多分想像した事がないだろう。君が彼を自分ひとりのものにしたいと考えるように、彼もまた君を自分のものにしたいと考える可能性について。
 どうして驚く。明らかじゃないか。君の魅力は彼のものよりは目に見えやすい。その容姿、その家柄、その誇り高さ、その能力。汚名さえ晴れれば誰もが君を振り返るだろう。病身の彼は、通常なら不安に思うものではないか?
 想像してみ給え。彼が君をどこにも行かせないと叫ぶ様子を。ずっと自分の腕の中にいてくれと抱きしめられる背中の感覚を。
 彼の顔にあるのはあの穏やかな笑みではない。あの感情の見えない、果たして自分を愛しているのかそうでないのかも伺い知ることの出来ぬ優しい笑みではなく、触れれば温度のある、血の通った顔だ。君への愛情と嫉妬に苦しみ、涙を流している顔。……どうかな?思い浮かべると背中がぞっとしないか?もちろん不愉快だからではなく、その逆の理由で。
 彼は震えながら杖を手にとる。君は同意のしるしに目を閉じる。彼は君を愛していると繰り返し言うだろう。そう、彼は一生君を愛する。永遠に君を愛する。君だけを。

 ねえシリウス・ブラック、君はこの情景に何の魅力を感じないと言えるのかな?友人リーマスの手に掛かって彼の腕の中で息を引き取る事に、何の誘惑も感じないと言う事が出来るのかな?僕は答えが聞きたい。シリウス・ブラック。






私の考える例のあのひと。その怖いところ。
明らかに敵対するものは実は怖くないのですよ。

囁きが怖いのは、側にいてずっと繰り返されるから。
(囁き声は近くでないと聞こえないものです)
絶望したとき、嫉妬したとき、憎んだとき
理性が緩む瞬間は誰にでもあると思う。
それを暗いところでいつも待っている存在が
あるとしたら、それこそが怖いものだと思う。
2003/10/20

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